「・・・・何で?」

玄関にたたずむ人物に、俺は心底がっかりしながら口を開いた。

「あら、なあにその顔。母親が息子の家に来るの、そんなにおかしい?」

久しぶりに会った母親が、むっと顔を顰める。

「そうじゃねえけどさ・・・・」

よりによって、なんで今日なんだよ?

「―――今日、友達が来るんだけど」

「あら、そうなの。いいわよ、わたしのことは気にしないで。ケーキ買ってきたから、ちょうどいいわ。あなたケーキあんまり食べないし、そのお友達に食べてもらえば」

ニコニコしながら上がり込み、キッチンに向かう母親に、俺は溜息をついた。

―――今日は、潤が来る日なのに!

ここのところドラマの撮影が佳境に入り、仕事が終わるのもかなり遅い時間になるからということで、潤と会えない日が続いていたのだ。

だから今日は実に1週間ぶりに潤に会えるということで朝から楽しみにしていたのに!

夕飯は潤が作ってくれるというから、とりあえず部屋の掃除をして待っていたのだ。

夕方になり、そろそろ来るかなとそわそわしていたら・・・・・

「あら、割ときれいにしてるじゃない」

部屋を見た母親が、感心したように言うのが聞こえる。

「・・・・俺だってたまには掃除するよ。だから、来てもらわなくても―――」

「でも、食事は相変わらず外食ばかりなんでしょう?だから今日は私が―――」

「いや、だから今日は友達が来るから」

「あ、もしかしてお友達って女の子?彼女が来るの?」

「え―――」

にやにやし出す母親に、俺は一瞬詰まってしまった。

「そ・・・そんなんじゃねえよ。友達って言ってるじゃん。その、料理が得意なやつだから、今日もそいつが作ってくれることになってるんだって―――」

「何慌ててるのよ?ますます怪しいわね」

―――勘弁してくれよ!

その時だった。



―――ピンポ――――――ン



―――来た!

インターホンのボタンを押そうとして―――

「はいはーい、今開けまーす」

母親が玄関に向かうのを見てぎょっとする。

「ちょ―――待てってば!」

ガチャ。

母親に追いついた瞬間、玄関の扉が開いた。

「―――あ」

入ってきた潤が、母親を見て目を丸くする。

「まぁ!潤ちゃんじゃないの!やぁだ、友達っていうから誰かと思えば―――ちょっと、まあちょっと見ない間にきれいになっちゃって!」

母親が潤に駆け寄り、その腕をパンパンと叩いた。

「あ・・・・ご無沙汰してます。すいません、俺・・・・」

潤が、気まずそうに俺と母親の顔を交互に見る。

母親は潤が手にスーパーの袋をさげてるのを見て、嬉しそうに笑った。

「まぁ、じゃあ今日は潤ちゃんがごはん作ってくれるの?確か、お料理得意なんだものね?いいわね~、翔は全く料理しないから、心配してたのよ。外食ばかりで体に良くないんじゃないかって。潤くんが作ってくれるなら安心ね!」

「いや、俺もたまにしか来れなくて・・・・・あの、ご一緒にどうですか?お口に合うかどうかわかりませんけど・・・・」

「え、でも悪いわ~」

―――嘘つけ!全然悪いと思ってないだろ!

「そんなことないですよ。材料、多く買い過ぎちゃったからちょうどいいです。あの、リビングで翔くんと休んでてください。すぐ作りますから」

「そ~お?悪いわね~」

なんて言いながら、母親は俺の腕を掴みリビングへと向かったのだった・・・・・。





「ねえ、潤ちゃん本当にきれいになったわね!いつもドラマで見ててきれいだなって思ってたけど・・・・・。テレビで見るよりもずっときれい!すごく痩せてるし・・・・ごはん、ちゃんと食べてるのかしら?」

