ニノが店内に入り、従業員用の出入り口に向かう。


俺は店の裏に回り、裏口の扉へと手を伸ばしたが―――


突然扉が外側に開き、中から男が飛び出してきた。


茶色く痛んだ髪に、不健康そうな青白い顔。


山本だ。


山本は俺の顔を見るとぎょっとして、一瞬止まりかけたけれど―――


「くっ」


そのまま俺を突き飛ばすように走りだした。


「おい!待て!!」


油断していたつもりはなかったけれど、山本が思いのほか焦っていて、受け身を取るのが遅れてしまった。


突き飛ばされたはずみでよろけてしまい、追いかけるのが遅れる。


―――逃げられる!!


そう思ったけれど―――


「うわっ」


店の角を曲がったと思った山本が、大きな声を出したかと思うとどさっと何かが倒れる音。


俺は急いでその後を追って角を曲がる。


そこにいたのは前のめりに地面に倒れ込んだ山本と、それを腕を組んで見下ろす潤だった。


「潤!」


「足、ちょっと出したら勝手に引っかかって転んでくれたよ」


そう言って、潤はにっこりと笑ったのだった・・・・・。






「俺は、何もしてない!店の裏で仕事してたって言ってんだろ!」


探偵事務所へ連れて来られた山本が、落ち着きなく視線を彷徨わせながらそう声を張り上げた。


「だから、そのことなら彼女が証言してくれたよ。あんたに頼まれて、店にいたことにしてくれって言われたんだって」


ニノの言葉に、山本は青くなりながらも、ニノを睨みつけながらふん、と鼻を鳴らした。


「あいつ、俺に振られたからってそんなこと言ってんだよ。俺が裏にいなかったなんて、レジにいたあいつにわかるわけないじゃん」


確かに、店内と違って従業員のみが入れる店の事務所には監視カメラはついていないので、そこにいるかどうか、レジの人間には確かめようがないのだけれど・・・・


「運送会社の人間が、来てるんだよ」


俺の言葉に、山本がぎょっとする。


「夜の11時に、運送会社のドライバーが宅配の荷物の集荷にきてる。さっき、電話で確認したよ。事務所でサインをもらおうと思ったら、誰もいなかったんでレジの彼女に頼んだって。ドライバーがレジでサインをもらってるところは、監視カメラでも確認できてる。その時間、どこで何をしていたか説明してもらおうか?」


「それは・・・・!」


「俺が代わりに説明しようか?」


そう言って、山本の目の前に座った潤が山本の顔を覗きこんだ。


「なんだよ、お前・・・・」


「―――ずっと、久美ちゃんのことをつけまわしてただろ?久美ちゃんに別れたいって言われて、焦ってたんだ。久美ちゃんの優しさにつけ込んで、浮気なんてし放題だと思ってたんだろ?だけどそうじゃなかった。久美ちゃんは、あんたが思っているよりもずっと芯のしっかりした、まじめな女の子だからね。でも別れ話を切り出された時―――ほぼ同時期に、久美ちゃんの出生の秘密も知った。久美ちゃんに会いに行ったとき、偶然重松完治が久美ちゃんのマンションの部屋から出てくるのを見て。それで、あんたは久美ちゃんと結婚することを企んだんだ。でもこのままじゃ、久美ちゃんは自分と別れて向井直人と結婚してしまう。それで、あんたはなんとか久美ちゃんと結婚する方法を見つけようと久美ちゃんの周りを嗅ぎまわってた」


潤の話に、山本の顔は見る見る青くなっていった。


目を見開き、額には脂汗が浮かんでいた。


「なに・・・・・言ってんだよ・・・・」


「向井直人がゲイだってことも嗅ぎつけた。久美ちゃんが向井と結婚する気がないことを知って一度は安心したけど、久美ちゃんにしつこく迫って、久美ちゃんに自分とは別に好きな人がいること―――自分とやり直すつもりはないことを知って―――憎しみが、増したんだろうね。その憎しみが殺意に変わり、今回の計画を思いついたんだ」


「計画?だって、今回久美ちゃんがあのホテルに行ってすぐに飛び出してきたのって、前から決まってた事じゃないだろ?」


自分のデスクに座り、俺たちの会話をずっと聞いていた翔くんが口を開いた。


「ううん、途中までは計画通りだったんだよ。久美ちゃんが向井からあのホテルに呼び出すメールをもらったとき、偶然こいつが傍にいたんだよ。それで、そのメールの内容を知って、こう言ったんだ。『向井に言いくるめられないように、好きな人と会う約束をしてるからって言ってすぐに出てこい』って。向井が久美ちゃんの好きな人を知ってることも、それを理解してくれてることも知ってる。だからそういえば向井は納得することもわかってたし、そうすれば相葉ちゃんに罪を着せることができる―――こいつは、そう思ったんだよ」


