「お前には、弟がいるんだ」

病床の父親から急に聞かされた話に、涙も止まる。

いや、もともと泣いちゃいなかったけど。

小さなころから仕事で不在がちだった父親との思い出はほとんどなく、中学生になって母親と離婚してからは会うこともほとんどなくなっていた。

そんな父親が癌に侵されあとわずかの命だと連絡を受けたのは先月のこと。

母親も去年病気で他界したばかりだった。

俺は28歳になり、東大を卒業した後亀の甲羅の研究をするために大学の研究室に研究者として残っていた。

「弟・・・・ですか」

「そうだ。今年大学を卒業して・・・・俳優の仕事をしているんだ」

「俳優・・・芸能人ですか」

そんな身内がいたとは。

「まだあまり仕事はないと言っていたが・・・・半年前母親が亡くなってな。住んでいたマンションの賃貸契約も3月で切れて・・・・しばらくは友達の家に世話になっていたようだが、そこも出なくてはならなくなって、私を頼って上京することになっていたんだ」

「は?あなたを頼ってって・・・・・」

この状況で?

「まさか、わたしまでこんな状態になるとは思っていなかったからな・・・・。しかし、もうすでに私の住んでいたマンションも引き払ってしまったし・・・・・そこで、カズ、お前に潤のことを頼みたいんだ・・・・」

「はぁ!?頼みたいって・・・・何を勝手なことを!」

今まで、何の音沙汰もなかったくせに!

「お前には、すまないと思ってる。だが・・・・潤には私以外に頼るものがいない。今までずっと田舎に母親と2人きりで過ごしてきた子だ。この東京で・・・・いきなり1人で放り出されたら生きていけないだろう」

「・・・・大学卒業したんでしょ?もういい大人じゃないですか」

「しかし、俳優としての仕事もまだあまりなく、1人で暮らしていくのは難しい。かと言って、他の仕事を探すにも住むところがなくては・・・・。だから、せめて潤が1人立ちできるまで、面倒を見てやって欲しいんだ・・・・。仮にも、血を分けた弟だ。会えば情も湧くだろう」

「なんだよ、その希望的観測・・・・・」

俺は溜息をついた。

弟だなんて、冗談じゃない。

俺だってそんなに高い給料をもらってるわけじゃない。

なのに、何でそんな会ったこともないような弟の面倒まで見なくちゃならないんだ・・・・。




父が、松本潤の母親と出会ったのは俺の母親と結婚した直後だったそうだ。

良くいくバーで働いていたホステスが潤の母親で、知りあってすぐに深い関係になり、妻がいて、しかも俺という生まれたばかりの子どもがいたにもかかわらず郊外にマンションを借りて、同棲を始めたそうだ。

そして5年後に潤が生まれた。

週に一度は必ず2人の元を訪れていたという父親だったが、潤が中学生になったころから、徐々に足は遠のいたらしい。

その理由はわからなかったけれど・・・・

それからずっと会っていなかった潤の母親から連絡があったのが半年前。

すでに病気の進行していた潤の母親は、病室を訪れた父に潤のことを頼み、息を引き取ったという。

地元の大学に通っていた潤は、卒業するまでは母親と一緒に住んでいたマンションの賃貸契約も残っていたためそこに住んでいたが、卒業後は上京し、父の住んでいるマンションに居候しながら役者の仕事をするつもりだったようだ。

しかし、父が病に倒れ、マンションも引き払ってしまい潤は住む場所を失ってしまったというわけだ。

そんな会ったこともない弟の身の上に同情はするけれど―――

だからって、何で俺が?




