「わたし・・・・ずっと櫻井さんのこと、好きでした」
唇を離した彼女が、潤んだ目で俺を見つめる。
「わたしと、付き合ってくれませんか・・・・?恋人、いないって聞きました」
「いや、でも・・・・」
「わたし、櫻井さんの役に立てると思うんです」
「は?」
「わたし・・・・周りには内緒ですけど、あの会社の会長の孫なんです。祖父は、わたしのことをとてもかわいがってくれていて、わたしのお願い事なら大抵は聞いてくれます。ですから、櫻井さんのこと―――もっと待遇が良くなるように頼むこと、できると思うんです」
―――待遇って・・・・別に、今の待遇に不満なんかないけど・・・・。
「櫻井さんほどの才能を持っている人が、人の下で働くなんて、もったいないと思うんです。もっと上に―――櫻井さんは、人の上に立つ人だと思います」
熱っぽく語る彼女に、俺は戸惑いを隠せない。
出世したいなんて思ったことはあまりなかった。
もちろん、自分の仕事を一生懸命やることで功績を評価され、認められていくのは嬉しいし、それによって立場がよくなっていくというのなら喜ばしいことだけれど。
自分に非凡な才能があるとも思ってないし、トップになってやろうなんて考えたこともなかった。
「わたしなら・・・・・櫻井さんの才能を、もっと生かすことができると思うんです」
―――才能を、生かす・・・・?
今まで考えもしなかったその話に、俺はただただ戸惑うばかりだった・・・・・。
家に帰ると、部屋は真っ暗でまだ潤は帰ってきていなかった。
打ち合わせが、長引いてるのかな。
オーディションに合格したというメールを読み、思わず笑みが浮かんだ。
どんな役だか、俺はまだ知らないけれど―――
数え切れないほどのオーディションを受け、落ちてきた潤。
ようやく合格できたんだ。
今日くらい、ちゃんと素直に『おめでとう』と言ってやりたい。
『ピンポ―――ン』
日付が変わろうとする頃、インターホンの音に俺はテレビを見ていた顔を上げた。
―――潤かな。
「―――はい」
受話器を取ると、そこから聞こえてきたのは―――
『あ、翔ちゃん?相葉で~す!あのさ、潤ちゃん送ってきたんだけど』
「・・・・今開ける」
「―――酔っぱらってんの?」
相葉の肩に担がれるように玄関に入ってきた潤の姿に、俺は一瞬顔を顰めた。
「よ・・・・っと、潤ちゃん、ほら、着いたよ」
潤が相葉から離れ、よろよろと玄関に倒れ込む。
「ごめん、翔ちゃん。打ち合わせの後、社長が祝杯だとか言ってお酒用意してくれたんだけどさ、潤ちゃんあんまりお酒強くないって言ってんのに社長にかなり強い酒飲まされちゃって・・・・」
「―――潤、ほら、起きろよ」
完全に伸びてしまっている潤の肩を揺さぶったが、潤はだるそうに唸るだけで起きる気配がない。
「明日の朝は、マネージャーが迎えに来ることになってるから」
「悪いな、わざわざ送ってもらって」
俺の言葉に、相葉は笑顔で首を振った。
「全然!俺、嬉しいんだ。潤ちゃんのお祝い一緒に出来てさ。潤ちゃんはまだ実感湧かないみたいだけど―――でもきっと、翔ちゃんが喜んでくれればそれが一番嬉しいはずだから・・・・いっぱい褒めてあげてね」
「ああ・・・・わかってる」
そう言って笑った俺に安心したように、相葉は笑顔で手を振り帰って行った。
「―――ほら、潤、しっかりしろって」
「ん――・・・・しょおくん・・・・?ここ、うち・・・・?」
とろんとした目を俺に向け、潤が首を傾げた。
「ああ、家だよ。ほら、シャワー浴びて、さっさと寝ないと。明日も早いんだろ?」
「んー・・・・しょおくん・・・・」
体に力の入らない潤を無理やり立たせ、引きずるように風呂場へ連れて行く。
「よいしょ・・・・と、ほら、服脱いで―――」
何とか風呂場へ着くと、洗面所に寄りかかるように立った潤のシャツのボタンを外していく。
「しょおくん・・・あのねぇ」
「ん?」
「俺ね・・・・合格したの」
にへらととろけそうな笑顔を俺に向ける潤に、どきりとする。
「―――聞いたよ。相葉くんも喜んでた」
「うん。―――しょおくんは・・・・?」
「え・・・・?」
「しょおくんも・・・・喜んでくれる・・・・?」
少し不安げに、上目使いに俺を見つめる潤。
―――そんな目で、俺を見るなよ・・・・・。
「そりゃ・・・・合格したんだから・・・・」
「―――嬉しい・・・?」
「う・・・・うれ、しいよ・・・・」
照れくさくて、目をそらした、その瞬間―――
ふわりと、潤が俺に抱きついてきた。
「―――!じゅ・・・・」
「よかった・・・・」
ぎゅっと、俺の首に腕を巻きつける潤。
心臓が、うるさく鳴りだす。
「んふふ・・・・しょおくんに触るの、久しぶり・・・・・」
―――ああ、そうか・・・・・
結婚を止めた時、潤は自分を責めていた。
自分のせいで、俺が結婚できなかったと・・・・・。
いつも俺にくっついていた潤。
家でも外でも、俺の手に、腕に、触れたがっていた。
潤は1人っ子で、両親とも共働きだったせいか、寂しがりやで、とにかく俺と一緒にいたがった。
俺もそんな潤がかわいくて、人前でも気にせず手を繋いだりしていたのだ。
それがあの時を境に、潤は俺に触れなくなり、俺も潤から一定の距離を取るようになっていった・・・・・。
「しょおくん・・・・俺、がんばる・・・・」
言いながら、潤の体がずりずりと崩れ落ちる。
「ちょ、潤!」
慌てて潤の体を支えようと、そこにかがみこむ俺。
「俺、がんばるから・・・・見ててね」
そう言って、潤は俺の腕を掴み、まっすぐに俺の目を見つめた。
「しょおくんに、もう迷惑かけないから・・・・」
「潤・・・・・」
「1人で・・・・生きていけるように・・・・頑張るから・・・・だから・・・・・」
潤の瞳に、涙が浮かんだ。
「だから・・・・今だけ・・・・しょおくんに、触れたい・・・・・」
次の瞬間、潤の唇が俺の唇に重なっていた―――
柔らかいその感触に、俺の頭がフリーズする。
「―――酔った勢い、だから・・・・」
そう囁いて、潤が笑う。
「忘れて―――いいからね・・・・・?」
そして、そのままずるずると崩れるように床に倒れ込み―――
寝息を立て始めていた・・・・・。
「・・・・・んだよ・・・・・。忘れられるわけ、ねえじゃん・・・・・」
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