「―――潤くん、大丈夫?」
隣の潤くんの顔を覗きこむと、潤くんは少し辛そうに、それでも微かに微笑んで頷いた。
「―――平気」
昨日からずっと、顔色が悪いままだ。
潤くんとは小学生のころから10年以上の付き合いになる。
小柄で華奢だった潤くんは、今では俺よりも大きくなってしまったけれど、色白で綺麗な顔は今でも変わらず、どこにいても人目を引く。
こんな葬式という場所でもそれは変わらず、参列者の注目を集めていた。
その中の一人―――
あいつが、大野智。
小柄でどこかのんびりとした印象を与える人の良さそうな若い男。
その大野も、チラチラと潤くんを見ていた。
ただその視線は興味本意のものではなく、少し心配そうに潤くんを見つめていた。
なっちゃんのことは、俺もよく知ってる。
優しくて、いつも笑顔だった。
『カズくん、潤をよろしくね』
いつもそう言って手を振ってくれた。
潤くんはいつだって、なっちゃんが一番だった。
なっちゃんの言うことならなんでもきいてた。
どんなに潤くんがなっちゃんを大事に思ってたか、俺は知ってる。
今、どんなに辛いかも・・・・・。
だから、俺はずっと潤くんの傍にいてあげたいと思ってた。
なっちゃんの代わりはできなくても、誰よりも傍で潤くんを支えてあげたかった。
葬儀が終わり、参列者たちが帰る中、潤くんは喪主を務めていた叔父夫婦と共に自宅へ帰ることになり、俺と大野も同行することになった。
別々のタクシーに乗り家につくと、先に着いていた叔父夫婦が気持ち悪いくらいの愛想笑いを浮かべながら、潤くんに話しかけてきた。
「ねえ潤くん、この家のことなんだけど」
無駄に化粧の濃い叔母が、気持ちの悪い猫なで声を出し、潤くんが顔を顰めた。
「これから潤くん1人で住むにはこの家は広すぎるんじゃないかと思うのよ」
「・・・・・は?」
確か、この家は潤くんの両親が残してくれた家だ。
家族4人の思い出も、なっちゃんとの思い出もたくさん詰まっているだろう。
「それでね、よければこの家、売りに出したらどうかと思うのよ?もちろん潤くんがこれから住むところはわたしたちも一緒に探して大学を卒業するまではお世話させてもらうし、なんならマンションの部屋を買っちゃってもいいじゃない?それで―――」
「売りませんよ」
潤くんの低い声が、叔母さんの猫なで声をぴしゃりと遮る。
「―――この家は、俺たち家族の家です。売るつもりはありません」
潤くんの言葉に、叔母さんの顔が引きつる。
「俺たちって、もうあなたしか―――」
ちょうどそのとき大野も家につき、入ってきた。
「俺1人になっても、売るつもりはありません。俺はずっとこの家で暮らしていきますから」
「潤くん、でも―――」
「何を期待してるんですか?この家と土地を売った金で俺に適当なマンションに住まわせて、残った金を借金返済に充てようって?」
その言葉に、夫婦の顔色がわかる。
「叔父さん、相変わらずギャンブルにハマってるんでしょ?それで借金して、首が回らないって聞いたけど?」
叔父さんの顔は蒼く、汗が額に浮かんでいた。
叔母さんが悔しそうに唇を噛む。
「そ・・・・・そんなこと、あなたに関係ないでしょう。ただわたしたちは、あなたに年相応の生活をさせようと―――」
「ご親切にどうも。けど、俺ももう今年で20歳です。自分のことは自分で決められますから、叔父さんと叔母さんの力は必要ありませんよ。今回は、俺が留学中のことで葬儀一切を取り仕切ってもらって感謝してます。ありがとうございました」
そう言って、潤くんがぺこりと頭を下げる。
「でも、もう大丈夫ですから。お引き取りいただいて結構ですよ」
そう言って叔父夫婦を見る瞳は鋭く、何の感情もないその目が、逆に有無を言わせぬ圧力をかけているようだった。
「な―――生意気な!子供のくせに、何を言ってるのよ!今までだって、わたしたちがどれだけあなたたちのために―――」
そう言って叔母さんが潤くんに迫った時だった。
潤くんの体がぐらりと揺れたかと思うと―――
まるでスローモーションのように、潤くんがその場に崩れ落ちた。
「潤くん!?」
俺は慌てて潤くんの上にかがみ込み、その肩をつかんだ。
「潤くん!」
息が荒い。
咄嗟にその額に触れると、驚くほど熱かった。
「―――熱が」
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?病院に連れて行った方が―――ねえあなた、わたしたちがここに残ってるから、潤くんを病院に―――」
叔母さんがそう言って隣の叔父さんの腕を引っ張ってなんの合図か目配せをしている。
何か、よからぬことを企んでいるに違いない。
俺はカッとなって2人に文句を言おうとしたけれど―――
「もう、帰ってもらっていいですか?」
そう言ったのは、大野だった。
「潤くんは僕たちがついてるから、大丈夫です。あなたたちの役目はもう終わりましたから、どうぞお引き取りを」
猫背だった背筋がピンと伸び、相手を見下すような冷淡な瞳が、2人をまっすぐに見据えていた。
「な、なんであなたにそんなこと――――あなたは部外者で―――」
「すぐにここを出ていかないと、警察を呼びますけど、いいですか?」
抑揚のない事務的な言い方が、一層冷酷に感じさせる。
「・・・・し、失礼するよ。ほら、行こう」
その場の空気に耐えられなくなったのか、夫の方が妻の腕を引っ張る。
「あ、あなた、でも―――」
「いいから!もう行こう!」
叔父に引きずられる様にして、夫婦が家から出て行った。
玄関の扉が閉まる音がすると、大野がすぐに潤くんの傍にかがみこんだ。
「大丈夫?病院に、連れて行く?」
「あ・・・・・たぶん、大丈夫。潤くん、昔からよく疲れてたり、緊張が続いたりすると熱を出してたから・・・・・休ませれば、よくなると思う」
俺の言葉に、大野がほっと息を吐き出す。
さっきまでの能面のような冷たい表情は消え、眉を下げた人のよさそうな顔に戻っていた。
「そっか・・・・・。ふとん、持ってこようか?それとも部屋に運んだほうがいい?潤くんの部屋ってどこかな」
「・・・・・2階です。俺が、ふとん持ってきますから」
「え、1人じゃ大変だろ?俺も手伝うよ」
そう言って、当然のように俺に着いて来ようとする大野。
「大丈夫ですよ。掛け布団1枚持ってくるだけだから。それより、潤くんをソファーに寝かせるの、手伝ってください」
「あ、うん、わかった」
そう言って、大野は俺と一緒に潤くんをソファーに寝かせたのだった・・・・・。
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