「ドラマ、見てんの?あれ」

智くんと潤のドラマ。

同性愛を描くあのドラマは社会的な反響を考慮して23時という時間帯に放映されていた。

それでも、嵐2人が主演というドラマは話題性も充分で、その時間帯のドラマとしては異例の高視聴率をキープしていた。

「見てるわよ~。すごく面白いって、お父さんも―――」

「親父も見てんの!?」

―――うわ、父親が同性愛ドラマとか・・・・マジかよ。

「あれは、潤ちゃんだからいいのよね。男としてもイケメンだし、女の子としてもきれいで・・・・あんな人が身近にいたら、好きになっちゃうわよねぇ~」

ほう、とため息交じりに呟く母親に、俺は苦笑する。

「・・・・俺、ちょっと潤を手伝ってくるよ」

そう言って腰を上げ、キッチンへと向かった。


「―――あ、翔くん」

振り向いた潤が、ほっとしたように微笑んだ。

その直前の、一瞬緊張して見えた表情が気になった。

「ごめんな、まさか母さんが来るなんて思ってなくて―――」

「ううん、いいけど・・・・。俺、いてもよかった?翔くんのためにご飯とか作りに来てくれたんじゃ―――」

「あー、なんかそんなこと言ってたけど、気にしなくていいから。前もって知ってたら今日はダメって言ってたんだけど・・・」

「そんな、せっかく来てくれたんだから・・・・てか、俺のが邪魔じゃない?ご飯作ったら帰った方が―――」

「何言ってんだよ」

ちょっとムッとして、食い気味にその言葉を遮ってしまう。

不安げな潤の顔に、溜息が出る。

「・・・俺、今日潤が来てくれるのめっちゃ楽しみにしてたんだぞ?」

「でも、翔くんのお母さんせっかく―――」

それでもまだ何か言おうとする潤を、俺は思い切り抱きしめた。

「―――それ以上、言うなよ?俺の気持ち・・・・察して」

「翔くん・・・・・」

髪をすくように撫で、そっと触れるだけのキスをする。

「―――今はこれだけで我慢するけど・・・・今日、このまま帰るなんて言うなよな?」

会うのは1週間ぶり。

それも、仕事で会っただけだ。

ここへ泊まりに来るのは2週間ぶりくらいなのだ。

今日は朝からずっと楽しみにしていたのだから、ここで帰られたりしたら俺は母親を恨むよ!





「すごいわねえ、潤ちゃん!すごくおいしいものばっかりよ!」

テーブルには潤の作った料理の数々が乗せられ、見た目もきれいなそれを見ては母親が感嘆の声を上げていた。

もちろん味もおいしい。

「そうですか?ちょっと味が濃いかなって思ったんですけど・・・」

「ちょうどいいわよ!それに、さっぱりしたものが多いからついつい食べ過ぎちゃいそうよ!潤ちゃんのお嫁さんになる人は幸せねぇ。ね、翔!」

「は!?」

突然話を振られ、思わず変な声が出てしまう。

―――潤のお嫁さんって、言われてもね・・・・・

もう随分前から、俺にとって潤は同性の男ではなく女性として映っていて、潤に彼女がいた時も違和感しか感じなかった。

潤の横にウェディングドレスを着た女とか、全く想像できないし。

潤が、純白のウェディングドレスを着て俺の横に立つ姿なら、いくらでも想像できるけど・・・・・。

「翔なんて料理も掃除もできないし、奥さんになる人は大変だわ。ね、その辺はどうなの?いい人いないの?」

母親の言葉に、俺は潤をちらりと見た。

潤は複雑な表情で俺を見て微笑んでいたけれど、すぐに目をそらし、食事を続けた。

「―――そんな人、いないよ。今仕事楽しいしさ、メンバーと会ってる時間の方が大事っていうか・・・・。充実してるから、結婚とか考えてない」

「そうなの?まぁ、充実してるならいいけど・・・・潤ちゃんはどう?いい人いないの?」

母親に振られた潤が、困ったような笑みを浮かべる。

「そうですね、僕も今は仕事が充実してるから、そっちの方はあんまり・・・・」

「もったいないわぁ、潤ちゃんほど完ぺきな人だったら、いくらでもいい人いそうなのに。ねえ、翔?」

―――だから俺に振るなっつうの!

