「え~、部長のN.Y時代、マジかっこいいんですけどぉ~」
「え、なになにその写真!見せてよぉ~」
居酒屋の20人ほどが入る個室を借り切り、松本部長の歓迎会が行われていた。
当然部長はその中心で、主に女性社員たちに囲まれていた。
N.Y支社から送ってもらったらしい部長の画像などをスマホで見ながらキャーキャー騒いでいる。
そんな女性社員たちをちょっと困ったように笑いながら見ている部長。
で、男性社員たちはそれを見て腐ってるかというとそうでもなくて・・・・
「うわ、マジかっこいいっすね。てか、この時の部長、超色っぽいんですけど、何事ですか?」
「見せろよ!お~、いいっすね~。え、なんでこんなきれいな顔してるんすか?すいません、ちょうどストライクなんですけど」
「え!工藤お前、そっち系?」
「なんだよ、おまえだって部長超好みとか言ってたじゃん!」
「うはは、お前らなんか部長が相手するかよ!」
「「おい!」」
超盛り上がってるし。
俺は同僚たちの話に適当に相槌を打ちながら、横目で部長を見つめていた。
『ニノがいてくれたら安心するし』
そう言っていた部長だけど、なんのことはない。
俺なんかいなくたって、部長の周りにはずっとたくさんの人がいて楽しそうに盛り上がってる。
きっと部長の頭の中には、俺のことなんてこれっぽっちもないだろう。
―――なんだよ・・・・
ちょっと、もやもやしていた。
あの部署で、部長と一番最初に飲んだのは俺で。
部長にあだ名で呼ばれてるのだってきっと俺だけで。
俺のマンションにまで来て、2人の時間を過ごしたのに。
今は、まるでそんなことなかったかのように、俺の存在なんて忘れられてる。
いつもだったら、それでいいって思ってた。
適当に楽しく飲んで、笑って、食べて、近くに女の子がいたらそつなく相手して、たまにはおいしい思いだってしてた。
だけど今、そんなことはどうでもよかった。
俺の頭の中は、松本部長のことでいっぱいになってたから・・・・。
「あれ、部長どこ行くんすか?」
ふと見ると、部長が席を立ったところだった。
「トイレ」
にっこりと笑って席を離れる部長。
その姿を目で追って・・・・
「あ、二宮どこ行くんだよ?」
「ちょっと・・・・電話してくる」
「なんだよぉ、彼女かぁ?」
「ばーか」
すでに酔っぱらっている同僚をかわし、俺は個室を出た。
「・・・あれ、ニノ」
トイレから出てきた部長が、俺に気付いて足を止めた。
「・・・楽しそうで、よかったです。おれ、必要なかったみたいですね」
「楽しそうに・・・・見える?俺」
「見えますよ。超人気者じゃないですか。俺なんて、入る隙もないでしょ」
「・・・・入る気、ないくせに」
「―――え?」
酒の力を借り、軽口でちょっと意地悪を言ってやろうと思ってたのに、部長の沈んだ声に思わず素に戻る。
部長は、ちょっとふてくされたように俺を見ていた。
「ずっと、離れたところにいるじゃん、ニノ。俺の傍に来るつもりなんか、ないでしょ」
「それは・・・だって、あんだけ囲まれてたらいけるわけないじゃないですか」
「・・・最初から、離れてたじゃん。別に・・・いいけど。ニノ、俺のこと好きじゃないもんね」
「俺は・・・!」
「いいよ、もう。ニノが俺のこと苦手だってことは、わかってるし。でも俺・・・ああいうふうに囲まれて騒がれんのは、苦手。そう見えないかもしれないけど」
「あ・・・・」
「なんか・・・・ちやほやされるのって、どう反応していいかわからない。みんな、俺が部長だから気を使ってくれてるんだろうけど・・・・。ちょっと、疲れる」
「部長・・・・」
「・・・ごめん、嘘。俺の歓迎会やってくれてるのに、こんなこと言っちゃダメだよね。気にしないで。・・・みんな、このあとニ次会行こうって。ニノはどうする?」
「あ、おれは・・・・」