相葉ちゃんは、潤に言われて店の食材などの整理に行っていた。


この話を聞かせたくなかったんだろう。


「こいつは、あの日相葉ちゃんと俺が店でレシピの打ち合わせをするなんて知らなかったから、自分がバイトを終えるもっと遅い時間に忍び込むつもりだったんだ。もしそうなってたら、俺と相葉ちゃんが店にいて、計画通りにはならなかったんだけど―――時間が早まったことで、逆に自分のアリバイも作ることもでき、偶然店に誰もいない時間に忍び込むことに成功したんだ」


潤が、辛そうに眉間にしわを寄せた。


久美ちゃんが店に飛び込んで来て、誰かから逃げてると知った山本は久美ちゃんを店の裏へと連れて行った。


そして、内線電話を使ってレジにいた女性に久美ちゃんを送ってくると言って店を出て、店の近くの駐車場に止めていた自分の車に乗せ、そこで久美ちゃんを殺害した。


山本は、久美ちゃんが店の鍵を持っていることを知っていた。


久美ちゃんを店に連れていき、その鍵で中に入ると久美ちゃんを店の冷蔵庫に押し込み、そのまま店をあとにしたのだ。


殺害する方法も、店の冷蔵庫に入れることも、最初から計画していて何度も頭の中でシミュレーションしていたのだろう。


車の中には、死体を運ぶためのスーツケースも用意してあり、そこからはなにも焦ることなく計画が実行できたのだ・・・・・。


山本の計画通り、相葉ちゃんに疑いの目を向けさせることもできたし、レジの女性が自分に気があることもしていたのでアリバイ工作も抜かりなかった。


山本の想定外だったもの。


それは、潤の存在だった。


潤は、呆然とする山本の目の前で、山本の取った行動を全て事細かに説明したのだった・・・・・。







「お前の車から、血痕が見つかったよ。それから、お前の部屋から死体を運んだと思われるスーツケースも見つかった。さぁ、ここからは警察の方で話を聞くから、行こうか」


ニノが、頭を抱えて項垂れる山本の腕を掴んで立たせた。


山本が、その目をぎょろつかせ目の前の潤を睨みつけた。


「―――何で・・・・何で誰にも言ってないことが、お前にわかるんだ!どうして俺のやったことが・・・俺の見たことがわかるんだよ!お前・・・・何なんだよ!」


顔面蒼白で冷静さを失った山本を、潤は無表情に見つめていた。


そんな潤を見て山本はさらに目を見開き、震える声でこう言った。


「気持ちわりい・・・・・お前、気持ち悪いんだよ!」


吐き捨てられたその罵声に、潤は顔色一つ変えなかったけれど―――




『バキッ!!!』




「大野さん!」


気付けば俺は、山本の顔を思いきり殴りつけていた。


右手がびりびりと痺れ、熱くなっていた。


「―――潤を―――潤を、バカにするんじゃねえ!!」


「智・・・・・」


潤が、目を見開いて俺を見つめていた・・・・・。








山本は犯行を全て自供した。


全てが潤の話した通りだった。


山本の部屋から凶器も見つかり、ようやく事件は解決となったのだった・・・・・。






「ありがとう。久美も、きっと喜んでくれてるよ」


久美ちゃんの葬儀は、松岡さんが仕切って内々で行われた。


生前久美ちゃんに、兄だと名乗り出ることはできなかった松岡さんだったけれど、1人ぼっちだった久美ちゃんに家族ができたことは、俺たちにとっても嬉しいことだった。


相葉ちゃんの店は、翔くんの従妹の女子大生がアルバイトで働いてくれることになった。


久美ちゃんが好きだったのは相葉ちゃんだと、相葉くんは気付いていなかったが、今回のことでうすうす感づいたようだった。


『もっと、ちゃんと話をしておけばよかったな・・・・・俺は、久美ちゃんのために何もしてあげられなかった・・・・・』


そう言って深い溜息をついた相葉ちゃんに、潤が言っていた。


『久美ちゃんにとって、相葉ちゃんの存在自体が癒しだったんだ。そばにいられるだけで、幸せを感じてた。相葉ちゃんが気付かなくても・・・・久美ちゃんは、幸せだったんだよ』


潤の言葉に、相葉ちゃんは泣きそうな顔で笑っていた・・・・・。




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