「いいじゃん、今はこのままでいいって言ってるんだから。あんまり変なこと言うなよ」

ちょっとむっとして言うと、母親は俺が不機嫌になったのを察したのか肩をすくめて食事を続けた。

その後は他愛のない世間話をして、俺の寝室を覗いたりして気が済んだのか、母親は潤にケーキを進めて帰って行ったのだった・・・・・。




「・・・・なんか、やっぱり俺、帰った方が良かったんじゃ・・・・」

母親を玄関で見送った後、潤がすまなそうに言った。

「お前さ・・・・俺が言ったこと聞いてた?」

「聞いてたよ、ごめん。なんか・・・・翔くんのこと、心配なんだろうなって思ったら・・・・」

「母親が俺のこと心配してくれてることくらい、俺もわかってるよ。だから、今度実家に顔出してくる。でも今日は―――お前と過ごしたい」

潤の手をそっと握ると、潤の体がピクリと震えた。

ここに来てからずっと、どこか不安そうな表情なのが気になっていた。

せっかく久しぶりに、2人きりで映画のDVDでも見て楽しもうと思ってたのに・・・。




「ワイン、飲も」

リビングのソファーに座っていた潤にグラスを手渡す。

「ありがと」

どこか元気のない笑顔。

母親との会話に別におかしいところはなかった。

母親は昔から潤のことを気に入っていたし、潤の作った料理も本当においしそうに食べていた。

「・・・・翔くんさ、子どもが欲しいとか・・・・思うことある?」

潤のグラスにワインを注ぎ、自分のにも注ぎ終えた時。

潤の言葉にその手を止めた。

「潤・・・・もしかして、そんなこと、気にしてた?」

潤は俯き、その長い睫毛を伏せた。

「・・・・お母さん見てたら・・・・そんな気がしたんだよ。きっと、孫の顔が見たいんだろうなって。翔くんは長男だし・・・きっと普通に女の人と結婚して子どもが生まれること―――」

「俺は、そんな気ない。うちは3人兄弟で弟も妹もいる。俺が子どもをつくらなくても、他の2人が結婚すれば何の問題もないだろ?何で急にそんなこと気にするんだよ?」

「だって・・・・俺には、翔くんの子を産むことができないじゃん。翔くんだけじゃない。智の子も、まぁくんのこも、カズの子も―――俺には産んであげることができない」

「潤―――」

俺はグラスをテーブルに置き、潤の手からもグラスを取ってテーブルに置くと、潤の体を引き寄せ抱きしめた。

潤はおとなしく、俺に身を任せていた。

「俺は、子どもなんていらない。子どもが嫌いなわけじゃないし、もしおまえとの子どもが持てるならそれは嬉しいけど―――でも、子どものためにお前と別れなくちゃいけないんだったら、一生子どもなんて持てなくてもいい」

「しょおく―――」

何か言いかけた潤の口を塞ぐように、唇を奪う。

「ん・・・・っ、ふ・・・・」

何度も何度も、その呼吸を奪うかのような、激しいキス。

潤の目から涙が零れるその時まで、俺はキスを続けた。



「―――俺に必要なのは、子どもじゃなくて、潤だから。別れるなんて・・・・考えられない」

「翔くん・・・・俺、翔くんが好きだよ。別れたいなんて思ってない。でも、俺・・・」

「もう、いいから。今は、俺のことだけ考えてろよ―――」

そう言って、今度は優しいキスをする。

ついばむように、何度も―――

そのうちに潤の腕が首にまわり、潤もキスに応えてくれた。

そのまま潤の体をソファーに横たえ、その上に覆いかぶさるように抱きしめた・・・・・。




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