「いらっしゃいませ―――あ、こんにちは」
店に入った俺に気付いた彼が、爽やかに笑う。
「こんにちは。また来ちゃいました」
「本当にチョコがお好きなんですね。今日は何にします?」
「そうですね・・・・」
俺はショーケースを覗きこむふりをしながら、彼を見つめた。
先月オープンしたおしゃれなチョコレート専門のお店。
このお店のオーナーが、彼―――松本潤だ。
店の向かい側のマンションに住んでいる俺がここへ来たのは、店のオープン初日。
海外の有名店で修業してきたという彼は、その某有名チョコレート店の日本進出第一号店のショコラティエとしてテレビで紹介されていた。
その日本人離れした華やかな顔立ちから『チョコレート王子』と呼ばれ、店は大繁盛。
だが彼はそのチョコレート店を辞め、自分の父親が経営していたというケーキ店を改装し、自分のチョコレート専門店を開いたのだ。
そのお店がまさか、自分の住んでいるマンションの目の前の店だったとは―――
去年ここへ引っ越してきたばかりの俺は、彼の存在をテレビで見て初めて知った。
―――きれいな男だなあ。
それが、第一印象だった。
たまたま遊びに来ていた母親がやはり松本潤をテレビで見て年甲斐もなく大ファンになってしまい、『あんた、お店オープンしたらチョコレート買って来てよ!』と言いだしたのだ。
めんどくせえなぁと思いながらも、俺も気になっていたのでオープン初日に店の前に出来た行列に並び、限定品だという、チャームのおまけがついたチョコレートの詰め合わせを2箱も買ってしまった。
想像していたよりもずっときれいなチョコレートの数々はまるで宝石にようにキラキラ輝いて見えた。
そして何より、ガラス越しに見えるショコラティエ姿の松本潤がテレビで見るよりもずっとずっときれいで―――
一目惚れしてしまったのだ。
それから、俺は毎日店に通っている。
店内には飲食スペースもあり、俺はそこで仕事帰りにチョコレートとコーヒーを注文するのが日課になっていた。
俺の座っている席からは、厨房内でチョコレート作りをしている松本潤の姿がよく見えた。
あまり見過ぎていても怪しまれるかと思い、ゆっくりコーヒーを飲みながら、ちらちらと盗み見ていた。
それから1週間後―――
「―――毎日、来てくださってますね」
いつもの席でチョコレートを食べていた俺の元へ、松本潤が挨拶に出てきたのだ。
「あ―――あの、とてもおいしいチョコレートだったので・・・・」
「ありがとうございます。その前のマンションに住んでらっしゃるんですか?」
潤が、窓から見える俺の住むマンションを見た。
「あ、はい。そうですけど―――」
「今朝、店内の掃除をしていたときに、この窓からあなたがマンションから出て来られるのが見えたので―――」
「あ、なるほど・・・・。去年、引っ越してきたんです。以前あったケーキ屋さんは、お父さんの―――」
「はい。父がもう20年以上続けていたケーキ店を、俺に譲ってくれて―――」
潤が、目を細めて店内を見回した。
「スタッフも、以前から働いてくれていた友人がそのまま残ってくれて、すごく恵まれてるなって思っています」
厨房には、潤と同じくらいの年の男が2人、作業をしていた。
作業中も、よく談笑している姿が見えて、確かに雰囲気は良さそうだった。
仲が良過ぎるように見えるのが、ちょっと気になったけど・・・・。
「チョコ、お好きなんですか?」
潤が、俺にきれいな笑顔を向ける。
「え、あ、はい、まあその・・・・・好き、ですね」
チョコレートの話なのに、なぜか恥ずかしくなってしまった。
「男性1人のお客様は珍しいので、きっととてもチョコレートがお好きなんだろうなって話してたんですよ」
「そ、そうなんですか・・・・」
―――うわ、なんか恥ずかしいな。
自分が話題にされてるなんて、思いもしなかった俺はなんとなく気まずくってきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「―――また、来てくださいね。これから新商品も増やしていく予定なので」
にっこりと微笑む潤。
その笑顔は、本当に見惚れるほどきれいで・・・・
「あ・・・・はい、もちろん。明日も、きます」
「ありがとうございます」
それではと、丁寧にお辞儀をして厨房に戻っていく潤の後ろ姿を、俺は目で追っていた。
厨房に入った潤は、中の2人と会話をしながら作業を始めた。
その2人のうち小柄なほうの男が、ちらりと俺を見た。
その視線の冷たさに、思わずぎくりとする。
普段、潤と話している時はとても優しそうな雰囲気に見えたのに・・・・・
それから1ヶ月。
俺は、どんなに忙しくても店が閉店する前には必ずお店に行くようにしていた。
そして、潤とも徐々に会話が増え、お互いの名前を呼び合えるまでになっていた。
それはすごく嬉しいことなんだけれど―――
「―――潤くん、電話」
