―――潤に、会いたい。


ぼんやりと、テレビを眺めていた。


潤の出てるドラマ。


OLのペットとして暮らす美少年という役どころは、潤にぴったりだった。


かわいく主人公に甘えたり、励ましたり、そして時折見せる妙に冷めた、大人びた表情。


そして、ステージに立ち、ダンスを踊る潤。


息をのむほど美しく、引き込まれる。


それは俺が、今まで見たことのない潤の表情だった。


「潤・・・・会いたいよ・・・・」


智くんは、昨日付けで会社を退職した。


笑顔で、『またね』と言って会社を後にした智くん。


その後ろ姿に寂しさが募ったけれど―――


同時に、智くんの背中に潤の背中が重なって見えた。


潤と毎日のように会っているという智くん。


智くんの口から潤の話を聞くのが何だか悔しくて、もう聞くのはやめようと思ったのだけれど、それでも智くんの顔を見れば潤のことを考えずにはいられない。


潤は、智くんとどんな話をしてるんだろう?


一緒に暮らしているという相葉とは?あの時一緒にいた『ニノ』とは?


俺が会えない間、潤の傍にいられるやつらが羨ましくて―――憎らしかった。


みっともない嫉妬だってわかってる。


わかってるけど―――




智くんが会社を去り、俺と潤を繋ぐものがまたひとつ、消えた気がした。


智くんに聞けば、潤の近況くらいは教えてくれるだろうけど・・・・・


俺のつまらないプライドが、それをさせなかった。






「お疲れ様です」


会社の食堂で、1人で昼食をとる俺の前に、松下さんが座った。


「あ・・・お疲れ」


「なんか、久しぶりですね、こうしてお話するの」


「うん・・・・」


九州から帰ってからは、やはり気まずくて彼女と目を合わせることもなかった。


「あの・・・・あの時は、ごめ―――」


「謝らないでください」


彼女が、俺の言葉を遮るようにぴしゃりと言った。


「え・・・・」


「わたし・・・・帰ってから冷静に考えたんです。櫻井さんに拒否されて、ショックでした。でも、涙は出なかったんです。悲しいよりも、プライドを思い切りつぶされた怒りの方が大きかった」


そう言って、ふっと笑う松下さんは、なぜかさっぱりとした顔をしていた。


俺は驚いて、松下さんの顔を見つめた。


「わたし・・・・櫻井さんのことを好きだと思ってましたけど、違ったみたいです。ただ、わたしに似合う人と早く結婚したかっただけ。仕事ができて、かっこよくて、優しくて―――櫻井さんは、わたしの理想だった」


「俺は、優しくなんか・・・・」


「ええ。ちっとも優しくなんかなかった。全ては、わたしが勝手に描いた幻想だったんです。そして―――櫻井さんも、わたしのことなんか好きじゃなかった」


「・・・・・ごめん」


「だから、謝らないでください。わたし、傷ついてなんかないんですから。お互い様ですよ。おかげで、すっきりできて良かったです。これからはもっと、ちゃんと本気で好きになれる人を探します」


そう言って笑う彼女は、とてもきれいだった。


松下さんは少し離れたテーブルに知り合いを見つけたのか、軽く手を振りランチの乗ったトレイを持って立ち上がった。


「―――失礼します。これからも、同僚として仲良くしてくださいね」


「あ・・・・ああ、もちろん」


「あ、それから―――」


俺に背中を向けた彼女が、ふと顔だけ振り返り、俺を見た。


「あの時―――一緒にいたいと思った人には、もう会いました?」


「え―――」


「いるんですよね?好きな人」


その言葉に、不意打ちを食らったように動揺してしまう俺。


松下さんが、くすくすとおかしそうに笑った。


「ふふ・・・・その様子だと、片想いかしら?櫻井さんみたいな素敵な人だったら、きっとうまくいくと思いますけど―――でも、まずはその想いを伝えなくちゃ始まりませんよ」


何もかもお見通しの彼女に、俺は何も言えなかった。


「・・・・・1人で抱え込むのは、悪い癖だと思いますよ。ちゃんと伝えなくちゃ・・・・本当に大切な人を、傷つけることになっちゃうと思いますよ?」


そう言って、彼女は一瞬切なげな視線を俺に向け―――


次の瞬間には、くるりと俺に背を向け、にぎやかな女子社員達のいるテーブルへと行ってしまった・・・・・。



―――本当に大切な人を、傷つけることに―――



だけど、俺のこの想いは、潤を困らせるだけなんじゃないだろうか。


1人で歩きはじめ、自分の居場所を見つけた潤にとって、俺のこの想いは・・・・・





「お、雨が降ってきたな」


スタッフの1人が空を見上げた。


日中はいい天気だったのに、いつの間にか空は厚い雲で覆われていた。


「よし、今日はもうこれで終わり!」


監督の一声で、機材をかたずけ始めるスタッフたち。


俺も、「お疲れで~す」と周りに声をかけながらマネージャーの元へ戻る。


「今日はもう終わり?」


「そうだね。雨のおかげであまり遅くならずに済んでよかったね」


マネージャーが時計を見て言う。


時間は夜の6時。


ここのところ夜10時、11時までかかることも珍しくなかったから、なんだかすごく得した気分だ。


「ね、俺、ちょっと買い物していきたいんだけど」


俺の言葉に、マネージャーが眉を顰めた。


「ええ?でも―――」


「1人で行くから、先帰っていいよ」


そう言って笑うと、マネージャーはちょっと迷ってる様子だったけれど―――


「―――わかった。それじゃあ、気をつけて帰るんだよ?潤はもう有名人なんだからね?目立った行動はしないように。何かあったら必ず連絡を―――」


「大丈夫!じゃあね、お疲れ!!」


そう言って俺は、マネージャーが持っていた自分のバッグを掴むと走り出した。


「あ、潤―――ほんとに、気をつけるんだぞ!!」


「は~い!」


もう、俺、そんな子供じゃないのに。


そんなことを考えながら、俺は近くで見つけたブランドショップへと向かったのだった。







もちろん、気をつけてたよ。


めがねかけて、ニットキャップもかぶってたし。


服だってグレーのニットにジーパンで地味めだったし。


まさかばれるなんて、思わなかった。




「キャーーーーー――!!!松潤!!!」


突然数人の女の子に追いかけられ、俺は慌ててかけ出した。


「誰?」


「松潤だって!」


「うそ!キャーーー!」


4,5人だった女の子は、あっという間に数十人に増えていった。


―――やばい!


何とかしてまかなくちゃ。


ぽつぽつと弱い雨が降る中、俺は必死で走っていた。


もうあたりは暗くなってるし、賑やかな通りから離れれば、きっとまけるはず―――


そう思って、暗い方へ暗い方へと走っていった。


女の子たちは相変わらず奇声を上げながら追いかけてくる。


―――どっか隠れられるとこ―――あ・・・・あそこは?公園?


道の先に、生い茂る木々が見えた。


俺は迷わずそこへ飛び込んだ。


街灯の明かりが届かないところへ入ってしまえば―――


俺は木々の間を縫いながら暗がりへ歩を進めていたけれど―――


突然、目の前が開けた。


と思ったら―――


ガクン


――――――え?


進んだ先に、地面はなかった。


俺はそのまま暗闇の中へ、身を躍らせた――――





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