「翔ちゃん」
懐かしい声に、俺ははじかれたように振り向いた。
会社の廊下で、その場にそぐわないほどラフな格好をした男が手を振っていた。
「智くん!いつ帰って来たの?」
会社の先輩で、同じインテリアデザイナーの大野智。
彼の才能はほんとに天才的で、実用性だけを追求した俺のデザインとは真逆の、芸術性と創造性に富んだ作品が彼のデザインの特徴だった。
建築家だった親父の影響でインテリアデザイナーの道に進んだ俺だけど、もともと美術的なものは苦手で、絵の才能も皆無だった。
そんな俺にはパソコンが必須で、余分なものを省き、直線的なデザインで実用性を重視したインテリアは『近代的』と評価され、仕事の依頼はひっきりなしに来るようになった。
智くんのデザインは、まずスケッチブックに鉛筆でデッサンをするところから始まる。
植物や動物、人間や食べ物を見てインスピレーションが浮かべばそれをスケッチブックに描き、どんどん構想を膨らませ1つの作品を作り上げていく。
だから、彼の作品は一つとして同じ物はない。
その芸術性は大野智独自のもので、誰にも真似することはできなかった。
そしてその才能は日本だけにとどまらず、海外でも評価は高かった。
つい半年ほど前にも、フランスの企業から依頼があったとかで渡仏していたんだけれど・・・
「昨日だよ。ようやくいいものができたから帰って来た」
そう言ってへらりと笑う智くん。
とてつもない芸術品を作り上げるデザイナーとはとても思えないほど彼はいつもひょうひょうとしていた。
俺にとってはあこがれの存在であり、親友でもあった。
「翔ちゃん、もう終わり?飲みに行こうよ」
「い~ね~」
「潤、元気?」
居酒屋のカウンターで飲みはじめるとすぐに、ビールを片手に智くんが聞いた。
何度か家にも来たことのある智くんは、潤がお気に入りだった。
潤と会うたびに『可愛い』を連発する智くんに、潤もなついていて智くんの趣味の釣りにも一緒に行ったことがあるくらいだった。
「あー・・・元気だよ」
「会いてーなー。そういえば、昨日本屋に行ったときにちらっと見たけど、潤の友達の―――相葉くんだっけ?彼の表紙の雑誌が3つもあったよ。すごい人気なんだね」
「みたいだね。潤は最近、あんまり会ってないみたいだけど」
「そうなの?中身もちょっとだけ見たけど、潤、載ってなかった」
「仕事、減ってるんだよ。たまに警備員のバイトとかしてるみたい。モデルとしては背が低いみたいでさ」
「え~、可愛いのに。俺、潤が載ってたら絶対買うのになぁ」
「ふはは、嘘ばっかり。智くんがファッション誌買ってるのなんか見たことないよ」
「あ、ばれた?」
くだらない話でも、なんだか智くんと話してると心が軽くなる気がした。
「まぁ、あいつちょっと変わってるとこあるし、なかなか普通の仕事ってできないと思うんだけどね。警備の仕事しててもさ、よく『もう帰っていいって言われた』って言って早く帰って来るんだよ。給料はちゃんともらってるみたいだからいいんだけど、そのままじゃ厳しいんじゃないかと思って」
アルコールのせいか、それとも智くんのおかげか、俺もいつになく饒舌になっていた。
「潤はどうしたいの?モデル、続けたいって思ってるの?」
「どうだろうね。オーディションにはよく行かされてるよ。特にいやがってもいないけど、やる気満々でもない感じ。で、大抵は落ちてる。もっとやる気出せばいいのにさ」
西洋の彫刻みたいに整った顔と華やかな雰囲気で若い女の子に人気のあった潤。
高校生の頃はよく学校の前で出待ちしてるファンの子がいたって話だったけど・・・・・。
「翔ちゃん、心配なんだ?潤のことが」
「別に・・・・心配してるわけじゃないよ。あいつだってもう子供じゃないんだし、自分のことは自分で決めるだろ?」
つい、言い方がきつくなってしまう。
智くんが、ちょっと目を瞠る。
「どうしたの?何かあった?」
「・・・・・別に」
ビールを煽るように飲む。
「もう、1人立ちした方がいいんだよ、あいつにとっても」
「なんで?」
「なんでって・・・・あいつだってもう大人だし―――」
「翔ちゃんは、素直じゃないね」
智くんが、にやにやしながら俺を見る。
「は?何それ」
「本当は、潤のことが可愛くって仕方ないくせに」
「何言ってんの?俺はそんなこと―――」
「翔ちゃんさ、前に結婚の約束してた彼女と別れたときだって、結局彼女よりも潤を選んだじゃん」
「それは・・・・!」
「潤を今のマンションに住まわせて、自分は彼女と新居に住むってこともできたのに、そうしなかった。潤を1人にすることができなかったんでしょ?」
「それは・・・・・あの時はあいつも高校生だったし、俺がいないとだめだったから―――」
「でも、あのとき潤はもう17で、あと1年もすれば高校だって卒業だったじゃない。なのに、翔ちゃんは彼女との生活じゃなくて、潤との生活を選んだんでしょ?」
智くんの指摘に、俺は何も言えなくなる。
彼女に潤との関係を疑われて―――否定する俺に、彼女は言った。
『それなら、あの家を出てわたしと暮らして』と―――
でも、俺は・・・・・
「それからだって、潤にきついこと言ってたって結局心配なんでしょ?帰りが遅くなると必ず電話するし、友達と会うときはその友達がどんなやつか知りたがるし。別に、隠すことなくない?潤が好きなら、好きって言えばいいのに」
「好きって・・・・変な言い方しないでよ。潤はいとこなんだし、兄弟みたいなもんだよ。そんな―――」
「潤はさあ、翔ちゃんの言う事なら何でも聞くと思うよ。翔ちゃんが大好きだもん。あの子は純粋で素直で、繊細な子だよ。疑うってことを知らない。翔ちゃんに言われたことは全部素直に受け止めて―――きっと、翔ちゃんの気持ちに応えようとするんじゃない?」
―――わかってる。
俺がきついことを言うたびに、潤は傷ついた顔をする。
でもそれを口にはしない。
いつだって笑顔で、俺を真正面で受け止めようとするんだ。
それが、俺には辛い。
あいつは俺のいとこで、同じ男なんだ。
潤を好きだなんて、そんなこと、あり得ないんだ。
潤を好きになればなるほど苦しくて―――
俺は、もうあいつの目をまっすぐに見ることができなくなってた・・・・・。
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