夜でも明るい、ネオンに彩られた街、新宿歌舞伎町。
その一角に、松本が務めていたというホストクラブがあった。
ホストクラブばかりが名を連ねるビルの2階。
『CLUB BLACKPLUM―ブラックプラム―』というのが店の名前だった。
「どうします?」
その店を見上げて、櫻井が言う。
俺は、肩をすくめ、腕を組んだ。
「どうもこうも・・・・僕には何もできませんよ」
「は?」
櫻井が目を丸くして俺を振り返った。
「何もできないって・・・・・」
「公式な捜査じゃありませんからね。基本、聞き込みなんかも全て2人から3人で行動するのが決まりです。まだ上からなんの指示もされてないのに、1人で勝手にあの店に行って聞き込んだりするのは、絶対やっちゃいけないんですよ」
「そんな、だって・・・・あんたが安井に会いに行きましょうって―――!」
「だから、僕には何もできませんって言ったじゃないですか」
「は?どういう・・・・・」
「あなたは、刑事じゃありませんからね。警察のルールは関係ないでしょう?」
櫻井は、口をぽかんと開けて俺を眺めた。
「じゃ・・・・最初から俺にやらせるつもりで?」
「当たり前じゃないですか。俺、公務員ですからね。上には逆らえませんもん」
そう言ってにっこり笑ってみせると、櫻井は俺を睨み、何かを言いかけたけれど―――
「早く、行った方がいいんじゃないですか?逃げられちゃうかもしれないですよ?」
そう言うと、むっとしたように口をへの字に曲げ、くるりと俺に背を向けてビルの中へと入って行ったのだった・・・・・。
「あいつ・・・・・!」
俺は階段をのぼりながら、苦々しげに呟いた。
しれった顔して、最初から俺に全部やらせるつもりだったんだ。
二宮の顔を思い出して、むかむかする。
そういえば、潤が言っていた。
『あの二宮っていう刑事は、ちょっとひねくれてるところがあるかも。一筋縄じゃいかないっていうか・・・・・。あんまり感情を表に出さないタイプだよ。悪いやつじゃないけど、人の裏をかいたり、人を利用するのがうまいタイプだよ』
そんなことを思い出しながら、俺の胸がチクリと痛んだ。
潤は・・・・・俺の想いに気付いてる。
人の思いに敏感な男だ。
でも、優しいから・・・・・俺を傷つけないように、いつも悩んでいる。
潤を困らせたくはない。
だけど・・・・好きになってしまったものは、仕方なかった。
まさか、俺が同性を好きになるなんて、考えたこともなかった。
昔から、それなりに女にもててきて、今まで同性をそんな目で見たことはなかったのに―――。
1年前、潤を一目見た時から、変わってしまった。
もう、他の女なんて目に入らなかった。
潤のことしか見えなかった。
けど、それは旬も同じで・・・・・。
初めて同性を好きになって戸惑っている俺をよそに、あいつは積極的に潤にアピールしていた。
『好きなものは好き』とまっすぐに突き進む旬が羨ましくもあり、憎らしくもあり・・・・・
だけど、その旬が何者かに殺されてしまった。
喧嘩も良くしていたけれど、ずっと親友だった旬。
旬を殺した犯人を見つけなければ。
俺は、前に進むことができない。
潤に、この想いを伝えるためにも―――。
「オーナーはいる?」
入口に立っていた黒いスーツの男に声をかけると、その男はいぶかしげに俺を見た。
「は?あんた、何者?」
「―――聞きたいことがあるんだ。オーナーを呼んでくれ」
「だから!あんたは何者かって―――」
「松本潤って知ってるか」
俺が潤の名前を出すと、スーツの男は一瞬驚いたような顔をした。
「・・・・・潤の知り合い?」
「潤の、今の上司だよ。潤のことでオーナーに聞きたいことがあるんだ」
その言葉に、男は探るように俺を見ていたけれど・・・・・
「今日は、オーナーは来てないよ。ここ何日かは、店に来てないんだ」
そう話しているところへ、店の中からひょっこりと茶髪の若い男が顔を出した。
「石倉さーん、ちょっと・・・・あ、すんません、お客さんでしたか」
ぺこりと俺に頭を下げる。
