「映画、見に行きたい」
2人で朝食を食べていると、潤くんが唐突に言いだした。
「映画?何かみたいのあるの?」
「ん~、なんかさ、行き当たりばったりで、行った映画館でやってるやつ見るとか」
「え~、それだと、潤くんのファンに見つかりそうじゃない?」
「俺のファンなんて、そんなにいないけど」
「―――何言ってるんだか」
本屋やコンビニに行けば潤くんが表紙の雑誌が並び、テレビを見れば潤くんのCMが流れてる。
今や、時の人だよ。
「潤くん、最近いつもマネージャーさんの車で移動してるでしょ?だから気付かないんだよ」
「え~、俺今、車持ってない・・・・ニノは?」
「俺もないよ。ときどき親父の使わせてもらうこともあるけど、ほとんど使う用ないから」
「―――電車で、行こうよ」
「いやあ・・・・・」
絶対騒ぎになると思うよ?
ただでさえ、潤くんは目立つんだから。
でも、渋る俺を見て、潤くんが悲しそうな顔するから―――
「―――わかった。帽子とメガネ、ある?」
俺の言葉に、潤くんがパッと目を輝かせる。
「うん!ある!いっぱい!」
いっぱいはいらないけどね・・・・・。
「それでは、失礼いたします」
「ご検討、よろしくお願いいたします」
頭を下げる取引相手の会社の社員に見送られ、俺はエレベーターに乗った。
「ふ―――・・・・疲れたな」
壁に寄りかかり、溜息をつく。
もうすぐ昼の1時。
どこかで、昼食をとってから会社に戻るか・・・・・。
そんなことを考えながらエレベーターから降り、ビルを出ると駅に向かって歩き出した。
繁華街に出ると、とたんに人が多くなり、歩きにくい。
―――ここらで、飯食ってくかな・・・・
そんなことを考えた時だった。
「ねぇ、あれ、松本潤じゃない?」
どこからか聞こえてきた若い女性の声に、ぴたりと足を止める。
「え、うそ、どこ?」
すぐ後ろにいた2人組の女性が、車の通りが激しい道路の向こう側を見ていた。
向こう側の歩道を歩いていたのは―――
「あの、ニットキャップかぶってメガネかけてるの、松本潤に似てない?」
「え~、顔、よく見えないんだけど」
それは、確かに潤だった。
黒いニットキャップと、太い黒縁のメガネは潤が気に入ってよく身に着けていたものだ。
潤の隣には、小柄な、俺の知らない若い男―――。
―――誰だ・・・・?もしかして、あれが同居人・・・・・?
少しの間、俺はその場で動くことができなかった。
そして、徐々に潤の周りの人々がざわざわとし始め―――
「キャーーー!松潤!!」
「松潤!!」
一気に、近くにいた女性が潤に向かって押し寄せる。
それに気付いた潤が、一瞬体を強張らせる。
と、その時だった。
隣にいた小柄な男が、潤の手を掴むと、一気に駆けだした。
「潤くん!走って!!」
潤もそのまま駆け出し―――
2人は手をつないだまま、すごい勢いで走りだしていた。
「あ―――」
自然に、体が動いていた。
潤を、追いかけなくちゃ―――
そう思って通りを横切ろうとして―――
「パッパアーーーー!!!」
思いきりクラクションを鳴らされ、俺の目の前を車が通り過ぎていく。
それでも、なんとか車の合間を縫い通りを渡り切る。
2人が走っていった方向―――女性たちが追いかけて走っていった方向へ、俺も走りだしていた。
潤と会ってどうするのかなんて、考えてなかった。
とにかく、潤に会いたくて。
潤と話がしたくて。
その姿を追って、必死で走っていた・・・・・。
「―――はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
やはりというべきか。
見事に潤の姿は見失ってしまった。
「くっそ・・・・・」
最近、こんなに走ったことなんてなかったから・・・・
膝に手をつき、息を整えようとしていると―――
「あれ、翔くん?こんなとこでなにしてるの?」
顔を上げると、不思議そうな顔で俺を見ている智くんが立っていた・・・・・。
「―――潤が?あそこにいたの?」
近くのファミレスに入り、俺はとりあえず水を一気に飲み干すと、ようやく落ち着くことができた。
「ん・・・・周りに気付かれて、すぐにどっか行っちゃって。追いかけたんだけど、無理だった」
「誰と一緒にいた?」
「さあ、俺の知らないやつ。背は、潤より低くて―――智くんと同じくらいかなぁ?顔は、よく見えなかった」
「背が低い・・・・ってことは・・・・・」
「―――潤と一緒に住んでるってやつ・・・?」
「え?ああ、たぶん違うよ」
「そうなんだ?潤のこと『潤くん』って呼んでたし、仲よさそうに見えたから・・・・」
「潤くん・・・・ってことは、ニノだな、やっぱり」
そう言って、智くんはちょっと不機嫌そうに眉を顰めた。
「やっぱり知ってるんだ?何、気に入らないの?」
俺は思わず苦笑する。
「だってあいつ、俺には潤と一緒に寝るなとか言うくせに、自分は潤と2人で―――」
「ちょ―――ちょっと待って!」
俺は慌てて智くんの言葉を止めた。
「ん?何?」
「一緒に寝るなって言われたって・・・どゆこと?智くん、潤と一緒に住んでるわけじゃ―――」
「ん、違うよ。でも、ほぼ毎日のように泊りに行ってるから、一緒に住んでるのと変わんないね」
さらりと、へらりと、そう言ってのけた智くんに、俺は開いた口がふさがらない。
「でもニノなんて本当に毎日泊ってるからね。あいつは、ほんとずりい」
「はぁ!?毎日って―――ちょっと、何なの?ニノって何者?そんで、なんで智くんはそこに毎日泊りに行ってんの?潤は―――潤は一体どういう状況にいんの!?」
思わず立ち上がり、まくし立てるようにそう言葉を並べたてた俺を、智くんはきょとんと見上げ―――
楽しそうに、笑った。
「ふはは、翔くんパニックだ、おもしれえ」
「ぜんっぜん、面白くないよっ!!」
俺が声を荒げると、智くんは、声を上げて爆笑したのだった・・・・・。
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