潤と出会ったばかりの頃、潤は泣いてばかりいた気がする。


翔くんに、『いとこと一緒に暮らすことになった』と聞いて、その複雑そうな表情が不思議で、そんな興味もあって俺は潤に会わせてもらった。


見るからに繊細そうで、強く叩いたら壊れてしまいそうだと思った。


まるで、ガラス細工のように。


大きな瞳はいつも涙で潤んでいて、自分を傷つけるものまで全て映してしまいそうだった。


初めこそほとんど口を聞いてくれなかったけれど、何度も会っているうちに、徐々に話してくれるようになって、笑顔も見せてくれるようになった。


笑顔がとびきり可愛くて、天使みたいだと思った。


両親が亡くなって間もないころは、ふとした瞬間にも、涙を流していた。


でも、どうして涙が出るのか自分でもわからないと言っていた。


涙の止め方がわからないとも言っていた。


俺は、そんな潤の涙を止めてあげようと思った。


潤が辛い時、俺が潤を笑わせてあげたいと思った。


他人のために、何かしたいと思ったのは初めてだった。


気付けば、俺の中で潤は特別な存在になっていたんだ・・・・・。




潤の部屋のベッドでゴロゴロしながら、潤が風呂から出てくるのを待っていると、潤がバスローブ姿で携帯をいじりながら部屋に入ってきた。


「―――電話?」


「んーん、メール。相葉ちゃんに」


「なんで?」


「だって、まだ帰ってきてないじゃん。先に寝てていいって言われたけど、相葉ちゃんはいつも起きて待っててくれるから」


相葉ちゃんから電話があったのは、潤が風呂に入る前だ。


撮影が長引いているので、先に寝てて欲しいと言ってたみたいだ。


「だから、先に休むね。仕事がんばってねって。お疲れさまって、言っておきたい」


相葉ちゃんのためのごはんも、ちゃんと作ってあった。


潤はいつでも、そうやって相手のことを思いやれる子なんだよな。


俺なんか、潤と一緒に寝られるってだけで嬉しくって、他の人間のことなんて、考える余裕もなかった。


「―――送信、っと。よし、終わり」


「早く、潤、ここに寝て」


ベッドの半分を開け、隣をパンパンとたたく。


「ふふ、ちょっと待って。パジャマに着替えるから」


パソコンの乗っているテーブルに携帯を置き、クローゼットを開ける潤。


グレーに黒のボーダーがらのパジャマを出し、それをベッドに置くと、バスローブを脱ぎはじめる。


白く、細い体が晒される。


くびれたウエストが何とも艶めかしくて―――


「―――何にも着なくても、いいのに」


「んふふ、バーカ」


潤と、直に肌を触れ合わせたら、どんな感じだろう?