しかし、それから1ヶ月もたたないうちに父はこの世を去ってしまった。

そして父の葬儀から帰った俺の目の前に現れたのは―――



「二宮、和也―――さん?俺、松本潤です」



少しくせのある黒い髪に、整った眉。

長い睫毛に縁どられた大きな瞳に通った鼻筋、赤い唇、雪のように白い肌。

細い体に細い首、そしてその上に乗った小さな顔。

少し茶色がかった瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。

{img18:yuzurin4630,1893.jpg}

「あ・・・・ああ、潤・・・・くん・・・?」

「父さんに・・・・聞いてます・・・・?」

不安げに俺を見つめながら、潤くんは首を傾げた。

「―――聞いてるよ。えっと・・・・とりあえず、入って」

すでに時間は夜遅く、大きなキャリーケースと旅行用のバッグを両手に持った潤くんを、追い返すことはできなかった。

それにしても、自分と血が繋がっているとは思えないような洋風の顔立ちで、もしかしたら潤くんの母親は外人だったのかもなんて、変なことに関心が行ってしまっていた。

「・・・・・父さんの葬式は、終わったんだよね?」

潤くんはリビングに入ると、持っていた荷物を床に置き、俺に聞いた。

「ああ、うん、今日ね。―――場所、わからなかった?」

葬儀に顔を出さなかった潤くん。

今日が葬式だということを知らないのかと思ったけど・・・・。

「いや、知ってたよ。でも、俺が出るのは変でしょ?愛人の息子なんて招かれざる客だもん」

「そんなこと・・・・」

俺の母親とだって離婚しているし、さんざん好きなように生きてきた父だ。

今日顔を出した親戚だって半ば父親には呆れている様子だった。

「気にしなくたって、いいのに。最後に顔見て、文句の一つも言ってやればよかったんだよ」

「ふは、そうだね。でも―――父さんには、感謝してるよ。ずっと、働けなかった母親と俺のために仕送りしてくれてたし。俺が大学まで出られたのは父さんのおかげだからね」

「へえ・・・・」

そういえば、うちにも毎月生活費を必ず送って来てたっけ。

母親が保険に入っていて、受取人が俺になっていたのも父親のアドバイスだって言ってたな。

おかげで、母子家庭だったにもかかわらず経済的には何の苦労もなかった。

そのことには感謝しているけども・・・・・。

「あのさ・・・・なんて呼べばいい?お兄さん、じゃ変だよね?和也くん?」

潤くんが首を傾げて聞いた。

「別に、何でもいいよ。和也って、呼びづらいでしょ?呼び捨てでもいいし、適当に」

「・・・父さんは、なんて呼んでたの?」

「・・・カズ」

「じゃ、俺もそう呼ぶ。いい?カズ」

「・・・・いいよ」

人懐こい笑顔の潤くんに、俺はなぜか緊張した。

まるで西洋の彫刻かと思うような整った顔で見つめられると、背中に電気が走ったような緊張感に襲われる。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、潤くんは両手を上げて伸びをすると、大きなあくびをした。

「ねむ・・・・ねえ、シャワー浴びてもいい?」

「あ、うん。お湯溜めてくるから、待ってて」

「あ、俺やるよ、やり方だけ教えて?」

バスルームに行く俺のあとについてくる潤くんは、なんだか楽しそうだった。

「―――ここで、温度調節」

「うん」

教えながら、狭いバスルームで俺にぴったりと体を寄せる潤くんに、変な緊張をしてしまう。

―――なんか、近くない?

ほのかにいい匂いがして来て、無駄にドキドキしてくる。

男なんだし、そんな気持ちになること自体変なんだけど・・・・・。

でもなんだか、まるで女の子といる時のような気持ちになってしまっている俺がいて・・・・

「わかった?」

「ん、わかった」

無邪気に笑う潤くんの瞳は、好奇心に満ちていた。

「じゃ・・・俺、向こうにいるから」

気まずくて、俺は早くそこから出たかった。

「あ・・・カズ」

「え?」

「ごめんね、急に俺なんかが転がり込んで来て・・・・。早く仕事探して、ここ出れる様にするから」

「・・・・俳優さんなんでしょ?」

「うん。でも、それだけじゃ食べていけないし、何かアルバイトしようと思ってるから。それまで、お世話になります」

「・・・・うん」





別に、絆されたわけじゃない。

一応兄弟だし。

アルバイトするって言ってるし。

あのルックスなんだから、俳優として成功する可能性だって高いし。

少しの間だけ、居候させてやるだけだ。





1時間後、ようやく風呂から出てきた潤くんに、俺はぎょっとする。

「ごめん、俺、長湯なの。今度からカズ、先に入ってね」

頭にタオルを巻き、白いバスローブをはおった潤くんが、頬を上気させながら俺の前に立ってすまなそうに言った。

「別に・・・・いいよ・・・・気にしないで」

―――なんだよ、その色気。

ほてった頬と潤んだ瞳が色っぽいとか、バスローブの胸元の白い肌が艶っぽいとか、俺はなんでそれ見てドキドキしてるんだ。

「・・・それ、なに見てんの?亀?」

潤くんが俺の持っていた本の表紙を不思議そうに見つめた。

「あ・・・・俺、大学で亀の研究してるから・・・・」

「へえ!なんかすごいね」

何がすごいのかわからないけど。

無邪気に瞳をキラキラさせながら俺に笑顔を向ける潤くんに、俺は軽い眩暈を感じていた。

研究を始めてからは、女っ気もなくただひたすらにそれに没頭してきたのに―――

これから一変するであろう生活に、俺の胸は期待と不安でざわついていた・・・・・。



にほんブログ村
ランキングに参加しています♪お気に召しましたらクリックしてくださいませ♪


拍手お礼小話はこちらから↑