クラブの事務所は、かなりの広さがあった。


リビングとキッチン、それからバスルームに寝室と、そのままここで暮らせるんじゃないかと思えるほどものも揃っていた。


「以前は、本当に安井さんがここに住んでたらしい。あのマンションを買ったのは5年くらい前って言ってたかな。今でも時々ここには泊ることがあるし―――本当に時々だけど、新人のホストが酔っぱらってここに泊ったりとか。だから、ここには一通りの生活用品が揃ってるんだって」


その説明に、俺はちらりと松本を見た。


「松本さんも泊ったことがあるんですか?」


「・・・・・俺は、ない。最初の頃、やっぱり飲み過ぎて気分悪くなったときに安井さんに泊ってけばって言われたけど・・・・・。結局一度も泊ったことはないよ」


言いながら、俺から目をそらす松本。


それは嘘をついているわけではなく、安井と深い関係だったのではないかと疑われるのを嫌がっているように、俺には見えた。






俺たちは手分けして、その事務所内をくまなく調べ始めた。


何か、事件に関連するものがないか。


松本が襲われたときに使用されたと思われる凶器もまだ見つかっていない。


だが、簡単には見つけることは出来ないもので―――


4人ばらばらに動いているうちに、リビングルームにはいつの間にか俺と松本の2人だけになっていた。


櫻井も大野さんもいない状況に松本は気付いていないのか、いつもと変わらない様子だったが、俺は正直少しだけ緊張していた・・・・。


真剣にテレビやDVDの周辺を調べる松本の横顔に、思わず見とれる。


―――男のくせに、きれいな顔だよな・・・・・。


リビングルームには、テレビやDVDの他、ゲーム機なども置かれていて、松本がそれを見て懐かしそうに呟いた。


「―――そういえば、安井さんてゲームが好きだったな」


「そうなんですか?」


確かに、ゲーム機が数台と、それに使用するソフトがいくつも置いてあった。


「基本、ここにいて仕事してないときはゲームしてたんじゃないかな。たまにここに来ると、良く楽しそうにゲームしてる姿を見たよ。―――あ、これすげえ昔のやつだ」


一つ一つソフトを見ていた松本が、感激したように言った。


「・・・・・ゲーム、好きなんですか?」


ソフトを見る目が、少年のように輝いていた。


俺の言葉に、松本が微かに頬を染める。


―――あ、可愛い・・・・・


「うん。家に1人でいるときは、ゲームばっかりしてる。でも、この辺のは持ってないな。子供の頃、すげえ欲しかったの覚えてるけど・・・・・」


そう言いながら、古い野球ゲームのソフトを見つめた。


「・・・・・ここにあるゲームなら、俺、大体持ってますよ」


「え、ほんとに!?ニノ、ゲームやるの?」


突然呼ばれたあだ名に、俺はちょっと目を見開いた。


胸が高鳴る。


「あ、ごめん、つい・・・・智がニノって言ってたから」


―――智、ね・・・・・


「・・・・構いませんよ、その呼び方で。それより・・・・もしそのゲームやりたいなら、貸しますけど」


「ほんと?」


「ええ。大野さんの家まで届けましょうか?それとも、今日は櫻井さんのところに行きますか?俺のところでも構いませんけど」


半ば、やけくそ気味だった。


どうせ、大野さんの所へ行くのだろう。


大野さんは松本はビール飲んで酔ってたから、すぐに寝たなんて言ってたけど。


今日の2人の雰囲気は、どう見てもつきあいたてのカップルだ。


ときどき視線が合うと照れくさそうに笑ってみたり、お互いを下の名前で呼んだり、大野さんに至っては松本があの櫻井や石倉と言葉を交わすたびにおもしろくなさそうな顔をして。


とても殺人事件を捜査中の刑事と、その容疑者とは思えなかった。


「いや、俺・・・・・」


松本が何かを言いかけた時、リビングの扉が開けられ、大野さんが入ってきた。


「あ、2人ともここにいたのか。俺、今寝室を見てきたけど、怪しいものは何もなかったよ」


そう言った大野さんを、松本は無言で見ていたけれど―――


「智」


「え?」


「俺、今日、ニノの家に泊るから」


と言った。


大野さんが驚いて目を見開く。


驚いたのは俺も一緒だ。


―――今、なんて・・・・・?


「なんで、急に・・・・・」


大野さんの言葉に、松本は手に持っていたゲームソフトをちらりと見た。


「―――ゲーム、やっていいって」


「え?」


「ニノ、このゲーム持ってるんだって。貸してくれるって言うから」


それを聞いて、大野さんが俺を見た。


―――げ。


今、すげえ冷たい目で見られましたけど。


「い、いや、いいですよ、大野さんの家まで届けますから・・・・・」


「でも、他にもたくさんゲーム持ってるんでしょ?それも見てみたいし。ニノ、ゲームうまそうだから教えてもらいたい」


そう言って、松本は俺を見るとにっこりと笑った。


―――うわ、マジか。


そんなかわいい笑顔を向けられて、断れるやつなんていない。


それほどの威力を持っていた。


「ニノ、いい?」


ダメ押しとばかりにちょこんと小首を傾げられ―――


「い、いいですけど・・・・その、大野さんが良ければ・・・・・」


そして視線を向けた大野さんは、完全に無表情で・・・・・


「―――別に、俺の了解なんて必要ないだろ?自宅に戻るのはまだ危ないけど、ニノのところなら別に―――ニノだって俺と同じ刑事だからね」


そう言って、俺から視線をそらす。


―――ぜっっったいに怒ってるよ、この人!


「じゃ、決まり。よろしくね、ニノ」


「あ、はい・・・・こちらこそ・・・・・」


大野さんの、絶対零度のオーラを感じながら・・・・・


俺は、おそらくもっとわかりやすく怒りを露わにするであろう男のことを思い出し、さらに青くなるのだった・・・・・。




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