「松本くん、好きです!」


突然聞こえてきた声に、俺は慌てて体を起こした。
5時間目の英語の授業で、課題を忘れていたことを思い出して『おなかが痛い』と嘘をついて抜け出した。
そのまま屋上に出て、ごろごろしていたら寝てしまっていたらしい。


声は、どうやら屋上に出る階段の踊り場から聞こえたみたいだ。
そっと扉の影から覗いてみると―――


「―――ごめん」

そう言って頭を下げたのは、潤だった。
潤の前には、女の子が2人。
頬を赤らめ、潤の言葉に目に涙を溜めているのが告白した女の子で、その隣の子は付添らしい。

「付き合ってる子とかいるの?」

付添の子が言った。

「いないけど」
「じゃ、どうして亜美と付き合えないの?亜美、優しいしかわいいし、すごいいい子なのに」
「・・・・それでも、本当に好きじゃない子と付き合えない」

きっぱりとそう言いきった潤を、付添いの子がキッと睨みつけた。

「ひどい!そんな言い方!」
「美結、もういいよ・・・・」

亜美という子が美結という子の袖を引っ張る。

「よくないよ!松本くんて、やっぱり噂の通りなんじゃないの?」
「・・・噂?」
「松本くんと、松本くんのお兄さんたちの噂だよ。仲が良すぎるから・・・・」
「だから?」
「だから・・・・あやしいって、みんな言ってるんだから!」

キレ気味にそう言い放った美結という子に対して、潤はしばらく黙っていた。

ピリピリとした緊張感が、3人を包んでいた。

「・・・・ばっかじゃないの」

潤が、吐き捨てるように言った。

「な・・・!」
「俺たち、兄弟だよ?仲が良くて何が悪いの?」
「・・・・でも、血が繋がってないんでしょ?」
「だから?」
「あんなに仲がいいのはあやしいんじゃない?松本くん、女の子みたいだし、お兄さんたちに、その・・・・」
「・・・・何?」
「へ、変なことされてるんじゃないかって、みんな言ってるんだから!」
「美結!やめなよ!」
「だって、おかしいじゃん!こないだだって、宮野さんに告白されたのに断ったって!宮野さん、すごいきれいで人気もあるのに、断るなんておかしいって男子も言ってたじゃん!松本って、ホモなんじゃねえかって!」
「美結ってば!」
「・・・・女の子と付き合わなかったら、ホモってことになるの?」

興奮して声が高くなる美結に対して、潤は冷静だった。

「じゃあ、なんで誰とも付き合わないの?」
「俺、別に今女の子と付き合いたいと思ってないし。好きな子もいない。そういう理由じゃだめなわけ?」
「だって、男なら普通、かわいい女の子に告白されたら嬉しいもんじゃないの?」
「そんなの、男によるでしょ。まぁ・・・・いやな気持ちはしないよ。西野さんのことも別に嫌いなわけじゃない」
「え・・・・ほんとに?」

亜美が驚いたように潤を見た。

「嫌いって、言ってないじゃん。ただ、付き合うつもりがないってだけ。・・・・傷つけたんなら、謝る。ごめん」
「う、ううん・・・」
「亜美、騙されちゃダメだよ!この人、きっとホモなんだよ!」
「美結!」
「・・・・そう思いたいなら、思えば?」
「ほら、やっぱり!」
「俺のことは、なんて言ってもいいよ。別に気にしないし。でも・・・・兄貴たちのことは、悪く言わないで。血の繋がらない俺のこと、すごく大事にしてくれる。本当の、兄弟みたいに・・・・。俺は、兄貴たちのことが大好きだよ。その気持ちを、そうやって疑うなら疑えばいい。俺は、平気。誰になんて言われても、俺は兄貴たちのことが大好きだって、胸を張って言える」

潤の言葉に、美結が唇を噛んだ。
亜美が、そんな美結の腕を引っ張る。

「美結、もう行こう。松本くん・・・・ごめんね。ここに来てくれて、ありがとう。それだけでも嬉しかった」

そう言ってちょっと笑うと、美結の腕を引っ張り階段を下りて行った。

「―――西野さん!」

潤が、亜美に声をかける。

「・・・ありがとう。ほんとに、ごめん」

しばらくして、階段を下りていく足音が遠くなっていき・・・・潤が、突然くるりと後ろを振り返った。

突然のことに、俺は隠れる間もなく潤とバッチリ目があってしまった。

「まぁくん!?」

潤が驚いて目を見開く。

「あ・・・・よぉ、潤」
「何してんの?いつからそこにいたの?」

潤が屋上に出てきた。

俺は頭をかきながら、壁にもたれたて天を仰ぐ。

「いや、その・・・・ちょっとさぼってて・・・・」
「・・・・全部聞いてた?」
「あー・・・・うん。ごめん」
「いいけど・・・・ごめんね」
「え?なんで潤があやまんの?」

