「―――ってぇ・・・・・」
顔をしかめながら腰を擦る潤に、手を差し出す。
「大丈夫?驚かせてごめん」
「―――いいよ。どうせ、なっちゃんでしょ?」
その言葉に、俺は驚いて潤の顔を見た。
「え―――俺の話・・・・・信じないんじゃなかったの?」
俺の言葉に、潤は肩をすくめた。
「―――実際見ちまったら、信じるしかないじゃん」
「え!?見たって、どこで?」
「鏡」
「鏡・・・・・?」
「洗面所で、鏡を見た時に―――鏡の中の俺に、なっちゃんが入ってた」
「あ―――なるほど」
いや、でもびっくりしただろうなあ。
鏡の中の自分が、いきなり夏美の声で話しかけてきたら・・・・
「・・・・なっちゃん、なんて言ってた?」
「あ・・・・やっぱり、潤くんが心配だって。あの、明日行くのって前にアルバイトしてた店だって?」
「うん」
「そこに、俺も行っていいかなぁ」
「え・・・・・」
潤が訝しげに眉を顰めた。
「夏美が、そこに来る常連客に心配なやつがいるって・・・・・。モデルにならないかって言われてるって?」
俺の言葉に、潤はああ、と思い出したように頷いた。
「確かに、変なおっさんがしつこく言って来てたけど・・・・・でも、その店辞めてからもう1年たつし・・・・・もう来てないんじゃないかな」
「それならいいんだけど・・・・またその店でバイトするの?」
「そうしようと思ってるよ。大学からも近いし、店長もいい人だし、働きやすいんだ」
そう言って、潤が柔らかく笑った。
その笑顔があまりに自然で―――
ドキッとした。
弟なのに、夏美とちっとも似ていないと思っていたのに、ふとした瞬間の表情がやっぱり似ていて。
ソフトなイメージの夏美とは真逆のハードなイメージの潤。
でも今の笑顔は、すごく柔らかくて・・・・・
潤の、見えなかった内面を見た気がした・・・・・。
「そういえばさ、あんたは気持ち悪くないの?」
「え・・・・気持ち悪いって、何が?」
「だって、俺の中になっちゃんがいるんだよ?」
「・・・・夏美のこと、気持ち悪いなんて思ったことないけど」
「ちげーよ!俺だってなっちゃんのこと気持ち悪いなんて思ってねえし!」
ちょっとムッとした様子で潤が俺を睨む。
「じゃなくてさ、その・・・・なっちゃんが俺の中にいるとはいえ、見た目は俺なわけじゃん?」
「うん、そうだね」
「その俺のこと・・・・・抱きしめてるんだよ?それ、平気なの?」
―――ああ、そういう意味か。
ふと、考える。
そういえば、考えたことなかった。
確かに見た目は潤で、潤は男なわけだけど。
でも、本当に潤はきれいで。
それこそ、至近距離で見つめられるとその瞳に吸い込まれそうになる。
それだけでドキドキしたりはするけど・・・・・・
「気持ち悪いと思ったことはないなあ」
と、俺が言うと、潤は不思議そうに首を傾げて、
「ふーん・・・・・?変わってんね、あんた」
と言ったのだった・・・・・。
翌日、俺は潤に教えてもらった店に行った。
柔らかいベージュとブラウンを基調とした内装がおしゃれなカフェ。
こじんまりとした店内の奥のテーブルに、二宮が座っていた。
入ってきた俺を見るなり、うんざりした表情を見せるのに気付かないふりをして、同じテーブルに座る。
「―――本当に来たんですね」
「うん。潤は?」
「今、店長と話してます―――けど、何で呼び捨て?」
二宮が顔をむっとしかめた。
はは、わかりやすい。
「潤が、そう呼べって言うから」
それは昨日の帰り際。
玄関で靴を履いていた俺をじっと見ていた潤が、俺に言った。
『―――あのさ、俺はあんたのことなんて呼べばいい?』
『へ?』
『大野さん?智さん?どっちで呼ばれたい?』
『―――えーと・・・・・じゃ、智で・・・・・』
『智?呼び捨てでいーの?』
『うん』
『わかった。じゃ、俺のことも潤でいいよ』
『あ、うん』
『じゃあね、智。また明日』
『うん、じゃあね、潤』
なんとなく潤のペースに乗せられてしまったような形になったが、名前で呼び合うようになったことで、一気に潤との距離が縮まったような気がして、俺は嬉しかった。
どことなく人を寄せ付けないような雰囲気のある潤だが、意外と人懐こいところがあるんだなと思った。
「おしゃれな店だね。女の子のお客さんが多いんだ」
窓際の4つのテーブル席は、全て女の子のお客さんで埋まっていた。
他の席も半分は女の子で埋まっていて、どの席もおしゃべりに花が咲いていてにぎやかだった。
「そりゃ、イケメン店長とちゃらいバイトがいるからね」
と、二宮が言うと―――
「こら!ちゃらいって言うな!」
という声とともに、二宮の頭をぺちんと叩く手が―――
二宮の後ろに立っていたのは、茶髪で背の高い、細身の若い男だった。
「久しぶりに顔見せたかと思ったら、早速人の悪口言いやがって」
「いてーな!お前こそ、久しぶりに会った客の頭叩くんじゃねえよ!」
「コーヒー1杯しか頼まねえくせに偉そうにすんなよ!だいたい、潤ちゃんがいなかったら近寄りもしねえじゃねえか」
「あったりまえだろ!コーヒー1杯で800円も取る店なんて、誰が来るか」
「おまえなー」
「あー、うるさいなあ、もう。あ、大野さん、こいつ、相葉雅紀。この店でバイトしてるフリーター。相葉ちゃん、この人大野さん。潤くんの姉ちゃんの彼氏だった人」
二宮が律儀に紹介してくれる。
「あ、どうも、大野です」
「あ、こんちは。へえ、潤ちゃんのねえちゃんの・・・・あ、そういやニノ、潤ちゃんが呼んでたけど」
「バカ!それ早く言えよ!」
二宮が慌てて席を立つ。
「相変わらず、潤ちゃんには従順なんだよなあ」
「仲いいんだね」
俺の言葉に、相葉くんはにっこりと笑った。
「高校が一緒だったんで。潤ちゃんとは、高校生のころから一緒にここでバイトしてたし」
「へえ・・・・・二宮くん・・・・・ニノって呼んでんだ?」
「そ。カズって呼ぶと怒るんだよね。それは潤ちゃんだけの呼び方だからって」
あー、言いそう。
二宮・・・・ニノでいいか。
ニノは、本当に潤が好きなんだなと、見ていて思う。
「俺たちさ、男子校だったの。んで、潤ちゃんは俺たちのアイドルみたいな存在でさ、俺も一目惚れだったんだけど、ニノのガードがきつくってさぁ。せっかく一緒にバイトするとこまでこぎつけたのに、いっつもあいつに邪魔されんだよなあ」
と、口を尖らせる相葉くん。
てか・・・・・あっけらかんと言っちゃうんだなあ。
一目惚れって・・・・・まぁ、相手が潤ならわからなくもないけど。
「あ、言っとくけど、俺ゲイじゃないよ?今まで好きになったのは女の子ばっかし。でも、潤ちゃんは特別。女の子よりもきれいで、可愛くて、優しいからね」
そう言って、明るく笑う相葉くん。
そんな相葉くんを見て、俺の胸の奥が、つきんと痛んだ気がした。
なぜだかわからないけれど、俺は、彼がとてもうらやましく思えたのだった・・・・・。
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