いつも二次会はパスしてるんだけど・・・・
「行かない?」
「部長は、どうされるんですか?」
「俺は行くよ。誘ってくれてるし」
「・・・・俺は・・・・」
「行きたくないって顔」
くすりと部長が笑う。
どこか寂しげな顔。
「無理することないよ。・・・変なこと言ってごめんね」
くるりと俺に背を向ける部長。
まただ。
背を向けているのに、なぜだか部長が泣いているような気がして・・・・
俺は咄嗟に追いかけようとして―――
部長の胸元あたりから音楽が聞こえ、部長が足を止める。
部長はスーツの胸ポケットからスマホを出すと、画面を見た。
じっと動かない部長。
―――彼氏・・・・かな・・・・
なんとなく俺も動けなくてその場に突っ立っていると、部長が小さく息を吐き、スマホをポケットに仕舞った。
あれ、と思っていると俺を振り返る。
「あ・・・・あの・・・・」
「・・・彼には、もう連絡してないよ」
「え・・・・・」
「・・・・別れるって、決めたから」
泣きそうな顔。
「・・・今日は、たくさん飲んで盛り上がろうかな!週末だしね!」
ふっと笑って、再び俺に背を向けると足早に行ってしまう部長。
その後も、俺は部長のことが気になって仕方なかった。
社員たちに囲まれて楽しそうに笑う部長。
でも、その笑顔が俺にはなぜか寂しそうに見えた。
無理して笑っているように見えて仕方なかった。
だからって、俺にはどうしようもないのだけれど・・・・
「二次会行く人ぉ」
「は~い!」
「俺も行く!」
半分ほどの男女が二次会へ行くことになった。
俺は手を上げなかった。
いつもそうだから、別に不思議とも思われない。
「部長、カラオケ行きましょう!」
「え~、俺、歌苦手~」
「ほんとですか?大丈夫ですよぉ!一緒に歌いましょ!」
「部長の声、甘いからバラードとか似合いそう!」
「あ~、いい!歌って欲しい!」
ちょっと派手な女性社員2人に両腕を掴まれ、ぴったりくっつきながら歩く。
その周りの社員たちにも声を掛けられながら歩いて行ってしまう。
俺はずっとその後ろ姿を見ていたけれど―――
ふと、部長が振り返った。
俺と目があった瞬間、心細げな、子供のような目をしていた気がした。
その瞬間、俺の足は勝手に動いていた。
「―――部長!」
俺の声に、部長が振り向く。
周りの社員たちも、つられて振り向いた。
「あの―――!大野さんから、さっき連絡があって!」
「大野・・・・さん?」
「仕事のことで、相談したいことがあるって―――!」
「は?二宮さん、何言ってるの?」
「そうだよ、こんな時間に仕事の話なんて」
「明日にしてもらいなよ」
「ねぇ、部長」
「・・・・それで?二宮くん」
「あの・・・俺と一緒に、来てもらえませんか?大野さんがいる店に、案内しますから」
俺の言葉に、部長の周りにいた社員たちがあからさまに嫌そうな顔をする。
ふざけんなよ、という非難の目。
でも、俺は・・・・
『ニノがいてくれたら、安心するし』
部長のその言葉が、忘れられなかった。
「・・・わかった。行くよ」
「え~~~!部長!カラオケはぁ!?」
「ごめん、また今度誘って」
「そんなぁ!」
「みんなで楽しんで。また来週、会社でね」
にっこりと微笑むと、もうみんな何も言えなくなってしまって。
部長が俺の方へ歩いてくると、みんな諦めたように『じゃ、行こうか』などと言いながら歩いて行ってしまった。
「あの、部長、大野さんの話は・・・・」
「ん?ウソでしょ?」
「わかりました?」
「んふふ、そりゃ、わかるよ。・・・・・ありがと、助けてくれて」
「・・・・誤解を、解きたくて」
「え?」
ゆっくりと歩き出した俺に合わせて、隣を歩く部長が俺を見る。
「俺・・・・部長のこと、嫌ってたりしないです」
「・・・・・」
