「あれ、雨降ってるんだ」


濡れた傘を閉じて玄関に入ると、相葉さんが言った。


「うん、結構強くなってきた。潤くんは?」


「まだだよ。大野さんは来てるけど」



リビングへ行くと、大野さんがまるで自分の家のようにソファーにふんぞり返りジョッキのビールを飲みながらテレビを見ていた。


「なんだ、ニノか」


「なんだって・・・あんたね」


「ねぇ、雨降ってるんだったらそろそろ潤ちゃんも帰って来るかな」


「かもしれないですね。潤くんから連絡は?」


「ないよ。でも―――」


相葉さんが何か言いかけた時、ちょうどテーブルに置いてあった相葉さんの携帯が着信を告げた。


「潤?」


大野さんが身を乗り出す。


俺はバッグの中からペットボトルを出してふたを開けた。


相葉さんは携帯を手に取ると画面を見て、


「―――違う。これ、潤ちゃんのマネージャーだ」


と言って電話に出た。


「はーい、相葉です。―――お疲れっすー。もう終わったのぉ?―――え?」


相葉さんが、部屋の壁に掛けてある時計を見上げた。


「いや・・・・潤ちゃん、まだ帰ってきてないよ?―――買い物?―――いや、こっちには何も連絡―――」


相葉さんの声が、徐々に緊張したものに変わっていくのがわかった。


大野さんはビールを飲むのを止め、俺もペットボトルに口をつけようとして、動きを止めた。


「―――相葉さん?」


「潤が、どうかしたの?」


「―――うん―――うん、わかった。帰ってきたら伝えるけど―――そう、だね・・・・じゃあ―――うん、お疲れ」


相葉さんは電話を切ると、俺と大野さんの顔を交互に見た。


「潤ちゃん・・・・6時ごろには撮影終わって、買い物に行きたいって言ってマネージャーと別れたって」


「6時?今、もう10時過ぎですよ。遅くないですか?」


俺の言葉に、相葉さんが頷いた。


「明日の撮影の集合時間が変更になったって、マネージャーが潤ちゃんの携帯に電話したんだけど、出ないんだって。コールはするのに―――」


「どっか人混みにいて、音に気付いてないとか―――」


「うん、マネージャーも、たぶんそうだろうって。だから、潤ちゃんが帰ってきたら伝えて欲しいって言われたんだ。一応メールはしたらしいけど、念のためって・・・・」


相葉さんは、心配そうに眉をひそめた。


「おかしくない?」


大野さんが唐突に言った。


「どういう意味ですか?」


「だって、6時に終わったんなら、買い物に行ったとしても1人ならそんなにかからないでしょ?服屋とかならなおさらそんなに遅くまでやってないし。それに、電話に出られなくても潤ならあとで気付いて絶対かけ直すし」


「大野さん・・・・潤くんのことになると途端に頭が働き始めますね」


「ちょ・・・ちょっと待って、俺、潤ちゃんに電話してみる」


相葉さんが慌てて携帯を操作し、耳に当てる。


「―――――だめだ、出ない・・・・・」


「どっかで、友達と会って飲みに行ったとか、ない?」


潤くんは、よくいろんな友達に飲みに誘われてる。


最近は仕事が忙しくてあまり行ってないみたいだけど―――


「でも、それなら連絡してくれるよ。潤ちゃん、マメだもん」


相葉さんはそう言って、またどこかに電話をかけた。


「―――あ、小栗くん?あのさ、もしかして潤ちゃんと一緒だったりする?―――そう。誰か、潤ちゃんと会うとかって話聞いてない?―――そっか・・・・いや、なんでもないよ。ありがとね」


