「―――いらっしゃいませ」

店に入ると、カウンターに出ていた二宮が俺に気付いた。

相変わらず無愛想だ。

「こんにちは。今日は、えーと・・・・」

とりあえず何か頼もうとショーウィンドウを覗きこむと・・・

「席にかけててください。コーヒー、持っていきますので」
「え?でも・・・」
「・・・試食を、して欲しいそうなので」

そう言って、ちらりと厨房に視線を向けると、潤がこちらに気付いてにっこりと微笑んだ。

まさに天使の微笑み・・・なんて、見惚れてる場合じゃなかった。

「あ、ありがとうございます。じゃ、いつもの席にいますので・・・・」

俺は、赤くなっているであろう顔を片手でちょっと抑えながら(全然隠れてなかったけど)いつもの窓際の席に座った。

ちらちらと、どうしても厨房の潤を見てしまう。

と、二宮が厨房へと入って行った。
潤と、何か話していたが―――

いつも、気になるんだけど。

どうしてあの2人は、何か話すときにあんなに距離が近づくんだろう。
相葉にしてもそうなのだけれど、2人とも、潤と話すときにめちゃくちゃ近づくんだよな。
それこそ肩が触れ合ったり、潤のあの細い腰に手を回すことなんかもしょっちゅうだ。
なんだろうな。
仲がいいのは別に悪いことじゃないし、そんなの意識してみ見る方がおかしいのかもしれないけど・・・・。
でも、気になってしまう。
密着するその瞬間、どうしても心臓が嫌な音をたてる。

ドクン、ドクンと、胸の中にもやが広がり、その光景が頭から離れなくなる。


二宮が何か言い、潤が一瞬二宮の方を見て頬を染める。

恥ずかしそうに、一言二言言葉を発する潤。

その言葉に二宮が頷き、潤の傍を離れると厨房の大きな冷蔵庫からチョコレートが2つ乗った皿を取り出した。
そして、その皿をトレイにのせて出来上がったコーヒーと一緒に俺の元へ―――

「―――どうぞ。すいません、今日、急な特注が入っちゃって手が離せないみたいなので」

そう言って二宮が潤の方をちらりと見た。
潤が、俺の方を見て申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。

「ああ・・・・いや、しょうがないですよ。仕事中ですもんね・・・」
「本当は、本人が直接商品の説明をしたいって言ってたんですけど・・・・明日までに間に合わせなくちゃいけないんで・・・これ、簡単なものですけど、そのショコラのお店用の紹介メッセージです。潤くんが開店前に一生懸命考えてたので、読んであげてください」

二宮が、ショコラのイラストとその紹介メッセージらしきものが書かれた紙を俺の前においた。

「あ、すごい、きれいですね。このイラストも彼が?」
「ええ。全部こうやってデザインを潤くんが考えてイラストにしてから作るんですよ。彼のレシピ帳は、こうやって作られたものがもう100冊以上ありますよ」
「へえ・・・・すごいな」

素直に感動して言うと、二宮は、まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑んだ。

それは、俺が初めて見る二宮の俺に向けられた笑顔だった。

「ええ。本当に、潤くんはすごいんですよ」




二宮の気持ちが、胸が苦しくなるほど俺に伝わってきた。

潤に対しての、その一途な好意が。

潤のことが、堪らなく好きなんだという想いが。



「・・・・すごい、ですね。ほんとに・・・・。俺は、彼の・・・潤くんのことを何も知らないな」

何も知らない。

彼がどうしてショコラティエになったのかも、どんなふうにしてショコラティエになったのかも、俺には知らないことだらけだ。

だけど―――

「これから、もっと知りたいです」
「・・・・え?」

ちょっと驚いたように俺を見た二宮の方を、俺もまっすぐに見返した。

「俺、潤くんのことをもっと知りたいんです。それでも、あなたが潤くんと一緒にいた時間には敵わないけど―――これからの彼のことは、俺の方が知ることができる―――かもしれないですよね」

そう言ってちょっと笑ってみせると、二宮がむっと顔を顰めた。

「ずいぶん、自信があるんですね。昨日1日で、そんなんに自信が持てたんすか」
「いや、そんなことは・・・・。ただ、自分の気持ちには正直になろうと思ったんです。俺はあなたに―――それから智くんにも、負けたくない。そう思っただけです」
「ふーん・・・・気が合いますね。僕もそう思ってましたよ。あんたには、絶対負けない」

