「―――ほんとすいません。この人酔っぱらうと、すぐ暴走しちゃって・・・・」

恥ずかしそうにそう言った潤の視線の先には、潤の膝枕で気持ち良さそうに眠る智くんがいた・・・。

「いや・・・」

そんな2人を直視できなくて、俺は手に持ったグラスに目を落とした。

「俺までおじゃましちゃって、すいません」
「いや、全然。俺は明日休みですし、気にしないでください。ビールもまだありますから・・・・」
「ありがとうございます。―――あの、智、なんか言ってました?」
「え?」

俺は顔を上げて潤を見た。

心なしか、頬が赤い気がした。

「いや、あの・・・俺のこととか・・・・」
「ああ・・・・小さい頃のお話をしてましたよ。すごくかわいかったって、めちゃくちゃ自慢してました。本当に仲いいですよね」

酔った勢いとはいえ、あんな風に人前でキスしても平気なくらい・・・・。
『仲のいい兄弟』という言葉では片付けられないような何かを感じてしまうのは、俺が潤に対して特別な感情を抱いてるせいだろうか・・・・。

「そうですね。年が離れてるせいか、仕事の忙しかった両親の代わりに面倒を見てくれてるところがあったから・・・・俺にとっては兄でもあり、親でもあり―――って感じかもしれません」

―――親・・・・だとしても、普通、キスはないよなあ。
いや、2人が海外暮らしが長かったとかならまだわかるんだけど。

「あのぉ・・・・」
「はい?」
「・・・・ああいう挨拶は、いつも・・・・?」
「ああいう、挨拶・・・・・?」
「その・・・・キスを・・・・」
「―――あ!!」

途端に、潤の顔が真っ赤に染まる。
まるで、今の今まで忘れていたかのような。

「あ、あれは―――いつもと言えば、いつも・・・いや、そうじゃなくて、智は、酔っぱらうとスキンシップが過剰になって・・・・素の時は、さすがにあそこまではしないです!すいません、変なとこ見せて・・・・」
「いや・・・・」
「世界中を旅するようになってからは特に、久しぶりに会うと嬉しくなっちゃって、俺も気にしなくなったっていうか・・・・。でもやっぱり、あそこまでにスキンシップは可笑しいですよね・・・・」

見る見るうちにへこんでいく潤の様子に、俺は慌てて手を振った。

「いや!そこまでおかしいってわけじゃ―――そ、そうだよね、1年に何日か一緒にいられないんだから、そのくらいのスキンシップ、あってもいいと思うよ!うん!」
「え・・・」
「それに!智くんは潤くんのことが可愛くて仕方ないんだろうし、別に、うん、それくらい!」

思わず立ち上がり、拳を握って力説していた俺を、ぽかんを見上げる潤。

―――あ・・・・やべえ、思わず・・・・・。

「あ―――ご、ごめん、俺、なんかなれなれしく・・・・名前とか・・・・」

すげえ恥ずかしい。

どうしよう、いきなり潤くんとか―――

いやがられるかな、と思っていたら、突然潤が破顔し噴き出した。

「ふ、ふふ・・・・ッ、全然、いいです・・・てか、櫻井さんのが年上なんだから、敬語とかおかしいし。名前も・・・・呼び捨てでも、全然いいですよ」
「え・・・・ほんとに?あ、じゃあ、俺のことも名前で呼んで・・・・敬語も、いらないから」
「え、でも、俺のが年下だし」
「いい!全然!むしろそのほうがいいから!」
「そ、そお?じゃ・・・・しょおくん・・・・」

―――うわぁ、やべえ・・・・

ちょっと舌足らずなその甘い声で、『しょおくん』なんて呼ばれたら・・・・・

「は・・・・はい」

俺絶対、今顔赤い。

なんて思ってたら、また潤が笑った。

―――かわいい・・・・

「はいって・・・・俺が敬語やめたのに、しょおくんが戻ったら変じゃん」
「あ、そ、そっか」
「ふふふ」
「は、はは・・・・」

楽しそうに笑う潤につられ、俺も笑った。
まだぎこちない笑い。
もっと自然に笑えるようになるように―――もっと自然に話せるように、なりたいと思った・・・・。


「じゃ、ほんとにおじゃましました」

潤が、まだふらふらしている智くんの肩を抱き、玄関でぺこりと頭を下げた。

「ほんとに大丈夫?俺だったら平気だから、泊まって行けば―――」
「ありがと。でも、明日の準備もあるし、やっぱり帰るよ」
「そっか・・・・。じゃ、気をつけて」
「うん。―――あの、しょおくん」

潤が、上目遣いで俺を見る。

―――ああ、その顔は反則・・・・

「ん?」
「明日、来月の新商品の試作品を作るんだ。それ・・・よかったら、食べてみてくれない?」
「え・・・俺が?」
「うん。しょおくんは毎日お店に来てくれてるお得意さんだし、やっぱりそういう人に食べてもらって、率直な感想を聞いてみたいんだ」
「なんか、すごい責任重大じゃない?」
「ふはは、そんなことないよ。本当に、素直な感想を言ってくれればいいんだ。しょおくんが店に来るころまでには、用意しておくから」
「うん。わかった」