厨房へ続く扉が開き、二宮というスタッフが潤に声をかけた。
「あ、はーい。じゃ、櫻井さん、ごゆっくり」
「あ、はい・・・・」
行ってしまった・・・・。
「決まりました?」
二宮が、さっきまでとは違うちょっと低い声で言った。
「あ・・・・じゃあ、これとこれと、コーヒーを」
「かしこまりました。おかけになってお待ちください」
事務的な対応に、俺も黙っていつもの席についた。
彼―――二宮和也は、潤の幼馴染で高校生のころからこの店―――ケーキ屋だったころから―――アルバイトとして働いていたらしい。
潤に対してはとても優しい笑顔を向け、よく声を上げて笑っている光景が見えた。
だけど俺に対しては必要以上に事務的で―――
「―――お待たせしました」
俺の前に、皿に乗った2つのチョコレートとコーヒーが置かれた。
「あ、どうも」
「・・・・ここのチョコレート、決して安くないのに、よく毎日いらっしゃいますね」
二宮が、ちらりと俺を見て言った。
「え・・・・はぁ、まぁ・・・・・おいしいので・・・・」
「・・・・好きなのは、チョコレートですか?それとも―――」
「え・・・・・」
二宮が、意味ありげに視線を厨房内に向けた。
厨房には、もう1人のスタッフ、相葉雅紀と談笑する潤の姿。
整った顔立ちをくしゃっとさせて思いきり笑う顔が、可愛くて思わず見惚れる。
「・・・・ごゆっくり」
二宮は無愛想にそう言うと、カウンター内に戻ったのだった・・・・。
正直、それほどチョコレートが好きだったわけじゃない。
どちらかと言うと甘いものは苦手だった。
だけど潤の作ったチョコレートはただ甘いだけのものじゃなくて、ほろ苦かったり酸味が効いていたり、口に含む度に違う感動があり、飽きることがなかった。
いつの間にかすべての種類を制覇してしまい、すっかり店の常連だ。
そして、今では潤とも自然に会話が出来るようにまでなっていた。
二宮のあたりは強いけれど・・・。
相葉というスタッフは明るくて、接客に向いている感じだった。
俺に対しても、まるで昔からの友達のように話しかけてくる。
そしてたまに店の手伝いに出てくる潤の父親。
この人はとても穏やかで優しそうな人だった。
そしてこの日、もう一人初めて見る人物が―――
その男は店に入ってくるなり、厨房に飛び込んだ。
そして―――
驚いて男を見た潤に、思いきり抱きついたのだ。
思わず、がたんと音をたてて立ち上がる。
カウンターからその様子を見ていた二宮が、呆れたように溜息をつき厨房の中へ入って行った。
―――知っている人間・・・・なんだろうな。
心臓が、どくどくと嫌な音を立てていた。
潤に抱きついたまま離れようとしない男に困った顔をしながらも、どことなく嬉しそうな潤。
相葉も楽しそうに笑っている。
そして、中に入って行った二宮に頭を叩かれ、男はようやく潤から離れた。
2人が何か言い合いをしているのを、潤は笑いながら見ていた。
やがてトレイに並べられたチョコレートを手にカウンターへと出てきた潤。
ふいにこちらを見た潤と、バッチリと目があってしまった。
不思議そうに首を傾げた潤に、俺はようやく立ったままだったことを思い出した。
俺は慌てて座り、気持ちを落ち着かせようとコーヒーカップを持ち上げて―――
もうすでに飲み終わっていることに気付いて、カップを置いた。
―――何してんだ、俺。
「―――お替わり、いかがですか?」
「え・・・・」
いつの間にか、潤がテーブルの横に立って微笑んでいた。
「コーヒー、おかわりお持ちしましょうか?」
「ああ、いや・・・・じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
そう言って軽く会釈をし戻ろうとする潤。
「あの!」
気付けば、声をかけていた。
「はい?」
目を瞬かせ、振り向く潤。
「あの・・・・あの人は、その・・・・」
俺は、まだ厨房内にいたあの男に視線を向ける。
潤も俺の視線を追って―――
「ああ―――あれは、俺の兄です」
「え・・・・そうなんですか?」
「ええ」
なんだ・・・・
ホッと胸をなでおろす俺。
「あんまり、似てないですね」
「ですよね。性格も全然違うんですよ。兄の智は画家なんですけど、ずっと世界中を旅していて、たまにしか日本に帰ってこない。今回も半年ぶりで・・・しかも、何の連絡もなしに帰ってくるからいつもこっちは驚かされてばかりで」
そう文句を言いながらも、潤は嬉しそうだった。
「でも、仲はいいんですね」
そう言うと、潤はちょっと頬を赤らめ、頷いた。
「はい。兄のことはすごく尊敬してるし、大好きなんです。俺はちょっと、ブラコンかもしれないですね」
その笑顔に、ドキッとする。
兄弟だからって、安心はできない・・・・・のか?
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