「重松完治は、そんな娘は知らない、自分に娘はいないと言ってる」
課長は、苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。
「え・・・・・でも」
ニノが何か言おうとするのを手で制し、さらに課長は言葉を続けた。
「―――重松完治は、上野久美子を認知していないんだ。当時の状況や最近の重松の行動から考えても2人の関係は明らかだが、事件と関係があるという証拠が出てこない限り、表立って捜査するのは難しい」
予想はしていたものの、完璧にガードされてしまった形で俺たちは完全に出鼻をくじかれてしまった。
「―――どうします?大野さん」
「どうするって・・・・」
意味ありげに俺を見るニノ。
わかってるよ。
こっちで捜査できないってことは、いよいよ潤の作戦に頼るしかないってことになる。
他に何かとっかかりになるものがあればいいが、今のところ有力な目撃情報などもなく、久美ちゃんに恨みを持つ人間も浮かんでこない。
俺たち捜査員の任務は今のところ目撃情報などの聞きこみ作業しかなかった。
「―――とりあえず、相葉ちゃんの店に行ってみよう」
俺はそう言って、ニノと一緒に署を出た。
相葉ちゃんの店は、休業中の状態だ。
相葉ちゃんの容疑は晴れたものの、ウェイトレスである久美ちゃんが殺されてしまい、相葉ちゃん1人での営業は無理だった。
今日は、潤も相葉ちゃんも2階の探偵事務所にいるはずだった。
2人に会って話を聞くのももちろん目的の1つだったが、やはりもう一度現場を見直したかった。
「―――あれ、潤くん」
黄色い立ち入り禁止のテープが張り巡らされた店内に入ると、中のテーブルに潤が腰かけていた。
「いらっしゃい」
潤は、俺たちの姿に驚きもせずにっこりと笑う。
「―――勝手に入っちゃダメじゃん。相葉くんは?上?」
「うん。翔くんとコーヒー飲んでる」
「潤は、ここで何してたの?」
俺の言葉に、潤は店内をゆっくりと見回した。
「―――事件の日のこと、考えてた。俺がここに来たとき、ここには相葉ちゃんがいて―――久美ちゃんは、もう亡くなってた。他には誰もいなかったし、ここに来るまでにも何も変わったことに気付かなかった。―――そんなこと、あるのかなって」
「?どういう意味?」
「相葉ちゃんがここを出たのは10時半ごろでしょ?戻ってきたのは11時半。それまで1時間。その間に、久美ちゃんはあの冷蔵庫に押し込められてた。死亡推定時刻は11時ごろだって言ってたから、多少の誤差はあるとしても、相葉ちゃんが戻ってくる前には犯人は30分くらいの間で中での作業を終えてそこから姿を消してたってことになる。いつ相葉ちゃんが戻ってくるかわからないのに、そんな綱渡りみたいなことして―――何の痕跡も残してないなんて、あるのかなって」
潤の話に、俺とニノも考え込んだ。
そういえばそうだ。
たった30分の間に、すでに死んでいる久美ちゃんを店の中に運び込み、冷蔵庫に押し込み鍵をかけて逃げる・・・・・。
できないことではないけれど、少しでも焦りがあれば何らかの痕跡が残っていてもおかしくはない。
「・・・・殺した時には、すでにこの店に置きに来るつもりだったのかもしれない。考えてみれば、相葉さんがあの店にまた戻ってくるつもりだったことは知らなかった可能性の方が高い。だとすれば、相葉さんが戻ってくるなんて思ってないから案外落ち着いていたのかもしれない。最初から死体をここに運び込み、冷蔵庫に入れることで死亡推定時刻をあやふやにする目的があったとしたら―――これは、計画的な殺人・・・・・?」
ニノの言葉に、潤も頷いた。
「俺も、そう思う。だとしたら、ゲイであることがばれて、慌てて久美ちゃんを殺害した―――っていう推理は当てはまらなくなる」
「え・・・・じゃあ、向井直人のSPが犯人だっていう仮説は―――」
「うん、当てはまらない。でも、その時ホテルの部屋から飛び出した久美ちゃんを追って行ったことは間違いないと思うんだ。だから、ホテルの部屋を出てからの久美ちゃんの行動を知るには、やっぱりSPに会う必要がある」
確信めいたその言い方に、俺は不安を覚えた。
