「ちょっと大野さん。いい加減にしてくれません?」


俺はうんざりして大野さんを見た。


眉間にしわを寄せ、口をとがらせながら床にだらしなく座り、ビールを煽る大野さん。


潤くんと翔さんを見送った時のあの男前っぷりはどこへ行ったのかと思うようなふてくされっぷりだ。


「うるせ~、これが飲まずにいられるかっつーの」


「まったく・・・・完全に女に振られてやけ酒飲む酔っぱらいじゃないですか」


「俺は女には振られてない!」


「知ってますよ!」


「潤のばかやろ~~~!!」


「やめなさいよ!」




「―――潤ちゃん、あのまま翔ちゃんのとこに戻っちゃうのかなあ・・・」


相葉さんが、ぽつりと言った。


「さあね・・・・。翔さんが潤くんになにを言うかによるでしょ。告白でもして、2人がラブラブになれば別々に暮らす意味ないわけだし」


「ニノ・・・・言いにくいこと、はっきり言うね・・・・」


「事実でしょうが」


俺だって認めたくない。


潤くんの気持ちはずっと前から知っていたし、翔さんのことも、会ったことはなくても大野さんに話を聞いているうちにその気持ちは知ることができた。


翔さんも潤くんのことを―――


きっと、潤くんが想っている以上に、潤くんのことが好きなんだと思う。


潤くんのことが好き過ぎて、心配し過ぎて、結局潤くんを傷つけてしまってるんだ。


きっと、不器用な人なんだろう。


そしてその想いに、潤くんは見事なまでに気付かない。


純粋に、素直に翔さんの言葉を受け止めてしまう潤くんは、どんなに傷ついても翔さんへの気持ちが変わることはなくて。


見ていて痛々しいくらいにまっすぐな潤くんの想い。


そしてそんな潤くんが俺たちは大好きで。


だから、止めたくたって、止めることなんかできない。


潤くんが、翔さんの元へ行ってしまうのを・・・・・


「こぉらあ~~~~、ニノも飲めよ~~~~」


大野さんにガンガン肩を揺さぶられ、俺は現実に引き戻される。


「大野さん、飲み過ぎ」


「うるせえ、ほら飲め。相葉ちゃんも!」


「よ~し、こうなったらガンガン飲むぞ~!!!」


相葉さんもバカみたいに大声を上げ、缶ビールを一気に飲み干す。


「ちょっと、近所迷惑だからでかい声出さないでよ!」


「ニノも飲んでよ!ニノだって、潤ちゃんのことすご~く好きだったでしょ!」


「―――好き、でしたよ。てか、今も好きですよ。俺が一番、潤くんを好きですよ」


「あ!何言ってんだよぉ、一番は俺だ!」


大野さんが俺を睨みつける。


「いや、俺だね!俺なんて、潤ちゃんと一緒に風呂だって入ったことあるんだから!」


「は!?ちょっとそれ、どういうことですか!」


「へへーんだ!潤ちゃんの裸、見たことあんのは俺だけなんだぞ!」


「フン、裸ぐらい俺だって見たことあるもんね!」


「大野さんも!?ちょっと、あんたたちまさか、潤くんに変なことしてないでしょうね!」


「「ふっふっふ~~~」」


「!!!」





「大丈夫か?今、風呂のお湯入れるから」


「ん・・・ありがと、だいじょぶ」


そう言って潤はふわりと微笑むけれど、その顔は青白く、紫色になってしまった唇は微かに震えていた。


「―――濡れた服、脱いだ方がいいな。俺の、適当に着ていいから」


言いながら、俺は目をそらす。


髪や服が濡れて白い肌に張り付いた艶めかしい姿を、まっすぐに見ることができなかった。


久しぶりに会った潤は前よりも痩せて、儚げで、そして、きれいだった・・・・・。




―――落ち着け。


ちょっと前までは2人きりでここに住んでたんだぞ。


あいつの着替えてるとこだって、それこそ裸だって、何回も見たことあるし。


まぁ、ドキドキしちゃうからあいつの裸はなるべく見ないようにはしてたけれども・・・


今頃湯船につかって体を温めているであろう潤のために、バスタオルやバスローブ、スウェットを用意して洗面所に置いておく。


―――飯、食ってないんだよな。何か出前でも取るか・・・・。


PCでピザをオーダーし、何か飲み物もあった方がいいなと思いつき、風呂場にいる潤に声をかけて外に出る。


いろいろ動いているうちに、徐々に以前の感覚が戻ってきたのを感じていた。


でも、正確にはいつも俺のために動いてくれていたのは潤だ。


いつもうまいご飯を作ってくれ、洗濯をしてくれ、部屋の掃除もしてくれて。


いなくなって初めて、潤がどれだけたくさんのことをやってくれていたのかがわかった。


そして何より、俺は潤の笑顔にどれだけ癒されていたのかを、思い知った。


帰れば潤がいるのが当たり前で。


暖かいご飯と、きれいに畳まれた洗濯物と、潤の笑顔。


全然、当たり前なんかじゃなかったのに・・・・・。




近くのコンビニでジュースと酒を買い、家に戻るとちょうどピザ屋のバイクが止まったところだった。


「―――ご苦労様」


ピザとコンビニの袋を手に玄関の扉を開けると、潤もちょうど風呂から出たところで―――


「―――あ、お帰り」


バスローブ姿に上気した肌の潤を見て、俺の心臓が跳ねあがる。


と、同時にホッとする。


ピザ屋のにいちゃん・・・・家に入れる前に会って良かった。






ピザを食べ、ビールを飲みながら、俺は潤の話を聞いていた。


ドラマの現場でのことを嬉しそうに話す潤。


モデル時代、毎日オーディションやいつ役立つのかわからないようなレッスンの数々を受けていた時とは比べ物にならないほど、生き生きとした表情。


そしてこれからも俳優を続けたいと語る潤の瞳はキラキラと希望に満ちていて、見ているこっちも気付けば笑顔になっていて・・・・


俺は、久しぶりに笑った気がしていた。


―――ああ、やっぱり・・・・・


やっぱり、俺には潤が必要なんだ・・・・。


潤じゃなくちゃ、だめなんだ・・・・・。





「―――潤」


「ん?」


潤の話がひとしきり終わってその声が途切れた時、俺は口を開いた。


「あのさ・・・・今更、何言ってんだと思うかもしれないけど・・・・・ここに、戻ってこないか・・・?」


「え・・・・?」


潤の瞳が、驚きと戸惑いに揺れる。


「戻って、来て欲しいんだ。お前に・・・・」


まっすぐに、潤を見つめる。


「え、でも、俺・・・・・」


「いや、か?相葉と一緒に暮らす方が、いいか・・・・・?」


「・・・・しょおくん・・・・・だって、俺が戻ってきたら・・・・・邪魔でしょ?」


「は?邪魔?なんで?」


「だって・・・・・結婚、するのに・・・・俺がいたら・・・・」


ふと、俯く潤に、俺は苦笑した。


そうだった。


自分がした話なのに、俺はすっかり忘れていた。


「―――ごめん、結婚はしないんだ」


「え?」


「あれは、嘘だよ。俺は結婚なんてしないし、誰とも付き合ってない」


「え・・・・・どういうこと?」


きょとんとする潤に、俺はちょっと笑った。


「俺が、好きなのは・・・・・お前、だから」


潤の目が、驚きに見開かれた―――。



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