「うわぁ、ゲームばっかり!ニノ、ゲーム好きなんだねぇ」

俺の家のリビングに入った松本部長は、出しっぱなしになっていたゲーム機や戸棚にびっしり並べられたゲームソフトを見て目を瞬かせた。

「・・・唯一の趣味なんで」
「そうなんだぁ」

部長は戸棚の前にしゃがみこみ、楽しそうにゲームソフトを眺めていた。
なんだか、うちに松本部長がいることが不思議で仕方ない。

「・・・あのぉ・・・」
「ん?」
「帰らなくていいんですか?」
「1人暮らしだし、別に困んない」
「でも、服とか・・・・」
「2日くらい同じでも平気」
「いや、部長が平気でも・・・・」
「・・・そんなに俺がいるの嫌?」

部長が苦笑して俺を見る。

「そ・・・そういうわけじゃないですよ。部長こそ、なんでうちに来たんですか?」

さっきまでべろべろに酔っぱらっているように見えたのに、今は顔色もいいし目もまともだ。

「ニノに、興味あったから」
「え・・・何で」
「だって、すげえまじめに仕事してるように見せかけて、結構さぼってたでしょ?今日」
「え・・・・」

ばれてた?

「でも、大事なとこはちゃんと抑えてて誰にもばれてないのがすげえなって」
「けど、部長は気付かれてたんですね・・・・」
「俺は、そういうどうでもいいことが気になっちゃうの。今日はずっとそれが気になってて・・・ニノってどういうやつなんだろうって。そしたら、智がニノとごはん食べるって言ってたから」
「なるほど・・・で、どうするんですか?」
「どうするって?」
「俺がさぼってるの、気付かれたんでしょ?注意しないんですか?」
「ん~、しない、かなぁ」
「どうして・・・・」
「だって、どうでもいいもん」
「は?」

驚いて部長を見ると、部長は楽しそうににこにこと笑っていた。

「やらなきゃいけないことは、ちゃんとやってるし。ニノが手ぇ抜いてるとこは、実際どうでもいいことでしょ?だから、別にそのままでいいと思うし」
「はぁ・・・・」

なんだろう。
不思議な感覚だった。
さっきまで違和感があったはずの部長の存在が、急に部屋になじんできたというか・・・・。

「・・・なんか、飲みます?水か、ビールくらいしかないですけど」
「ありがと。じゃ、水だけもらえる?あ、ニノがビール飲むなら付き合うけど」
「いや、俺も水で・・・・」

コップに水を注ぎ、テーブルを挟み部長と向かい合って座る。
改めて部長の顔を見ると、そのきれいな顔に見惚れる。
恋人が男だっていうのには驚いたけど・・・・
でもこの人なら、わからなくもない。
そう思えるほど、きれいな顔をしていた。

「・・・俺の家に泊まったりして、彼は怒らないんですか?」
「んふふ、怒らないでしょ、別に。俺にも普通に友達がいるし、友達とごはん食べたり飲みに行ったり、旅行に行くこともあったし」
「そうなんですか?」
「うん。怒られたことはないよ。優しい人だからね」

・・・のろけてるし。
別れたんじゃなかったのか?

「・・・ニノ、ごめんね」
「はい?」
「無理やり押しかけちゃって。迷惑だったよね?」
「そんなことは・・・・」
「俺のこと、苦手なんだろうなっていうのは伝わってるから。大丈夫、水飲んだら帰るよ」

穏やかに笑う部長に、なんだか胸が痛んだ。
すごく悪いことをしてしまったような・・・・

「あの・・・泊って行ってもいいですよ。俺別に、部長のこと嫌なわけじゃ・・・・」
「んー?でも、得意でもないでしょ?」
「それは・・・・」
「ずっと敬語だもんね。呼び方も、ずっと『部長』だし。いいんだ。本当に、俺が勝手にニノに興味持って、ニノのこと知りたくなっただけだから。しょっぱなから2日続けて同じ服で行ったら、やっぱり変だもんね」

そう言って、部長は水を飲み終えるとコップをテーブルの上に置き、立ち上がった。

俺が何か言うより先に玄関へと向かう部長を、俺は慌てて追いかける。

「あの、タクシー呼びますから!」
「大丈夫。その辺で捕まえるよ」
「こんな時間じゃ・・・」
「そしたら、歩いて帰る。たぶんそんなに遠くないから、30分くらいで着くよ」
「でも・・・・」
「あのね、ニノ」
「え?」