そうして潤と智くんが帰って・・・・

俺はしばらく放心状態だったと思う。

自分が何を話したのかも、よく覚えていない。

でも・・・・

もしかしたら、ちょっと潤との距離が近づいた・・・・と思っていいのかな。

・・・しょおくんて・・・・

潤が、俺のことしょおくんて、呼んでくれた。

それだけで、今まで落ち込んでたことなんて全部払拭されてしまったような気持ちになった。


・・・・やっぱり、好きだなあ。


いつか、俺が智くんを抜く日が来ることがあるのかな・・・・


そうなったら、いいけど・・・・・





「それ、試作品?」

朝店に行くと、すでに潤くんが作業をしていて見たことのないショコラを冷蔵庫にしまうところだった。

「あ、カズ、おはよ。うん、あとで食べてね」
「ありがと。・・・きれいな色だね。ピンクのグラデーション。なんの色?」
「ラズベリーとホワイトチョコ。ちょっとブランデーもつかってる。あんまり酸味が強過ぎない方がいいと思って」
「へえ・・・・なんか、楽しそうだね。いいことあった?」
「え!」

潤くんの頬がぱっと赤くなる。

―――わかりやす過ぎ・・・・。

昨日、智さんがあの櫻井さんのところに飲みに行っちゃって、潤くんは仕事が終わった後に智さんを迎えに行った。
『きっとべろべろになってると思うんだよなあ。櫻井さんに、迷惑かけてなきゃいいけど・・・』
そう言って店を出た潤くん。
俺は、すぐに出てくるかなと思って少し待っていた。
べろべろに酔っぱらった智さんを担いで帰るのは大変だろうと思って・・・・。
でも、潤くんはすぐには出て来なかった。
30分経ったところで、俺は諦めて帰った。
いつまでいたのかは知らないけど・・・・
ニコニコと楽しそうなその表情を見れば、きっといいことがあったんだろうと想像がつく。

まさか、櫻井さんと・・・・・?

「櫻井さんと、どんな話したの?」

俺は、悪い予感が当たらないようにと願いながら、さりげなさを装って聞いた。

「なんか・・・行ったらもう智がべろべろで。智が寝ちゃったから、少しだけ話してたんだ。翔くんの仕事の話とか、この店のこととか・・・・」

―――翔くん・・・・

「へえ・・・・。よかったね。で、その試作品、櫻井さんの分もあるんだ?」
「うん。毎日来てくれてるし、お客さんの意見も聞きたいからさ」

照れくさそうにはにかむ潤くんに胸が痛む。

もうずっと小さいころから潤くんの横にいて、ずっとずっと見てきたから、潤くんの気持ちなんか手に取るようにわかるよ。
櫻井さんが現れてからの潤くんは、本当にわかりやすく毎日そわそわしてて。
もう、あれだよ。
恋する乙女ってやつ。
落ち込んだり、浮上したり1人で忙しい。
そんな潤くんを見て、俺は何もできない。
だって、今更告白なんてできるはずもないし。
ただ、俺は友達としてでもいいから、潤くんの傍にいたかったんだ・・・・・。


「おっはよ~」

相葉さんがいつものように元気に店に入ってくる。

「おはよ、まぁくん。今日、試作あるからあとで食べて、感想聞かせて」
「まじ?やった!楽しみ~。あ、ニノおはよ。なんか暗いね、どうしたの?」
「・・・あんたは朝から元気だね」
「え~、なになになんかあった?」
「別になんもないよ。着替えてくる」

俺はさっさと更衣室に向かった。

別に、八つ当たりするつもりなんかなかったけど。
相葉さんの笑顔を見てたらなんか自分が情けなくなった。
相葉さんならきっと、潤くんが櫻井さんと付き合ったとしても笑顔で『よかったね』って言ってあげられるんだろうな。

「ニノ~、潤ちゃん、すごいご機嫌じゃない?あれ、櫻井さんと何かあったのかな~」

あとから更衣室に入ってきた相葉さんが、思いのほか暗い表情で言ったのに驚いた。

「・・・・あんたも気付いたの?」
「気付くよ~、潤ちゃんわかりやすいもん。あれだけ顔に出てたらさ~・・・」
「まあね・・・・。昨日、あのバカがいらないことしたんでしょ、きっと」
「あ~、智くん?あの人、何なんだろうね?潤ちゃん大好きで、すぐヤキモチ妬くくせにさ、なんで櫻井さんち行ったのかなあ。なんかの作戦?」
「あの人はそんなことまで考えてないよ。ただ面白そうって思っただけでしょ」
「マジで~?そんで2人がくっついちゃったらどうすんだよ~」
「・・・あんた、いやなんだ?」

気にしてないのかと思ったのに・・・・

「あたりまえじゃん!潤ちゃんが誰かのものになるなんて、いやに決まってるじゃん。俺はずっと潤ちゃんの隣で、潤ちゃんの作ってくれたショコラ食べてたいのに!」
「ショコラが好きなの?」
「潤ちゃんの作ってくれたショコラが好きなの!」

ちょっとふざけてるふりしてるけど、なんとなく彼の気持ちが伝わってきた。

相葉さんもやっぱり、潤くんの隣にずっといたいんだ。

潤くんの隣で、潤くんの笑顔を見ながら、ずっと一緒にいたいと思ってるんだ。

それは俺と一緒。

俺は、そんなこと言わないけどね。

「もうさ~、ニノだけだったらまだよかったのに」
「は?何それ」
「だって俺、ニノには負ける気しないもん」

にやりと笑う相葉さん。

「・・・・俺だって、負けないよ」

あ、言っちゃった。

―――俺も、相当焦ってるってことかな・・・・。

「ニノ、一緒にがんばろうね!」
「なんであんたと一緒にがんばるんだよ!」

ちょっとだけ、気持ちが軽くなった・・・・・。





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