考えただけで、体が熱くなってくるようだった。


てかさ、こんな潤とずっと2人で暮らしてて・・・・翔くんよく平気だったな。


あ、平気じゃないのか。


だから、自爆しちゃったんだもんな。



潤はパジャマを着ると、明かりを消し、俺の隣に滑り込んできた。


「―――智、おやすみ」


「え、もう寝ちゃうの」


「ふは、だって、寝るからここにいるんでしょ?」


「だって俺、いちゃいちゃしたいもん」


そう言って、潤をぎゅうっと抱きしめる。


潤はくすくす笑いながらも、されるがままになっている。


「―――潤、怖くねえの?」


「ん?何が?」


「俺が。襲われるかも知んねえのに」


「智が?んふふ、智はそんなことしないよ」


・・・・信用されてる・・・・んだよな。


「俺、潤のことが好きなんだよ?」


「俺も智が好きだよ」


「そーゆーんじゃなくて!」


「なんだよぅ」


ぜんっぜん本気にしてねえな。


まったく・・・・


もしこれが、翔くんだったら・・・・


「・・・・・今日、翔くんに会ったよ」


俺の言葉に、潤の体がピクリと震える。


「―――同じ会社にいるんだから、当たり前・・・」


「違う。会社じゃなくて、外で会ったんだ。取引先にあいさつに行ったとき、偶然。―――翔くん、潤とニノを見たって言ってた」


「―――え!?」


潤が、がばっと体を起こした。


「何それ?いつ?今日?どこで?」


「・・・・今日の、昼ごろ。潤、ニノと映画見に行ったんでしょ?」


「昼ごろ・・・・じゃ、映画観終わった頃だ・・・・・」


「翔くん、潤を追いかけたって言ってたよ。見失ったみたいだけど」


「なんか・・・・周りに気付かれて・・・・走って逃げたから・・・・」


潤は呆然としているようだった。


「・・・・翔くん、潤に会いたいみたいだよ。会わなくていいの?」


俺の言葉に、暗闇の中でも潤が首を振ったのがわかった。


「どうして?甘えちゃうから?」


潤は、その言葉にはすぐに答えず、戸惑ったように無意識に自分の髪に触れた。


「・・・・潤?」


俺は、体を起こすと潤の髪をそっと撫でた。


「どうしたの?何かあった?」


「智・・・・俺・・・・俺ね・・・・」


「うん?」


「俺・・・・相葉ちゃんと、ニノに・・・・・」


そこで言葉を切り、きゅっと唇を噛む潤。


俺は、暗闇の中でもキラキラと輝く潤の瞳を見つめた。


「・・・・好き、って、言われた?」


「―――!」


潤が、息をのむのがわかった。


「図星だ・・・・。それで、どうしたの?キスでも、された?」


「・・・・・・」


黙っているのが答えになってるってこと、潤は気付いてない。


暗くてわからないけど、きっと今、潤は真っ赤になってるんだろう。


―――あいつら・・・・


思わず、拳を握りしめる。


「それで・・・・・?」


「俺・・・・相葉ちゃんのこともニノのことも、大好きだよ」


「うん、知ってるよ」


「2人とも優しくて、面白くて、一緒にいると楽しくて―――でも、俺・・・・」


「・・・・・・」


「2人の気持ち知ったら、余計に・・・・俺、やっぱりしょおくんが好きって・・・・・。諦めなきゃいけないってわかってるのに、やっぱりしょおくんが好きで・・・・・。キス、されると、しょおくんとキスしたいって思う。抱きしめられると、しょおくんに抱きしめられたいって、思う。もう・・・・俺の中、しょおくんでいっぱいになっちゃうんだ・・・・」


キラキラと、潤の目から零れた涙が光る。


潤の頬を撫でると、涙が俺の手を濡らした。


「俺、きっと、今しょおくんに会ったら、好きって言っちゃう。自分の気持ち、抑えられない。だから―――」


だから、会えない・・・・・。


「潤・・・・・」


俺は、とめどなく涙を流す潤をそっと抱きしめた。


「智・・・・どうしたらいい・・・・?俺、どうしたら・・・・しょおくんを忘れられる・・・・?」


潤は、不器用で・・・・


翔くんを忘れるために他の誰かと付き合うとか、そんなこと考えもしない。


いつもまっすぐ、自分の気持ちに正直だ。


そんな潤だから、俺も好きになった・・・・・。


俺は、潤の頬を両手で挟むと、そっとその唇にキスをした。


潤が、驚いて目を見開く。


「ふ・・・・涙、止まった?」


「ふえ・・・・・?」


「・・・・大丈夫だよ、潤。無理して、忘れる必要なんかない」


「でも・・・・」


「潤は、そのままでいい。大丈夫だから」


潤は首を傾げ、しばらく戸惑っていたけれど―――


「・・・・智、なんでキスしたの?今」


「ん?好きだから?」


「好きなの?俺のこと?」


「うん、大好き」


「俺も、智が好きだけど・・・・・それとは違う、好き?」


「そうだね、ちょっと違うかな」


「・・・・・」


「・・・・・」


「それでも、いいの?」


「うーん。よくはないけど・・・・でも、俺も諦められないから」


そう言って俺が笑うと、潤が、俺にぎゅっとしがみついた。


「―――ありがと、智・・・・・」


「うん?何が?」


「・・・・いろいろ」


「潤・・・・」


「うん?」


「ちゅーしていい?」


俺の言葉に、潤が噴き出した。


「ふ・・・・ダメって言ったら」


「え~~~。やだ、したい」


「ふ、ふふ・・・・じゃ、ちゅーだけ」


「ん」


そう言って、潤の唇にチュッとキスをする。


きっとこのキスは、潤にとっては犬にすんのと変わらないレベル。


それでもいい。


こうやって潤を抱きしめて、キスをして。


たまにちょっと我慢できなくなっちゃうかもだけど、そんなときは翔くんの情けない顔でも思い出そう。


自分以外のやつと潤がキスしたなんて知ったら、翔くんは卒倒するかもな。


薬にしてはやり過ぎか?


でもまあ、仕方ない。


だって、潤を好きな気持ちは俺だって翔くんに負けてないからね。


2人のこと、応援もしてやりたいけど・・・・・。


でもやっぱり、潤を諦めることはできないし。


「―――潤」


「うん?」


「明日も、一緒に寝よ」


「・・・・・ニノに、殺されるよ?」


「あ、やっぱり?」


2人でくすくすと笑い合い―――


いつの間にか、俺たちは眠りに落ちていた。


潤は子猫のように丸くなり、俺にしがみついたまま。


俺は宝物を抱きしめるように、潤をぎゅっと抱きしめたまま―――。



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