俺はタクシーに乗り込むと、大きな溜息をついた。


―――疲れたな。


結局、企画の大筋を決めるまでに1ヶ月もかかってしまった。


あとは自社で細かいデザインなどを考えメールでのやり取りで作業を進めることになっている。


―――潤は・・・どうしてるかな・・・・・


何度かメールを送ったが、返信は簡単な受け答えのみで、潤からメールや電話が来ることはなかった。


結婚の話をした後すぐに出張することになって、潤とゆっくり話をすることがなかった。


潤の、傷ついた―――それでも、懸命に笑顔を作って『おめでとう』と言っていた潤の顔が、頭にこびりついて離れなかった。


―――俺が、潤を傷つけたんだよな・・・・・





マンションへ戻ると、俺はその違和感に気付いた。


妙にきれいに片づけられているような・・・・・


「潤・・・・・?」


まだ帰ってきていないのだろうか。


潤の部屋のドアをノックする。


「・・・潤?」


俺はそっとドアを開けて見た。


「・・・・・?これは・・・・・?」


部屋は、もぬけの殻だった。


ベッドなどの家具はそのままだが、洋服やバッグ、帽子やアクセサリーなどがすべてなくなっていた。


「―――何で・・・・・」


急いで部屋を出てリビングへ行く。


いつもよりもがらんとして見えるリビング。


やはり潤の姿はなくて―――


ふとソファーに目をやると、そこに見慣れた茶色のブランケット。


俺が、冷え症だという潤にプレゼントしたやつだ。


ゆっくり部屋の中を見回し―――


テーブルの上に、1枚の紙があるのが目に入った。


そばに行って紙を手に取る。


そこには、ちょっと子供っぽい潤の字。


『翔くんへ


お帰りなさい。仕事、お疲れ様


友達に紹介してもらって、引っ越し先が決まりました。


勝手に決めてごめんなさい。


これからは、1人でちゃんと生きていけるようにがんばります。


翔くん、仕事がんばってね。


それから、結婚、本当におめでとう。


しあわせになってね。


翔くんが幸せになってくれたら、俺もすごくうれしいです。


俺のことは心配しないでください。


そのうち連絡します。


               潤』


「―――そのうちって、なんだよ・・・・」


俺は、携帯を取り出し潤に電話をかける。


しばらくコール音が続いた後、留守電に切り替わる。


何度かけ直しても同じだった。


メールを送っても返信はない。


何度も、何度も同じ動作を繰り返し―――


いい加減手がしびれてきた頃、俺の手から携帯が滑り落ちた。


「くそっ――――どこ行ったんだよ、潤―――!!」


その場に膝をつき、床を叩く。


「潤―――!!」


手に触れたものを確認もせずにそこら辺に投げつけ―――


知らずにテレビのリモコンを投げていたらしい。


ふいに、テレビの電源がついた。


『お帰んなさ~~~~い!!』


突然潤の声が聞こえ、俺は驚いて顔を上げる。


テレビの画面には、潤が女優に抱きつくところが―――


『すみれちゃん、待ってたんだよ!!』


画面いっぱいに潤の笑顔。


「じゅ・・・・ん・・・・」


―――そうか・・・・・このドラマ今日から・・・・・


ちゃんと始まる時間に間に合うように帰ってこようと思ってたんだ・・・・・。


『朝からず~っと待ってたんだよ』


人懐こい笑顔。


人見知りの潤は、俺以外にこんな顔見せることは滅多になかった。


「潤・・・・何してんだよ・・・・」


―――どうしてそんなところにいる・・・・?


もう、ここには帰ってこない・・・・・?


「潤・・・・・!!」


テレビの中にいる潤は、女優に向けて笑顔を見せても、その笑顔を俺には向けてくれない。


もう、俺の傍には、戻ってこない・・・・・。


目の前が、かすんで見える。


気付くと、俺の目には涙が溢れていた。


「潤・・・・・会いたいんだ・・・・・」


この1ヶ月、潤に会いたくて会いたくて、仕方なかった。


誰よりも、潤に・・・・・


「―――好き、なんだ・・・・・」


俺の、本当の気持ち。


それだけは、どうしてもごまかすことができない。


そんなこと、考えちゃいけない。


俺は、潤の邪魔をしちゃいけない。


そう思っているのに―――


溢れ出る想いを抑えることはできなくて―――


この想いをどうしたらいいのか、心の整理することができなくて―――


潤に会ったらどんな顔をしようなんて悩みながら帰ってきた。


悩んではいても、やっぱり潤に会いたくて。


でも、潤はもういない・・・・・。


テレビの中の潤はやっぱり誰よりも輝いていて。


いつの間にか、俺の手の届かないところへ行ってしまった潤の顔は、涙でかすんでしまってはっきり見ることもできない。


誰よりも大切な存在は、もう俺の手の中に戻ることはないんだと、俺は絶望的な気持ちになっていた・・・・・。




にほんブログ村
ランキングに参加しています♪お気に召しましたらクリックしてくださいませ♪


拍手お礼小話はこちらから↑