「・・・・潤、もしかして、もう向井直人に―――」
「うん、連絡したよ」
「まだ、捜査できないってわかる前から?」
ちょっとムッとする俺に、潤はふっと笑った。
「ふふ、ごめん。でもやっぱり駄目だったでしょ?」
「そうだけど」
「今朝、ここに来てからずっと考えてたんだ。そんな短い時間で犯人は久美ちゃんを殺して、死体を運んで、冷蔵庫に入れて、痕跡を消して逃げてる。相葉ちゃんにも、俺にも気付かれずに―――。そのSPが最初から殺すつもりだったならともかく、いくらなんでも咄嗟にそんなこと思いつかないだろうと思ってさ。だったら、犯人は他にいるんじゃないかと思ったの。そしたらいくら重松完治や向井直人の近辺を調べても何も出てこないだろうと思ったんだよ」
「そうなの?なんだよ、それじゃあ最初から重松完治なんて関係なかったんじゃ・・・・」
「まぁ、関係ないっちゃあ関係ないけどさ。でも、久美ちゃんと親子関係にあるのは事実だし。久美ちゃんのためにも・・・・はっきりさせてあげられたらいいなと思ったんだけど・・・・」
「・・・・そうだな」
結局、重松完治は久美ちゃんのことを娘として認めることはなかったけれど・・・・・
「―――今日、7時に直人とホテルのレストランで会うことになってるんだ。そこで、例のSPが現れたらすぐに合図送るよ。で、そのあとは適当に理由つけて帰るから」
「そのSPが現れなかったら―――」
「また、会う約束しないとね」
その言葉に、俺はやっぱりもやもやとした気持ちになる。
そんな俺を見てニノが苦笑する。
「大野さん、我慢強くなりましたね。昨日までは、ぶんぶん怒ってたのに」
「うるせーな」
「―――昨日までは、俺もちょっといらいらしてたから。でももう大丈夫だよね?昨日、しっかり充電したもん」
そう言って、潤が俺の手を握った。
「・・・・・うん」
ちょっと照れながら。
それでもその手をぎゅっと握り返すと、潤が嬉しそうに笑う。
そんな俺たちを見て、ニノが深い溜息をついた。
「―――前言撤回。やっぱりもうちょっと我慢を覚えてください―――」
「―――お待たせしました」
都心にあるホテルの最上階にある天井レストラン。
そのレストランの最も眺めのいい席で、向井直人は潤を待っていた。
そこへ、バーガンディ―のスタイリッシュなスーツを着た潤が現れた。
タイトなシルエットのスーツに身を包んだ潤はより一層ミステリアスな雰囲気を漂わせ、その美しい姿に直人は目を奪われているようだった。
ウェイターに椅子を引かれ、優雅に席に着く潤。
「―――素敵なお店ですね」
潤が微笑みながらそう言うと、直人ははっと我に返ったようにぎこちなく笑った。
「気に入っていただけると―――しかし、こんなにすぐにお電話いただけるとは思いませんでしたよ」
「ご迷惑でした?」
「とんでもない!こんなに嬉しいと思ったことはありませんよ!」
「ふふ・・・・お上手ですね」
「本当ですよ!本当に・・・・あなたと一緒にお食事できるなんて、夢のようですよ」
直人の言葉に潤は目を細め、ミステリアスな視線で直人を見つめたのだった・・・・・。
「―――なーにが夢のよう、だ!」
「大野さん、落ち着いて」
俺とニノは、そのホテルの1階のロビーで、イヤホンを耳に当てコーヒーをすすっていた。
コース料理で何万も取られるようなレストランで食事もせずに2人を見張ることは無理だということで、潤のスーツの胸ポケットに盗聴器をしのばせ、その音声をここで聞いているというわけだ。
「―――例のSPは、いないんですかね」
こういった高級レストランではSPは中に入らず店の外で待機している場合もある。
ターゲットの席が見えない場合は店の中に入って見張るようだが、今回はどうなのだろう・・・・。
しばらくは、2人で談笑しながら食事をしているようだった。
そして、ようやくコースもデザートに差し掛かろうというところで―――
俺の携帯が、ラインの着信を告げた。
「―――来た!」
俺の言葉に、ニノも素早く立ち上がる。
『店の外にいる』
潤からの、メッセージだった・・・・・。
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