「どうした?」
「いや、あの、雅也さんの客が―――」
「またか。今行く。じゃ、すいませんけど、そういうことなんで―――」
石倉と呼ばれたスーツの男は、俺に軽く会釈をすると、店の中に入って行ってしまった。
続いて茶髪の男も行こうとしたけれど―――
「ちょっと待って」
俺の声に、男が振り向く。
「は?なんすか?」
「君は、オーナーとは会ったことある?」
「オーナー?まあ、何度かは・・・・・最近は店に来ないんで、会ってない・・・・いや、今日会ったな」
「今日?本当に?」
「ええ。8時ごろだったかなあ。なんかちょっと慌ててたみたいで・・・・事務所の方に入って、10分くらいしたらまた出てきて、すぐにどっか行っちゃいましたけど」
「8時・・・・・」
潤が襲われたのが、7時半くらいだ。
時間的には、ぴったりだ。
「そんなに慌ててたのか?」
「うーん、そうっすね。なんか、青い顔して、汗かいてましたよ。目が血走ってて・・・・・ちょっと怖くて、俺話しかけらんなかったですもん」
これは、もしかしたら本当に・・・・・・
俺は男に礼を言うと、二宮のところへと戻った。
二宮に安井のことを報告すると、何やら考えてから、俺から少し離れ、どこかへ電話をかけていた。
「―――すいません、お待たせしました。これからのことなんですが―――」
二宮が何か言いかけるのを、俺は遮るように言った。
「―――安井の自宅ならわかりますので、今から行きましょう」
俺の言葉に、二宮は目を瞬かせた。
「知ってるんですか?安井の家」
「ええ。以前、あまりにしつこいんで調べたんですよ。直談判しようと思って」
「直談判・・・・穏やかじゃないですね」
「潤が本当に困ってたんで。でも、結局行きませんでしたけど。住所ならすぐにわかりますよ」
「・・・・・とりあえず、車に乗ってください」
そう言って二宮は、また俺を車に乗せ、走り出した。
「―――今日は、帰りましょう」
「―――――は?」
思わず、反応が遅れた。
帰りましょう、だって?せっかくここまで来たのに?安井が怪しいというのは明白なのに?
「―――言いたいことはわかりますよ。だが、さっきも言った通り今は表立った捜査はできないんです。上司には安井のことは報告しました。先ほど聞いた安井の特徴なども伝えてあります。予防線を張ってますので、パトロール中の警察が見つければ、すぐに確保できますが、まだ彼は容疑者というには証拠がなさすぎます。全ては想像にすぎない。明日、改めて上司には安井の捜査を打診します。そうすれば自宅や店を捜査することだって可能だ」
二宮の話はもっともだったが、それでも俺は納得できなかった。
「明日までに、どこかに逃げてしまう可能性だってありますよ?とにかく―――安井の家まで行ってください。そこにいるかいないかだけでもこの目で確認したいんです。もちろん、あなたはこの車の中にいてくれて構いません。僕がやりますから」
俺の言葉に、二宮は長い溜息をついた。
若干わざとらしいのが癇に障る。
「―――わかりましたよ。本当に、在宅を確認するだけですからね。確認したら、いてもいなくても帰りますよ?」
「もちろん、それで構いません」
「―――いないみたいですね」
結局、安井のマンションまで来たけれど、安井は不在だった。
外から窓を見ても真っ暗だったし、もちろんチャイムを鳴らしても反応なし。
人のいる気配は皆無だった。
「・・・・・収穫なしか」
俺が溜息とともに言うと、二宮は俺をちらりと見て言った。
「いや、そんなことはないですよ。この時間に家にいない、勤務先にもいない。あなた方の話や今日の安井の行動を総合して考えてみても、安井がこの事件に絡んでる可能性は高いと思います。パトロールの強化をして、警察官がうようよしているこの状態の中、遠くまで逃げることは難しい。―――捕まえて見せますよ」
そう言って、二宮は不敵に笑ったのだった・・・・・。
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