今まで感情の見えなかった二宮の、初めて見る本気の表情だった。

「潤くんのことは、俺が一番よく知ってる―――ずっとそう思ってましたよ。ずっと隣にいて、ショコラティエを目指す潤くんを見てきました。フランスへ修業に行った時も、一緒には行けなかったけど毎日メールして潤くんの悩みとかも全部俺が聞いてた。誰よりも近くにいて・・・・誰よりも、大事な存在なんです」

二宮が、きっと俺を睨みつけた。

「・・・・絶対に、負けません」
「・・・俺も、負けたくない。これからは、彼の傍にいるのは・・・・俺でありたいんです」
「潤くんの気持ちが、あなたに向くと思ってるんですか?」
「そんな自信はないです。まだ僕は、彼と話すだけでドキドキしてしまうし・・・・。でも、可能性があれば・・・・諦めたくないです」
「・・・ライバル、多いですよ。潤くんを好きなのは、あなただけじゃない」
「知ってます。あなたも、あの相葉くんも、それから・・・・智くんも」

その言葉に、二宮が顔を顰めやや大げさに溜息をついた。

「あの人は、一番厄介です。実の兄貴のくせに、潤くんにべたべたし過ぎる。同じ家で寝泊まりするのは危険なんじゃないかって結構本気で潤くんに忠告してるんですけどね」
「ふはっ、ほんとに、見てると心配になりますね。潤くんは、気にしてないみたいだけど・・・」
「そうなんですよ!兄弟だからって油断しちゃダメだって言ってるのに・・・・潤くんは、無防備過ぎるんです!」

そう力説する二宮に、俺は大いに共感し頷いたのだった・・・・・。





「なんか、盛り上がってたね」

厨房に入ると、潤くんが作業の手を休めずに俺をちらりと見た。

―――あ、ちょっと機嫌悪いな。

潤くんは正直だから、思ってることがすぐに顔に出る。
俺が、櫻井さんと楽しそうに話しているように見えたんだろう。

「別に、ショコラのことをちょっと話してただけ。あとバカ兄貴のこと」
「あー、智のこと、怒ってなかった?」
「怒ってはなかったよ。あまりのブラコンに呆れてたけど」
「あはは、そっか」
「あははじゃないよ。潤くん、あのバカを甘やかし過ぎ」
「え~、そうかなあ」
「あ、俺も賛成!潤ちゃん、智くんにもうちょっと厳しくしないと!」

相葉さんも会話に入ってきて、潤くんはちょっと口を尖らせた。

「なんでえ?いいじゃん、たまにしか会えないんだから」
「そうだけど!潤ちゃんが甘やかすからあの人調子に乗ってるよ!」
「そうそう。ハグもキスも、普通の兄弟であそこまでいちゃいちゃしないからね」
「そうかなあ」
「「そうなの!」」

俺と相葉さんの声が重なり、潤くんは無邪気に声を上げて笑った。

あ~ダメだ。
絶対わかってない。

俺は、ちらりと窓際の席でコーヒーを飲む櫻井さんの方を見た。

―――あんたも、苦労しますよ。




「潤ちゃん、これ、櫻井さんが」
「え?」

相葉さんが、品出しのためにカウンターに出ていたのだが、その間に櫻井さんが来て会計を済ませて行ったようだった。

相葉さんが潤くんに渡したのは、ショコラと一緒に渡したメッセージカードで、2つに折られていた。

潤くんはそれを受け取ると、カードを広げ・・・・

それを見た途端、その澄んだ瞳が大きく見開かれ、頬が赤く染まった。

「・・・・ごめん、ちょっと出てくる!」

そう言って、俺たちが止める間もなく店を飛び出して行ってしまった潤くん。

俺は相葉さんをじろりと睨みつけた。

「―――おい」
「睨むなよ!しょうがないじゃん。渡してくれって頼まれて・・・・」
「・・・何が書かれてたか、見た?」
「・・・うん。メールアドレスと、携帯の番号。それから・・・今度の定休日に、映画でもどうですかってさ」
「うわ、がっつり読んでるじゃん」
「だって気になるじゃん!ニノだって、俺の立場だったら見たでしょ?」
「あたりまえじゃん。ちなみに、俺だったら潤くんに渡さないですてますけど」
「こわっ」

せっかく、特注が入ってることを理由にして潤くんをあの人の傍に行かせないようにしたのに・・・・。

「潤ちゃん、櫻井さんとくっついちゃうのかなあ」
「知らねえよ!お前、今日残業だからな!」
「え!なんでだよ!」
「メッセージカード潤くんに渡した罰!」
「横暴!!」

潤くんが、誰かほかのやつのものになるなんて考えたくない。

潤くんにとって俺が、たとえただの幼馴染だとしても、まだ諦めたくなかった。

そんな簡単に諦められるような想いなんかじゃないんだ・・・・・。



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