「翔くん!」
会議室から出ると、すぐに智くんに呼び止められた。
「智くん・・・・」
俺の後ろから、部長が出てくる。
「じゃあ、頑張ってくれよ、櫻井」
「あ―――はい」
「・・・・仕事の話?」
「うん、九州の方の企業からオファーがあって、これから行くことになったんだ」
「ふーん」
「で・・・・俺に何か話?」
智くんは、ずっと眉間にしわを寄せていた。
温厚な智くんのこんな表情は、あまり見たことがなかった。
「―――さっき、潤に会ったよ」
「え・・・・・」
「この近くのスタジオで、ダンスレッスンしてたって。一緒にご飯食べた。相葉くんも一緒に」
「へえ・・・・」
「・・・・・結婚するって、どういうこと?」
智くんの視線が、俺に突き刺さる。
「ランチを食べた店から、翔くんと事務の女の子が歩いてるのが見えた。その時潤が、翔くんはあの子と結婚するんだって・・・・・。本気なの?でも、こないだ飲んだ時はそんなこと言ってなかったよね?何で急に?」
「・・・・俺がいつまでも潤と一緒にいたら、潤のためにならないんだよ」
俺の言葉に、智くんはますます顔を顰めた。
「は?何それ。潤のために結婚するとかいうの?」
「そういうわけじゃ・・・・彼女、仕事もできるし、はきはきしててしっかりしてるし―――きっと・・・・うまくやっていけると思ったんだ・・・・。それに・・・・」
「それに?」
「・・・・・彼女、この会社の会長の孫なんだ」
「―――何それ」
「・・・・・」
「彼女と結婚して、出世しようと思ってるわけ?出世のために、潤を捨てるの?」
智くんが、拳を握りしめた。
「――――俺じゃ・・・・・潤を幸せにできないんだよ・・・・・!」
その瞬間。
智くんの拳が俺の左の頬を殴りつけ、俺は床にたたきつけられた―――。
「―――ふざけんなよ!潤を幸せにできないやつが、愛してもない女を幸せにできるわけないだろう!!」
「・・・・・愛せるよ・・・・・これから・・・愛せるように努力するよ・・・・」
「・・・・努力して愛せるようになるのなんて・・・・本当の愛じゃないだろ。翔くんが、本当に幸せにしたいのは誰なんだよ」
―――俺が、本当に幸せにしたい人・・・・・?
「―――馬鹿だよ。翔くんも、潤も―――」
「え・・・・」
潤・・・・・?
「翔くんが潤を捨てるなら、俺ももう遠慮はしない」
俺は、床に手をついたまま智くんを見上げた。
智くんの射るような視線が、俺を見ていた。
「俺は、潤を悲しませるようなことは絶対にしないから」
そう言って、くるりと俺に背を向ける智くん。
呆然と倒れたままの俺を振りかえることもせずに、智くんはいつもとは別人のように背筋を伸ばし、歩いて行ってしまった・・・・・。
俺はその後いったん家に戻り、着替えなどをスーツケースに詰め、出張のため九州に向かった。
潤から、『急に仕事が入ったので遅くなります』というメールが来ていた。
『お疲れ。俺は今日から九州に出張で2、3日帰れません。仕事、頑張って』
そうメールを返し、空港に向かう。
売店で、暇つぶしに読もうと思ったスポーツ新聞に手を伸ばす。
大きく、潤のドラマの記事が載っていた。
会見場にいた出演者全員の写真と、主役の女優の写真。
それから、主役の女優と同じくらいの大きさの、潤の写真―――。
パーマをかけたくるくるの黒髪と、白い肌、大きな瞳、赤い唇。
中性的な雰囲気の、謎の美少年という役どころ。
ペットとして女優に飼われるという難しい役どころをどう演じるかが、注目の的―――
潤の注目度が伝わってくる記事。
気付けば、俺は何誌ものスポーツ新聞を買っていた。
そして、潤のことが書かれた記事を、何度も読み返していた・・・・・。
青山に着いた潤ちゃんを待っていたのは、新しいCMの契約に興奮気味のマネージャーだった。
「すごいよ!あの○○社だよ!ぜひ松本潤くんに出て欲しいって、そう言ってきたんだって!潤、やったな!」
「すごい・・・の?なんの会社?」
マネージャーのテンションに引き気味の潤ちゃんが、怪訝な顔で首を傾げた。
「ああ、もう時間がない!先方を待たせてるんだ。話は歩きながらするから―――あ、相葉くんも、仕事頑張れよ!」
そう言いながら、マネージャーは潤ちゃんの腕を引っ張って行ってしまう。
俺は慌てて潤ちゃんに声をかけた。
「潤ちゃん!メールするから!―――ちょっと!あんまり潤ちゃんを乱暴に扱わないでよ!」
潤ちゃんが、引っ張られながらも振り返って手を振ってくれる。
俺は潤ちゃんに手を振り返し―――
2人がビルの中に消えて行ってしまうと、大きな溜息をついた。
翔ちゃんの結婚の話が本当かどうか知らないけど―――
俺は、潤ちゃんを傷つけた翔ちゃんが許せなかった。
いつもさわやかで、俺にも優しくしてくれた翔ちゃんだけど―――
俺の大好きな潤ちゃんを、傷つけるのだけは許せない。
だって・・・・・
俺の勘が間違っていなければ、翔ちゃんだってきっと潤ちゃんのことが好きなはずなのに―――
どうして好きな人を傷つけることができるんだろう。
どんな理由があったって、そんなこと、していいわけないよ・・・・・。
翔ちゃんが傷つけるなら、俺は全力で潤ちゃんを守る。
翔ちゃんが潤ちゃんを幸せにできないのなら、俺が潤ちゃんを幸せにするよ。
そう決意して。
俺は自分の仕事先に向かうべく、歩き出したのだった―――。
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