「誰?」


電話を切った相葉さんに、大野さんが聞く。


「モデル仲間。潤ちゃんと同期で、仲いいんだ。よく一緒に遊んだりしてたし・・・・でも、知らないって」


俺たちは、無言で顔を見合わせた。


―――いやな予感がする。


潤くんに、何かあったのかもしれないと・・・・・。


「―――翔くんに、連絡してみる」


そう言って、大野さんが携帯を手にした。


すっかり酔いは醒めているようだった。


「―――もしもし、―――うん、俺―――あのさ、潤、そっちに行ってる?」


俺と相葉さんは、固唾をのんで大野さんの様子をうかがっていた。


「―――そっか・・・・うん、まだ帰ってこないんだ。仕事は、6時に終わったって。そのあと買い物に行ったらしいけど、ちょっと遅いんじゃないかって・・・・うん、仕事が終わってるのに連絡もなしに遅くなるなんて、潤らしくないと思ってさ。で、もしかしたら翔くんの会いにいったかと思ったんだけど―――そっか、じゃ、もう少し待ってみるよ」


穏やかな声とは裏腹に、大野さんの目は不安の色を増していた。


「―――翔くんのとこにもいない。連絡も、ないって」


「俺、探してくる!」


相葉さんが立ち上がった。


「探すって、どこを?」


「そんなの、わかんないよ!でも、ここでじっとしてらんない!」


「落ち着きなさいよ!がむしゃらに飛び出してったってしょうがないでしょ!」


「じゃあここでじっと待ってろっていうの!?ニノ、潤ちゃんが心配じゃないの!?」


「心配に決まってるでしょ!」


「落ち着け!!」


大野さんの、聞いたことのないような真剣な声が響いて、俺たちはぴたりと動きを止めた。


「―――冷静になろう。遅いっていったって、まだ10時だもん。いつもだったら仕事でもっと遅くなることのが多いし、だから連絡してこないのかもしれない。俺らの知らない誰かと一緒に、ご飯食ってるのかもしれないし」


そう言いながらも、大野さんの顔は不安げだった。


「でも・・・・もし、潤ちゃんに何かあったら・・・・」


相葉さんは泣きそうな顔をしている。


俺だって、心配だ。


確かに時間的にはそう心配するほど遅い時間じゃないけど―――


でも、なぜだか言いようのない不安が俺たちの胸の中に広がっていた。


「―――やっぱり、探しに行こう、大野さん!」


「どこへ?」


「今日、撮影してた場所行って・・・潤くんの好きそうな店、探しましょう」


「相葉ちゃん、今日の撮影場所、わかる?」


「うん!」


そうして、俺たちは夜の街へ潤くんを探しに飛び出した・・・・・。






智くんから電話がかかってきたのは夜の10時過ぎだった。


『あのさ、潤、そっちに行ってる?』


「へ?いや、来てないよ」


『そっか・・・・』


明らかにがっかりした声音に、俺の胸がざわつく。


「帰ってないの?」


『うん、まだ帰ってこないんだ。仕事は、6時に終わったって。そのあと買い物に行ったらしいけど、ちょっと遅いんじゃないかって・・・・』


「買い物・・・・にしては、確かに遅いね」


『うん、仕事が終わってるのに連絡もなしに遅くなるなんて、潤らしくないと思ってさ。で、もしかしたら翔くんの会いにいったかと思ったんだけど』


「いや、こっちには来てないよ。連絡もないし・・・」


『そっか、じゃ、もう少し待ってみるよ』


そう言って、電話は切れた。


―――どうしたんだろう・・・・?


もちろん、10時だったらそれほど遅い時間じゃない。


誰かと会って食事でもしたら、そんな時間になるだろう。


だけど、潤の性格からしてそれを一緒に住んでる人間に連絡もしないということはあり得ない。


何かあったのだろうか・・・・?


念のために潤の携帯にかけてみるけれど、やはり出ない。


俺の中で、どんどん不安が大きくなってくる。


―――もし、どこかで事故に遭ってたら?


―――もし、変なやつに襲われてたら?


―――もし、何か事件に巻き込まれたら?


やばい


どうしよう


もし、潤に何かあったら・・・・・




気付けば、俺は家を飛び出していた・・・・・。




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