俺が驚いて潤を見ると、潤は気まずそうに下を向いた。

「だって・・・俺のせいで、変な噂が・・・・」
「別に、潤のせいじゃないじゃん!」
「俺のせいだよ。俺がきっと、いつまでもみんなに甘えてるから・・・・」
「・・・・じゃ、これから甘えてくれなくなるの?」
「え?」

俺の言葉に、潤が顔を上げる。

俺は、潤の柔らかな髪を撫でた。

「そんなの、俺らが寂しいじゃん」
「でも・・・・」
「噂なんて、俺らは気にしないよ。だって潤のこと大好きなのは本当だしさ。別に隠すつもりもないし。潤は、いやなの?噂になるの」

俺の言葉に、潤はフルフルと首を振った。

「俺は、いやじゃないよ!でも、みんなが・・・・」
「そんな噂気にするくらいなら、最初から人前で潤のこと可愛がったりしないって!ぜんっぜん気にしないよ!」

ポンポンと頭を叩いて笑うと、潤は唇を噛みしめちょっと泣きそうな顔をした。

傷つきやすい潤。
きっと、自分のせいで俺たちが辛い思いをしているんじゃないかとずっと気にしていたんだ。

1人でずっと、胸の中に溜めこんで・・・・・

俺は、潤の肩を引き寄せるとその小さな体をぎゅっと抱きしめた。

「潤、大好きだよ。何を言われたって、潤から離れるつもりないから。だから、潤も何かあったら必ず俺たちに言って。もっと、俺たちを頼って。潤が1人で悲しんでるのは、俺も、他のみんなもきっと悲しいよ。潤は・・・・家族なんだから」

潤が、俺の背中に手を回しぎゅっと抱きつく。

「―――うん。ありがと、まぁくん」

潤の細い体が密着して、ドキッとする。

潤は男だし、俺も男で、血は繋がってないけど兄弟だ。

お風呂もずっと一緒に入ってきて今までも、これからもずっと家族。

ずっとそう思ってきたのに―――



女の子に告白されてる潤を見て、もやもやとした気持ちが俺の胸に広がった。

そんな目で潤を見るな。

潤は、俺たちの―――いや、俺のものだ。

そんな気持ちが、俺の胸に生まれたんだ。

「―――潤・・・好きな子は、いないんだよね?」

俺の言葉に、潤は顔を上げた。

不思議そうに目を瞬かせて俺を見つめる。

「うん、いないよ。どうしたの?急に」
「・・・・潤に、彼女ができたら寂しいじゃん。もう俺のこと、頼ってくれなくなっちゃいそうで・・・・やだなって」
「ふふ、何言ってんの。俺に彼女なんて、できないよ」
「それなら、いいけどさ。俺も、彼女なんていらない」
「そうなの?」
「だって俺が一番好きなのは潤だから。潤がいてくれればいいよ」

潤を見つめてそう言うと、潤の頬がほんのりと赤くなった。

「・・・俺も、まぁくんが好きだよ」
「ほんと?一番?」
「え~・・・・それは、智とかしょおくんたちと比べてってこと?」
「うん。俺が一番?」
「それは・・・比べらんないもん。智も、しょおくんも、カズも・・・・みんな好き。ずっと5人でいたい」
「・・・・そうだね」

俺は再び潤を抱きしめ、その柔らかい髪に頬を寄せた。

「・・・俺も、そう思ってるよ」
「うん」

潤が嬉しそうに頷いた。

5人一緒・・・・。

そりゃあ、俺だって兄弟大好きだし。

ずっと一緒にいたいと思ってるけど。

でも、潤に対する気持ちはそれとはちょっと違うんだ。

でもきっと今それを言っても伝わらない。

だから今は『いいお兄ちゃん』でいよう。

『優しくて、頼りになるお兄ちゃん』で、いつか潤の『一番』になれるように・・・・。

なにしろ、強力なライバルが3人もいるからね・・・・。




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