「なんで潤くんだけ?」

カズがむくれて俺を睨んだ。

「だって、絵を描くのに他の人がいたら気が散るじゃん」

と俺が言うと、カズがケッと吐き捨てるように横を向く。

「あの変態教師とおんなじこと言ってやがる」

その言葉に、俺もさすがにカチンとくる。

「一緒にすんなよ。俺は変態じゃねえ」

潤が、学校の美術教師に危うく襲われるところだったのをカズと小栗旬が助けたという話は聞いていた。

聞いた時は俺も含め、兄弟全員が憤慨し学校へ乗り込もうかとい勢いだったのだけれど、その美術教師にはもう潤に近づかないという約束をさせたということで、潤の説得もあり渋々納得したのだ。

本当に、潤に何かあったら許さないところだ。

「あんまし時間がねえんだよ。来週には課題提出しねえと」

「それ、潤くんじゃなきゃだめなの?」

「おう。もうイメージもできてるし、今更変えらんねぇ」

そう言って腕を組んだ俺にカズはまだ何か言いたそうだったけど、『お待たせ~』と言って部屋に入ってきた潤を見て、仕方なく部屋を出て行った。





「・・・・これ、なに?」

潤がきょとんと首を傾げる。

物を片付けて広くした俺の部屋の真ん中に、潤はぺたんと座っていた。

服を脱ぎ、白いシーツを頭からかぶり大きな目で俺を見つめる潤は、天使みたいで超可愛い。

「んふふ、天使だよ、天使」

「天使?」

「そう。潤は、天使なの。今回の俺のテーマは『天使』なんだ」

言いながら、俺は白いキャンバスに向かった。

「俺が、天使?でも俺、羽生えてないよ?」

「ふは、そうだね。だから、潤は羽をもがれた天使―――ってとこかな」

「羽、もがれちゃったの?」

「うん。・・・地上に舞い降りた天使が、そこで人間に出会って―――その人間が天使に心を奪われて、天国に帰らないように羽をもいだ・・・・っていうのはどう?」

俺の言葉に、潤はちょっと悲しそうに眉を下げた。

「え~、なんかかわいそう。それ、天使は幸せになれないじゃん」

「ん~・・・・じゃあ、天使も実はその人間のことが好きで、羽はもがれちゃったけど、そのまま地上で人間と幸せに暮らした―――っていうのは?」

「あ、それだったらいい!それなら、どっちも幸せになれるもんね」

途端に瞳を輝かせる潤。

本当に可愛い。

このまま、閉じ込めておきたくなってしまうほど。

「ねえ、思い出しちゃった」

そう言って、潤が急にうふふと笑いだした。

「ん?なに?」

「昔さ、俺がこの家に来たばっかりの頃―――夜、たまに眠れなくて1人で泣いてたら、智が来てくれたじゃん」

「ああ―――」




『潤?どうした?』

夜中にトイレに起きると、お母さんとお父さんの部屋の前で、潤が膝を抱えて泣いていた。

『・・・・智くん・・・・』

泣き濡れた顔で俺を見上げる潤は、ぐすぐすと鼻を啜りあげていた。

『どうしたの?寝れないの?』

俺の言葉に、こくんと頷く潤。

『・・・怖い夢でも見た?』

その言葉に、また頷く潤。

『なんで部屋に入らないの?』

『・・・お母さんとお父さん、起こしたくない・・・・・。お母さん、具合悪いから・・・・』

俺は身をかがめると、潤の頭をそっと撫でた。

『俺の部屋、来る?』

こくりと、黙って頷く潤。

俺は潤の手を引き、自分の部屋へ連れて行った。

ベッドに2人並び、俺は1冊のスケッチブックと色鉛筆を手にした。

『なにするの?』

首を傾げる潤。

『今から俺が、絵本作ってあげる』

『絵本?今から?』

潤が大きな目を瞬かせた。

『うん、俺がここに絵を描いて、お話つくるから、聞いてて』

俺の言葉に、潤はさっきまで泣いていたのが嘘のようにその瞳を輝かせ、笑顔で頷いた。

即興で絵を描き、適当に作ったお話を聞かせる。

好奇心に溢れた瞳で俺の話を聞いていた潤は、そのうち俺の腕の中で眠りに落ちて行ったのだ・・・・。





「俺、智が作ってくれる絵本、大好きだった」

「ふはは、なんか恥ずかしいな。あの頃は絵もへたくそだったし」

「そんなことないよ。俺、智の絵大好きだったもん。今でも、なかなか寝付けないときとかはあの時のこと思い出すもん。俺、智のおかげでちゃんと寝られるようになったと思うよ」

昔を思い出すように、目を細める潤。

見た目はまだ幼くて、女の子のように線が細くかわいらしい潤だけれど、芯はとてもしっかりしていると思う。

寂しい思いも辛い思いも経験して、人の心の痛みのわかる優しい子に成長していると思う。

繊細で、傷つきやすい子ではあるけれど―――

そんな潤を守るのが、俺たちの役目だと思ってる。

他愛のないおしゃべりをしながら、2時間ほどが過ぎた。

「―――そろそろ一休みしようか。潤、疲れただろ」

「んーん、だいじょ・・・・っくしゅっ」

潤が小さなくしゃみをし、俺は慌てて潤に駆け寄り頭からかけていたシーツでその体をくるんだ。

「ごめん!寒かった?風邪ひいたかな」

「大丈夫だよ、全然」

潤が笑顔で応える。

「ダメ。今日はもうやめよ。潤に風邪ひかせたら、俺あいつらにブッ飛ばされる」

「ふはは、大丈夫なのに・・・・。俺、智のためならいつでも協力するよ?」

俺を見上げながらにっこりと微笑む潤が可愛くて、俺はその体をぎゅっと抱きしめた。

「潤、かわいい!大好き!」

「んふふ、俺も智大好きだよ。モデルになってって言われて、超嬉しかった」

「・・・ほんと?」

「うん」

「・・・・もし、また誰かにモデル頼まれても、すぐに引き受けちゃダメだよ?ちゃんと俺たちに相談してね?」

抱きしめたままその顔を覗きこみ、雪のように白く、柔らかなその頬を撫でる。

もし、潤が誰かに乱暴されるようなことがあったら―――

そう考えただけでぞっとした。

そうなったら、俺はきっとその人間を許すことができないだろう。

「・・・うん。智にまで、心配かけてごめんね」

そう言って、きゅっと俺に抱きつく潤を、俺はさらに包み込むように抱きしめた。

柔らかくて、暖かい温もり。

その温もりも、今は俺のもの。

華奢な肩が白く艶めいて、体が熱を持った気がした。

「・・・・風邪、ひく前に服着ようか」

そう言って俺は立ち上がると、潤に背中を向けて小さく息を吐き出したのだった・・・・・。


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