靴を履き終えた部長が、ふと俺を振り返った。
大きな瞳が、俺を捕えてドキッとする。

「・・・気にしないで。ちょっと、1人になりたくなかったんだ。彼と別れて・・・自分で決めたのに、寂しくて仕方なかった。さっきのメールも、無視しなきゃいけなかったのに、できなくて・・・・。情けなくて・・・・ちょっと・・・気持ちを紛らわせたかったんだ」

大きな瞳が、微かに潤んだ気がした。
長い睫毛が揺れ、今にも泣き出しそうなその表情に、俺は何も言う言葉が見つからなくて・・・・

「―――じゃ、また明日。今日は楽しかったよ」
「あ―――お疲れさま、です」

部長が俺に背を向け、扉を開けて出て行く。
扉が閉じられる瞬間、なぜだか無性に追いかけたくなった。
部長が、泣いている気がして・・・・




「おはようございます」
「おはよう・・・部長は?」

翌朝、隣のデスクに座る1年後輩の田口にさりげなく聞くと、田口は部長のデスクを見た。

「もう来てましたよ?トイレにでも行ったんじゃないですか?」
「ふーん」

気のない振りをして答え、俺は密かにほっと息をついた。

しばらくすると、部長が数人の女性社員と一緒に入ってきた。

「部長、今日一緒にランチしましょうよ!」
「あ、ずるい、わたしも!」
「みんなで食べましょうよ!」

「すごいっすね、部長モテモテ」
「まぁ・・・・イケメンだからな」
「しかも仕事もできるんですもんね。できすぎですよ」

その部長が、まさか男の恋人と付き合ってたなんて知ったら驚くだろうな。
そんなこと言うつもりはないけど・・・・
でも、そういう心配はしなかったんだろうか。
俺たちが、それを言いふらしたらって・・・・

「二宮くん」

部長の声にドキッとして、俺は立ち上がった。

「あ・・・はい」
「ごめん、昨日二宮くんが出してくれたファイルのことなんだけど―――」

仕事の話か。
そりゃそうだ。
ここは会社なんだから・・・・

『ニノ』

ちょっと舌足らずな声で、俺をそう呼んだのはつい昨日のこと。
なんだか、現実味を感じないのはなんでだろう・・・

「―――それで、このデータだけど・・・」
「はい」
「・・・・・」
「・・・?部長?」
「・・・・あのさ」

部長が、周りに聞こえないくらいの小声で言った。

「え?」
「今日、お昼ご飯一緒していい?」
「え・・・」
「相葉くんと、智も一緒でしょ?俺も混ぜて」
「でも、さっき彼女たちと・・・・」
「ちょっと、苦手なんだ。・・・・頼む」

こっそり両手を合わせ、俺を上目使いに見る部長。
そんなの、断れるわけない。

「いいですけど・・・・」
「ありがと!助かる!」

たくさんの女性に囲まれて食事とか、似合いそうなのに。
意外と奥手なのか・・・・いや、ただ女の人が苦手なのかな。



「部長の歓迎会、やろうって言ってましたよ」

昼休み、大野さんや相葉さんと一緒に4人で昼食をとっている時にそう言うと、部長がちょっと眉を寄せた。

「・・・いいのに、歓迎会なんか」
「えー、潤ちゃん、飲み会とかすきでしょ?」
「相葉さん、ここ会社」
「誰も聞いてないって!」
「んふふ、いいよいぃよ。友達と飲むのとかは好きだよ。歓迎会とかも、企画するのは好き。でも、される側は苦手。奢られるって思うと飲むのも気ぃ使っちゃうし」
「潤、意外と気にしいだよなあ」
「・・・女々しい?」
「んにゃ、可愛い」

大野さんの言葉に、顔を赤らめる部長。

不覚にも、そんな部長にドキッとして・・・・
本当に、『可愛い』と思ってしまった。

「でもさぁ、潤ちゃんが断ったらみんながっかりするんじゃない?ねぇ、ニノ」
「ああ、うん・・・。みんな、妙に張りきってるから」
「断らないよ、せっかく企画してくれるんだもん。・・・ニノも、来るよね?」
「え・・・」
「ニノが来ないなら、行かない」

どきんと、胸が鳴った。
なんだ、これ。
てか、何言ってんだ、この人。

「女の子に囲まれんの、苦手なの。ニノが隣にいてくれると、安心する」
「俺は・・・・行きますけど・・・・」
「よかった」

にっこりと嬉しそうに笑う部長に、俺は戸惑っていた。
笑顔が俺に向けられるたびに、勘違いしそうになる自分がいる。
そして、それを喜んでる自分が。
どうしてこんな気持ちになるのか。
今まで感じたことのない感情に、俺は動揺を隠せなかった・・・・・。



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