「キャーーー!!ちょっとお兄ちゃん!何これ!!」

「・・・・っるせえなぁ、なんだよ」

久しぶりに妹が訪ねてきたと思ったら、何やらキッチンで騒ぎだした。

「これ!あのチョコレート王子の店のじゃない!?」

キッチンから飛び出してきた妹の若菜が手に持ってきたのは、あの店のショコラが入っていた空箱だった。

「ああ、このチョコは・・・・」

新しいショコラシリーズが発売されて、思わず買ってしまったんだ・・・・。

「この前、お兄ちゃんが買って来てくれたやつママが全部食べちゃって、今日は絶対全部1人で食べてやろうと思ってたのに定休日だっていうし!さっきこの箱見つけてやったあ!って思ったのに空だし!」

「―――急に来たと思ったら、あの店が目当てかよ」

まぁ、そんなことだろうと思ったけど。

あの店が定休日でへこんでいるのは、俺も同じだっつーの。

今日は平日だったけれど、会社のシステムのメンテナンスがあり仕事は午前中で終わっていた。

潤とは、普通に会話ができるようになったとはいえ、まだ友達とも言えない関係だ。

片やチョコレート王子と呼ばれる今や超人気店のショコラティエ。

片やどこにでもいる、ごくごく普通のサラリーマンだ。

携帯の番号もメールアドレスも知らない。

当然休みの日に会う約束なんて、してるわけがない・・・・・。

「せっかくチョコレート王子に会えると思ってたのに~~~」

「なんだよ、結局目的はそれか」

絶対紹介なんかしてやらねえけどな。

「チョコレートも食べたいし、チョコレート王子にも会いたい!女の子として当然の欲求でしょ?てことで、お兄ちゃん、付き合ってよ」

「は?どこへ?」

「横浜!今デパートで、チョコレートフェアやってるんだって!ね、面白そうでしょ?一緒に行こうよ!」

「面白そうって・・・・お前、俺におごらせるつもりだろ」

俺の言葉に、若菜はぺろりと舌を出して笑った。

「えへへ。かわいい妹が久しぶりに遊びに来てやったんだから、それくらいいいでしょ?」

「ったく・・・・」

溜息をつきながらも、俺は重い腰を上げた。

このまま家でうだうだしていても仕方がない。

気晴らしに、妹に付き合うのも悪くないかもしれない・・・・・。





「平日なのに、結構人がいるのね」

デパートのイベントフロアに着くと、若菜がきょろきょろとしながら呟いた。

「そうだな。なぁ、どの店見るのか決まってるのか?」

「ん~、いくつか友達から聞いたショップを見てみたいんだけど・・・・これだけたくさんあると、どこにそのショップがあるのか・・・・」

「確かに・・・・あ、あそこにフロアの案内図があるみたいだぞ」

そう言って、俺はフロアの一角を目指して歩き出した。

若菜も慌てて着いてくる。

「ちょっと、置いていかないでよ!」

大きく張り出されたイベントフロアの案内図の前に立ち、ざっとショップ名に目を通す。

「―――なぁ、どこのショップ―――」

そう声に出しながら振り向いた俺の目に飛び込んできたのは―――

「えっとねえ、確かLa・・・って、どこ見てんの、お兄ちゃん」

「ちょ―――ちょっと、悪い!」

「え!?ちょっと、お兄ちゃん!?」

突然駆けだした俺のあとを、わけもわからず若菜が走ってついてくる。

―――あれは、潤だ!