「最初は、確かに苦手っていうか・・・・どう接していいかわからなかったのは事実ですけど。でも、嫌いだなんて思ったこと、ないですから」
「・・・それを、言いたかったの?」
「・・・・それから」
俺は、すーっと息を吸い込んだ。
「・・・一緒に、飲みませんか?俺の・・・・うちで」
部長が、隣で目を瞬かせて俺を凝視しているのが分かった。
俺は、目を合わせられなかったけど。
「・・・・ニノの家で?」
「はい。こないだは・・・・水だけで、なんか・・・・寂しかった、し・・・・」
「・・・・そう?」
「・・・一緒に、飲みたい・・・・んです、けど・・・・潤くん、と・・・・」
潤くんの大きな目が、さらに大きく見開かれた。
潤んだその瞳は、東京のくすんだ空よりもずっときれいに輝いていて・・・・
俺の心臓は、破裂しそうなほどにドキドキと音を立てていた・・・・・。
「潤でいいのにぃ」
うちのリビングで、2人でビールを飲みながら。
潤くんが頬を膨らませて俺をちろりと睨んだ。
「それは、無理・・・・本当は敬語を使わないのも難しいんだから・・・・」
潤くんに言われ、なんとか敬語を使わずに会話をしているけれど・・・・
「だって同い年じゃん!敬語なんておかしいでしょ?相葉くんとだって普通に話してるでしょ?同じでいいのに」
「そう言われても・・・・。あ、でも相葉さんは潤ちゃんて言ってるでしょ?あれ、いいの?」
「全然、いいよぉ。ま、潤くんでもいいけど」
そう言って、潤くんは嬉しそうに笑った。
その笑顔が本当に嬉しそうで、さっきまでの社員たちへ向ける張りつけたような笑顔とは違って見えて、ドキドキしてしまう。
「・・・二次会、行かなくてよかった?俺、無理やり連れてきちゃったけど」
「全然。助けてくれてありがとって言ったでしょ?俺、友達と飲むのは好きだけど、ああいうのは苦手なの。なんか・・・・本心が分からない人たちといるのって、疲れる」
ああ・・・・なんか、わかる気がする。
松本潤という人間がイケメンだから単純に群がっている女たちと、部長という立場の人間に群がっている男たち。
どちらも、この人の内面を見てはいない。
張りつけたような笑顔は、あいつらも同じ。
「・・・ニノがいてくれて、よかった。ありがと」
嬉しそうに、とろけそうな笑顔を向けられて。
反則だ、と思ってしまう。
この人は、自分の魅力というものが分かってないんだと思う。
その笑顔に、どれだけの破壊力があるのか―――
そんな笑顔で言われたら、拒否することなんてできない。
なのにこの人は、自分に自信がないんだな・・・・。
「・・・・さっき」
「ん?」
「彼氏からの連絡、だったの?」
「・・・・・うん」
「返事、しなかったの?」
「・・・うん」
切なげな顔。
きっと、まだその人のことが好きなんだろうな・・・・。
きゅっと、俺の胸が悲鳴を上げる。
「・・・・いいの?」
「うん。もう、決めたから」
「でも、まだ好きなんでしょ?」
「・・・どうだろ。思い出すと切なくなるけど・・・・でも、奥さんがいるってわかってからは、2人でいても切なかった。どうしたって、彼が俺のものになることはないんだなって思うと・・・」
「奥さんと別れて欲しいって言ったことないの?」
「そんなこと、望んでないもん」
「なんで?」
「だって、彼がかわいそうじゃん」
「潤くんだって、かわいそうでしょ?」
「俺は・・・・彼が幸せなら、それでいい」
「・・・潤くん、矛盾してるよ、それ」
「知ってる」
グラスのビールを飲み干し、潤くんが長いため息をついた。
横顔が、まるで彫刻のように綺麗だった。
イケメンで、エリートで、みんなの憧れの的なのに。
この人はとても、不器用な人なんだな・・・・。
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