店の奥のロッカーなどが置かれた小部屋に入ると、翔くんと潤くんが向かい合って話をしていた。
「あ、カズ、ごめんね」
潤くんが俺を見て笑みを浮かべる。
「ううん、いいけど。何?」
「うん、あのさ、智がそろそろ来るはずなんだけど―――」
「大野さんなら、さっき来たよ」
俺の言葉に、潤くんが目を見開く。
「え、来たの?」
「うん」
「なんだ。ならいいんだ。駅について、店がわからなかったらメールくれって言っておいたんだけど、メール来ないからさ、もしまだ来てなかったらカズに迎えに行ってもらおうと思ったんだけど」
「―――智って、さっき潤が言ってたお姉さんの彼氏だったって人?」
翔くんがさりげなくそう聞いた。
25歳の翔くんはこのカフェの店長で、爽やかなイケメン。
潤くんが高校生の時この店でアルバイトを始めたんだけど、その時大学生だった翔くんは父親が経営するこのカフェでアルバイトしていて、大学を卒業してからは店長として働いていた。
頭が良くて明るくて、翔くん目当ての客も多いけど―――
その翔くんの想い人は、今目の前にいた。
「うん。後で翔くんにも紹介するよ」
無邪気にそう言って笑う潤くんとは対照的に、翔くんはむっとしている。
ちらりと俺を見るその目は、『なんでそいつがここに来るんだよ?』と聞いているけど、そんなの、俺が聞きたいよ。
最初は大野のことを『変なやつ』と言っていた潤くん。
だけど、あの指輪の1件があってから、すっかり潤くんは大野に心を許していた。
一度心を許すと、とことんその人になつく傾向がある潤くん。
人見知りの激しい性格のため、その差は歴然としていて、見ていてもわかりやすかった。
高校生の、今より華奢で女の子みたいだった潤くんになつかれた当時大学生だった翔くんは、それこそ潤くんをめちゃくちゃ可愛がっていて、スペインに留学するという話を聞いた時も、すごく心配して最後まで反対していたくらいだ。
「じゃ、翔くん、俺明日からでいいの?」
潤くんの言葉に、翔くんは手に持っていたシフト表を見た。
「うん。美香が7月いっぱいまではいるから、7月いっぱいは美香が休みの日と、相葉ちゃんが休みの日に入ってくれればいいよ。それ以外の日もきてもいいけど。8月からは、ちょっと多めに入ってもらうかも」
美香というのは翔くんの妹で、今大学4年生だった。
ずっとこの店でバイトをしていて、主に調理を担当していたのだが、就職活動のため、バイトは7月いっぱいまでで辞めるらしく、その後を潤くんが引き継ぐことになるらしい。
「了解。大丈夫、今特に予定ないから」
潤くんはそう言って笑うと、翔くんにシフト表のコピーをもらい、部屋を出て行った。
俺もその後に続こうとすると―――
「ニノ、ちょっと」
翔くんに、引き止められる。
すごく、嫌な予感がする。
予想通り、翔くんはもろに不機嫌そうな顔をして、俺をじっと睨みつけた。
「・・・・・なんすか」
「なんで、潤は大野ってやつのこと、智って呼ぶの」
「本人が、それでいいって言ったみたいですよ。だから、潤くんも潤って呼べって」
「・・・・・お姉さんの、恋人だったんだよな?」
「そう聞いてますよ」
「潤とは・・・・・関係ないんだよな?」
「だと思いますけど」
「じゃ、何でこの店にまでくんの?」
俺は、小さく溜息をついた。
―――知るかよ!!
って、怒鳴ってやりたいところだけど・・・・・
怒らせると怖いからな、翔くんは。
「お姉さんが、潤くんのことを心配してたから、様子見に・・・・てことみたいですけど」
「・・・・・まさか、潤がバイトしてる間中、ずっといるってことないよな?」
「まさか。それはないでしょ。そこまでするやつ―――」
「お前くらいだよな」
―――はいはいそうですよ。
だって、心配じゃん。
潤くんはああ見えて無防備だから。
この店でバイトを始めてから、潤くん目当ての客が増えたって前に翔くんが言ってた。
それが、女の子ばっかりじゃなくって男の客も増えたって。
そうなんだ。
潤くんは、男にももてるんだ。
高校生の時も、一体何人の男に告白されたんだかって言うくらい。
でも潤くんは、自分にそんな魅力があると思ってないから、相手が男だとすぐに油断して隙を見せる。
それが危なっかしくって、俺はいつも気が気じゃない。
それこそ、高校生の時はオオカミの群れの中に羊が1匹いるような状態で、俺は常に目を光らせてなきゃいけなかった。
もちろん外でも同じだ。
潤くんはどこにいても目立つから・・・・・まあこの店にいるときは相葉ちゃんや翔くんが目を光らせてるけど。
それでも、たまに変な客に絡まれたりすることがあるから、安心できない。
そういえば・・・・・
「翔くん、あの男は、まだ来てるの?」
「あの男?」
「中・・・・・中原?中嶋?」
「ああ・・・・・中崎だろ?いや、最近は来てないよ。潤が辞めてからはほとんど来なくなった」
俺はホッとした。
中崎というのは、潤くんのことを『モデルにならないか』としつこく誘っていたこの店の客だ。
どこだかの芸能事務所の社長だなんて言ってたけど、怪しいもんだ。
いつもいやらしい目で舐めまわすように潤くんを見てた。
思い出しただけでも胸がむかむかしてくる。
「中崎が、もしまた来ても俺らでちゃんとガードするから」
翔くんの言葉に俺は頷き、部屋を出た。
奥の席には大野と潤くんが座っていて、楽しそうに喋っていた。
それを見た翔くんが、むっと顔を顰める。
「潤ちゃんが、コーヒーお代わりだって。―――ねえ、ニノ」
相葉ちゃんが、カウンターの中に入ってくる。
「ん?」
「潤ちゃんさ、顔色悪くない?」
「ああ・・・・・まだ、お葬式終わったばっかりだし。帰国してからちゃんと休んでないからね」
俺も、それは気になってた。
帰国してすぐにお通夜、葬式。
そして休む間もなくアルバイトを始めると言い出した潤くん。
何かしていないと落ち着かないという。
そんな潤くんの気持ちはわからなくもないけれど・・・・・
もともと体が丈夫な方ではないから、心配だった。
昨日だって、熱を出していたのだし。
やっぱり、潤くんの傍にいてちゃんと見てないと。
何かあった時に、自分が潤くんの傍についていたかった・・・・・。
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