「あ―――潤くん!」
入口に見えたその姿に、俺は思わず立ち上がった。
自動ドアの向こうから、軽く手を振りやってきた人物に、俺の口元が緩む。
「―――今日も、どっかでオーディション?」
俺の言葉に、潤くんはニコッと笑った。
―――ああ、今日もかわいい。
「うん。3時からなんだ」
「じゃ、まだ時間あるね。お昼どうする?何か取ろうか?」
「あ―――今日、お弁当作ってきたよ。ニノの分も」
「マジ?ありがとう!じゃ、部屋入ってて。これ、鍵」
「ありがと」
部屋の鍵を受け取り、ふわふわと歩いて行く潤くん。
その後ろ姿を見送り、俺は受け付けの時計を見た。
11時半・・・・。
午後のシフトのバイトが来るまで、あと30分か。
最寄りの駅から歩いて10分の距離にある小さなマンガ喫茶。
目立たないし、駅からも微妙に遠いからあんまり客も来ない。
自分ちの土地にはやりのマン喫を安易に作った親に、最初は文句も言ったけど―――今はむしろ感謝してる。
あまり客が来ないからこそ、いつでも潤くんに部屋を提供できる。
潤くんと出会ったのは2年前のこと。
ふらりとこの店にやってきた潤くんを見て、俺はすごく驚いた。
だって、俺の大好きなモデルの『松本潤』その人だったんだから!
初めてメンズ向けのファッション誌で潤くんを見たとき、衝撃を受けた。
背が高くて逆三角形体型のモデルが表紙を飾る中、潤くんは小柄で細身で、女の子みたいに色白で可愛かった。
大きな瞳はキラキラと輝いて、笑った顔は天使みたいで・・・・。
見た瞬間、ドキドキしたのを覚えてる。
だけど、初めこそ『美少年モデル』として頻繁にファッション誌に登場していた潤くんだったけど、潤くんが18歳を迎えたころから徐々にその姿を紙面で見る機会は減って行った。
たぶん、原因はその身長の伸び悩み。
18歳のときまだ170㎝にも満たなかった潤くんは、大人のモデルとしては明らかに身長が足りなかった。
そんな時だった。
バイトの手が足りなくて、店番を任されていた俺の前に、潤くんが現れた。
『あ・・・・あの、松本潤くん、俺、潤くんの大ファンです!』
そう言った俺の顔を、潤くんはきょとんとした表情で見つめた。
雑誌で見るよりもずっと顔は小さくて、色も白くてまるでお人形みたいだった。
潤くんは気さくで、そして思っていたよりもずっとおっとりした男の子だった。
同い年のはずなのに、もっとずっと年下のような気がした。
舌足らずなしゃべり方で、見ず知らずの俺に無防備な笑顔を向ける潤くんはひどく幼く見えた。
『どうして、この店に来たの?』
駅の周りにはもっとこじゃれたマンガ喫茶もある。
なんでこんなところに?
『・・・・オーディション会場、探してたら、迷っちゃった』
そう言って、潤くんは笑った。
『ここの前に、猫がいたんだ。ちょっと話しかけたら、逃げちゃって―――ここに、入ったように見えたんだけど、違ったね』
オーディション会場の場所を教えてあげて、すぐに出て行ったけど、2時間後、潤くんは再び店に来た。
『教えてくれて、ありがと。ぎりぎり間に合ったよ。受かるかどうかはわからないけど―――これ、お礼』
そう言って、ジュースを俺にくれた潤くん。
それから、ときどき潤くんはこの店に来るようになった。
一度、俺が午後からシフトに入っていた時、急に雨が降り出して来て、慌てたことがあった。
店のすぐ裏が自宅なのに、ぐるりと道を回り込んで来ないと入れない不便な作りになっていたため、雨が降ってるときは傘をさしてこないといけないのだ。
ほんの2、3分なのに、突然の豪雨に見舞われ店に駆け込もうとして―――
そこにしゃがみこむ、潤くんの姿に気付いた。
店の軒下で雨宿りしていた猫に、何やら話しかけていた潤くんは、自分は傘もささずびしょ濡れになっていた。
『この猫が―――珍しく、俺の話聞いてくれて・・・・・』
ニコニコとご機嫌な潤くんの腕を引っ張り、俺は店の中に入った。
『風邪ひくよ!シャワー室使っていいから、体あっためて!服、洗濯するから貸して!』
潤くんをシャワー室に押し込み、濡れた服を1台だけあるコインランドリーに放り込むと、俺は従業員用のロッカールームに行き、そこに置きっぱなしにしていた自分の服を潤くんに貸した。
『雨、気持ちよかったよ』
そう言って笑う潤くんに呆れたものの―――
その日の潤くんが微妙に元気がないことに気付いた。
潤くんは、感情が表に出やすい。
落ち込んでいる時は、無理に笑っていても目が泣きそうなんだ。
『翔くんに、彼女ができたみたい』
潤くんの話に、頻繁に出てくる名前。
10歳上のいとこで、かっこよくて優しくて、頭もいいんだって。
翔くんの話をしている時の潤くんはとても・・・・・可愛い。
恋する女の子みたいで・・・・・
「あ、ハンバーグ!やった!」
バイトの大学生が来たので、俺は潤くんの部屋へ行った。
潤くんが作って来てくれるお弁当は、いつもおいしい。
いつも昼はカップラーメンで済ませていた俺を見て、潤くんがお弁当を作って来てくれるようになったのだ。
『前は毎日翔くんにも作ってたんだけど、最近はいらないっていうから』
そう言って、寂しそうに笑っていた潤くん。
俺なら、絶対いらないなんて言わないのに。
俺は、見たことのない『翔くん』に腹を立てていた。
「おいしい!」
「ほんと?よかった」
「今日は、なんのオーディションなの?」
「ドラマ。これ、オーディション用の台本」
そう言って、潤くんは薄っぺらい水色の冊子を俺に見せてくれた。
「へーえ。決まるといいね」
何気なく言った俺の言葉に、潤くんは嬉しそうに笑った。
―――あれ・・・・なんか・・・・いつもと違う・・・・?
いつも、どんなオーディションでも潤くんはあまりテンションが上がってるようなことはなかった。
自信がないのか、やる気がないわけじゃないのに、100%前向きでもない。
『どっちでもいい』
常にそんな感じだった。
でも今日は―――
「潤くん・・・・この仕事、やりたいの?」
「ん?うん・・・・そうだね。できればいいなって、思ってるよ」
でも、その表情はどこか寂しげで―――
なんだか俺は、心配だった。
「あのさ・・・・何か困ったこととかあったら、俺に言ってね?俺、何でもするからね」
その言葉に、潤くんは一瞬キョトンとして―――
それから、ふわりと微笑んだ。
「ありがと」
その無邪気な笑顔に、なぜか俺の胸は締め付けられた・・・・・。
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