「あ、こんにちは!いらっしゃい」

眩いばかりの笑顔で迎えられる。

「あ・・・・こんにちは」

ちゃんと笑おうとして、思わず笑顔が引きつる。

潤の笑顔の向こうに、智さんの横顔―――。

ちらりとこちらを見た彼の目に、その心を読み取ることができない。

「これとこれ・・・・・それから、コーヒーを」

「―――はい。席でお待ちください」

相変わらず二宮は無愛想だ。





席についてしばらくすると、なぜか智さんがチョコとコーヒーの乗ったトレイを手に俺の席に近づき、そのまま向かいの席に座った。

「あの・・・・?」

「あ、自分のコーヒー忘れちった。ニノ!コーヒー持って来て!」

二宮が、わざとらしい溜息をついてコーヒーメーカーのスイッチを入れるのが見えた。

「あのぉ・・・・」

「ずっと厨房にいたら、ニノに邪魔だって怒られたから。チョコは朝から試食用のやついっぱい食べたからもういんないんだけどさ」

「あー・・・・そうなんですか」

「櫻井さんは、翔くん?」

「へ?あ、はい」

「んじゃ、俺翔くんて呼ぼう。俺の知り合いに、櫻井さんているからさ、紛らわしい」

「はぁ・・・・・」

前から思ってたことなんだけど・・・・

この人って、かなりマイペースだよな・・・・。

コーヒーを持って来てくれた二宮に軽く手を振ると、なんとなく居心地悪そうにしていた俺を見て、にこにこと笑う。

「・・・翔くんてさ」

「はい?」

「潤の、どこが好きなの?」

「!!」

ちょうど口に含んだところだったコーヒーを、思わず噴き出しそうになる。

「な・・・・ッ、なにを、急に・・・!」

「え、違うの?潤のこと、好きじゃないの?」

「や、あの・・・」

「好きじゃないなら、安心なんだけどさ。潤は、俺のだし」

「お・・・・俺のって・・・兄弟、ですよね?お2人」

「兄弟だよ。でも俺は、潤が好きだから。他の奴には、やりたくない」

あまりにストレートな愛情表現に、俺は言葉を失った。

「でも、翔くんは見た目かっこいいし、潤のこと好きになられたら取られちゃうかなあと思ったんだけど」

「僕は・・・・!」

そりゃあ・・・・好きだけど・・・・

でも、そんなこと・・・・・

智さんは、俯く俺の顔をじっと見つめていた。

「・・・・翔くんて、なんかめんどくさそうだなぁ」

「は?」

「けど、もっと知ったら面白そう。ねえ、今日飲みに行かない?」

「はい?」

な、なんか、話の展開についていけないんだけど―――

「あ、でも俺今あんまり金持ってねえしなぁ・・・・・あ、そうだ!翔くんちって、ここの前のマンションなんだよね?じゃ、翔くんちで飲もう!」

「え、いや、ちょ・・・・何でそうなる?」

「いい考えだと思わない?あそこなら、潤も仕事終わったらすぐに合流できるし」

「え・・・・」

潤、も・・・・・?

「よし、そうしよう!翔くんちの部屋番いくつ?」

「へ?1005・・・て、え、マジで?」

「1005ね、ちょっと待ってて」

智さんがすたすたと歩いて厨房に入っていく。

中で、潤に何か言っているのが見える。

潤の、ちょっと驚いた顔。

そしてこちらをちらりと見る目は、明らかに戸惑っていた・・・・。






「潤はね~~~~、本っ当にかわいいんだよぉ」

「ちょっと智くん、飲み過ぎだって」

「翔くん、聞いてんの!?潤はね、潤はすげえ可愛いんだよ!」

「もう何回も聞いたってば!」

俺の言葉にケラケラと笑いながら、智くんはまたビールを開ける。

これで何本目だ?

飲みはじめて少しの間は、智くんが今まで旅をしてきた国の話などを聞いて普通に会話していたのだが、ビールの缶を開けるピッチが速くなるにつれ、徐々に様子が怪しくなってきた。

『智さん』と呼ぶとなぜか怒られるので、智くんと呼ぶようになった。

そしてべろべろになった智くんの口からは、潤が生まれた頃の話から事細かに潤のかわいらしいエピソードが語られることになった。

「潤はねぇ、ちっちゃいころから色白で、目が大きくて、お人形みたいに可愛かったんだよぉ」

「はぁ」

「甘えん坊で、怖がりでさぁ。『お化けが怖い』って言って、よく俺のふとんにもぐりこんで来て、超かわいかったなぁ」

「へえ・・・」

「学校でガキ大将みたいなやつにいじめられた時も、俺が学校までついてって、そいつに文句言ってやったんだ」

「はぁ・・・・」

今時、ガキ大将っているんだ?