フロアの向こう側、いくつものショップのブースが並んで何十人という人で溢れている向こう側に―――

あの、きれいな横顔が見えた。

キャラメル色の髪、白い肌、大きな瞳、赤い唇。

あんな美形、見間違えるはずがない。

俺は後ろから若菜が『待ってよ!』と声をかけてくるのも構わず、潤の姿を求めて走った。




イベントフロアーの奥に、カフェコーナーがあった。

今回のイベントに合わせ、まるでカラフルなチョコレートのようなテーブルセットが並べられたスペースの奥に、2人はいた。

ラズベリーチョコのような鮮やかなピンクのテーブルセットの椅子に並んで座る、潤と、その兄の・・・・確か、智さんだったか・・・・。

丸いテーブルには椅子が4つテーブルを囲むように置かれていたが、2人は2つの椅子をくっつけるようにして座っていた。

ぴったりと寄り添うように座るその様子は、見てるこっちが恥ずかしくなるほど仲がよさそうで・・・・。

智さんが、自分の前の皿に乗ったチョコレートを1つ掴むと、潤の口の前に持って行った。

潤は、当たり前のように口を開け、智さんの手からチョコレートを食べた。

おいしい、と潤の口が動いているようだった。

嬉しそうに笑う智さんと、それを見てやっぱり嬉しそうに笑う潤。

俺は、その光景を見つめながら―――足に根っこが生えたように、動けずにいた・・・・。




「はぁ、はぁ、もう、お兄ちゃん、急に走り出して―――って、あ!!あの人!!」

ようやく俺に追いついた若菜が、俺の視線を追って目を見開いた。

「チョコレート王子!!」

「ちょ、おま、声がでかいって!」

俺は慌てて若菜の口を抑えようとして―――

大きな目をぱっちりと開き、驚いた顔で俺を見る潤と、目が合ってしまった・・・・・。




「す、すいません」

仕方なく、俺は若菜を連れて2人のいるテーブルの傍へ行った。

潤が、にこりと笑顔を向けてくれる。

智さんは、きょとんとして俺の顔を見ていた。

「いえ。偶然ですね」

そう言った潤の声は、なんだかいつもより元気がないように思えた。

「きゃあ、かっこいい」

若菜が小声で呟き、俺の袖をツンツンと引っ張る。

―――紹介しろって?ったくもう・・・・・

いつもよりも元気のない様子の潤が気になったが、俺はとりあえず若菜を紹介することにした。

「あの・・・・妹の若菜です。その、実は、松本さんのファンで・・・・」

「え・・・・妹さん・・・・?」

潤の目が、大きく見開かれた。

「あ、はい。今日、たまたま遊びに来てて・・・・」

「座れば?」

突然智さんが言い、若菜も驚いて智さんを見た。

「チョコ、いっぱい買ったから一緒に食べよう。あ、飲み物はコーヒーか紅茶、あとウーロン茶しかないけど」

「あ、いや、でも俺たち・・・・」

まだ1個もチョコレート買ってないのに・・・・

さすがに遠慮しようとすると、潤がにっこりと笑って小首を傾げた。

「どうぞ。いろんなショップの食べたくて、買い過ぎちゃったんです。食べて、感想を教えてもらえると嬉しいんだけど」

その言葉に、俺たちは『じゃあ』と椅子に座り、オーダーを取りに来たウェイトレスに紅茶とコーヒーを注文したのだった。

心なしか、潤がさっきよりも元気になったように見えた。

若菜は本物の潤を目の前に、すっかりぽーっと見惚れてしまっていた。

当の潤は、そんなことには気づかずに次にどのチョコを食べようか迷っているようだった。

「智、今度は何がいい?」

「潤が好きなのにすれば」

「だってたくさんあって」

「じゃあ、そっちの丸いのは?カフェオレっぽいやつ」

智さんが指差したチョコレートを手に取り、潤が自分の口に入れる。

「うん・・・・カフェオレっぽいけど・・・・なんか、苦味に癖があるな・・・・・智も食べてみて」

そう言って、潤は同じチョコレートを智さんの口に放り込んだ。


―――なんか・・・・この2人、いつもこうなのかな・・・・。

まるで、恋人同士みたいなやり取りだ。

普通、男兄弟でこんなことしない・・・・と思う。

だいたい、男同士でこんなにくっついて座るとかもあり得ない気がするし・・・・。


どうにも落ち着かなかった。

まるで、見てはいけないものを見てしまったような・・・・


「櫻井さん、これ食べてみて」

「え・・・・」

潤が、俺の目の前にオレンジ色にコーティングされたチョコレートの乗ったお皿を差し出した。

「これ、さっき俺も食べたんだけど、すごくおいしかったから。櫻井さんの感想も聞きたいな」

ふわりと微笑んだその笑顔に、どきんと胸が高鳴る。

「あ・・・・じゃあ、いただきます」

チョコを手に取り、自分の口の中へ。

潤がじっと俺を見つめていて・・・・

それだけで、ドキドキと落ち着かない。

緊張して、味なんか―――

「おいしい?」

そんな、キラキラした瞳で見つめられたら・・・・

「・・・・・おいしい、です・・・・」

「んふふ、でしょ?」

そんな、嬉しそうな笑顔で見られたら・・・・

「潤」

突然、智さんが潤のあごを掴むと、自分の方へ向けさせアラザンの乗ったチョコレートを1粒、潤の口の中へと押し込んだ。

「む・・・・ん・・・・、あ、おいし」

驚きもせず、そのままチョコを味わう潤。

その瞬間―――

智さんがちらりと俺を見て、まるで勝ち誇ったように口の端を上げて笑みを浮かべたのを、俺は見逃さなかった・・・・。





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