てか、モンスターペアレントだったのか?この人は・・・

「そしたらそいつ泣きながら潤に謝ってさぁ。潤がかわいかったから、仲良くなりたくてちょっかい掛けてただけだったんだって」

「あー、なるほど・・・・」

好きな子ほど・・・ってやつか。

え、でも潤は男なのに・・・?

まぁ、俺も人のことは言えないけどさ・・・・・

「ふふ、潤は中学生のころまでほんとちっちゃくて、華奢で女の子よりも可愛かったからなぁ。よく、告白されて困ってたっけ。それが男女両方からだったんだよね」

「そう・・・・なんですか?あの、それで潤・・・くんは、恋人とか・・・」

「ん~、何人かとは付き合ってたよ?でも続かないんだよねえ。結局さぁ、潤を好きになるやつって潤のあの外見しか見てないんだよ。ビジュアルが完璧だからさ、中身も完璧だって勘違いしてんの。そんで、ちょっとでも自分の理想とずれてたりすると、いやになっちゃうみたいでさ」

「ひどいですね」

「そうなんだよ。俺は、潤が中学生のころから世界中を旅するようになってたから、いつもそばにいたわけじゃないけど―――でも、ときどき電話したり、日本へ帰った時にはよくそういうことで落ち込んでたよ。俺の前ではそういう顔見せないようにしてたけどね。けど、潤は嘘つくの下手だから・・・・見てれば、すぐにわかる」

ふふふ、と智くんは昔を懐かしむように笑った。

「そういう時は、どうするんですか?智くんは」

「どうもしないよ~。俺はただ、潤の傍にいるだけ。傍にいられないときは、電話で話をするよ。俺が行ったことのある外国の話とか、そういうこと。すぐに元気になるわけじゃないけど、潤はちゃんと時間を掛けて立ち直ることができる子だから」

「よく・・・・わかってるんですね」

いとおしむような優しい目で、潤のことを話す智くん。

この人には、きっと敵わない。

勝負を挑む前に、俺は白旗を上げてるようなものだった。

「わかってるよぉ。潤のことなら、何でもわかってる。だからぁ、わかりたくないことまで、わかっちゃうんだよなぁ」

そう言うと、智くんはグラスのビールを一気に飲み干した。

「翔くん、ビール!」

「まだ飲むの?ちょっと、もう本当にやめた方が―――」

「翔くん!!」

「う・・・・何なんですか?」

「潤はねえ、すんごい繊細なんだからね!」

もう、完全に目が据わっている。

「わ、わかってますよ。あのショコラを見れば―――」

あんな繊細な作品、俺みたいな単純な人間には絶対作れないもんな・・・・。

「――――――わかってる・・・・?」

「はい?」

「――――潤のことを、わかってるって言うのか?俺よりも!」

―――やばい。目が完全にいっちゃってる。

「いや、あの、すいません。言い過ぎました」

「潤のことはなぁ、潤のことは俺が一番わかってるんだよぉ!」

「はい、そうです、その通り―――」

どうすんだこれ―――と思ったその時。

―――ピンポ―――ン

チャイムの音に、智くんの動きがぴたりと止まる。

と、次の瞬間。

「潤だ!じゅ~~~~ん!!」

―――北の国からか!

なんてくだらないことを考えているうちに、智くんがふらふらと玄関へ向かった。

「あ、ちょっと―――」

「潤!潤!お帰り~~~!」

「もう!ここはあなたのうちじゃないんだから!今俺が開けるから待って―――」

なんていう言葉には耳も貸さず、智くんはふらふらしながらも玄関の扉をさっさと開けてしまった。

「あ、すいませ―――智?」

遠慮がちにそこに立っていた潤が、智くんを見て目を丸くする。

「じゅ~ん!今日も可愛いなぁ~~~」

ふらふらっと体を揺らしたかと思うと、智くんはそのまま潤にぎゅーっと抱きついた。

「あ~・・・・すいません、こんなに酔っぱらっちゃって・・・・兄がご迷惑を・・・・」

潤が気まずそうにそういう間にも、智くんは潤の頬に自分の頬をすり寄せていた。

「あ、いや・・・迷惑だなんて・・・・」

「潤~~~~愛してる~~~~」

「わかったから、智、櫻井さんが―――」

「なんだよぉ~~~潤は俺のこと愛してないのぉ~~~?」

智くんの言葉に、頬を赤らめる潤。

「・・・・愛してるけど・・・・恥ずかしいから、智・・・・」

―――愛してる・・・・まぁ、兄弟だしね・・・・。てか、いつまで抱きついて・・・・

と、ちょっともやもやしてきた時だった。

「ん~~~~ふふふ、潤、超可愛い!!」

そう言って、智くんは、あろうことか潤の唇にキスをしたのだった・・・・・。





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