「相葉くん、相葉くん、俺あれ食べたい!あの、卵の!」
「ん?なに?卵焼き?」
「違くってぇ、あのさぁ、中が柔らかいやつ!」
「え~?何それぇ、ニノわかる?潤ちゃんの言ってるの!」
「あなた、潤ちゃん呼びやめなさいよ!部長なんだよ!」
「え~、いいじゃん。ねぇ潤ちゃん!」
「んふふ、いいよぉ、別に。ニノも呼んでいいし」
「よ・・・・呼べませんよ」

相葉さんも部長も、かなり酔っぱらって盛り上がっていた。

「あれじゃねえの?半熟卵」
「え、半熟卵なんてメニューにあったっけ?」
「なんかねぇ、なんか、味がついてるやつ!さっき食べてたじゃん、智」

今度は智呼び・・・・。
とっつきにくそうに見えるのに、松本部長は話してみると意外なほど気さくだった。

「え、俺食べてた?・・・あ、煮卵かぁ!」
「そうそれ!それ、食べたい!ニノ、頼んで!」
「・・・はいはい。―――すいません!」
「あ、そしたら俺ビール追加しよ。潤は、まだ飲む?」

大野さんもすっかり部長と仲良くなり、2人は肩を組んでぴったり寄り添っていた。

「飲む~。みんなのも~~~」
「・・・って、大丈夫なんですか?部長、明日も仕事ですよ?」
「いいじゃん。ニノ、ケチくさいなあ」
「ケチくさいって・・・」
「ニノ、ケチくさぁい!」
「ふはは、くさぁい!」
「あんたたちまで、調子にのんなよ!」

まったくもう・・・・。

俺は店の人に注文を済ませると、一旦席を立った。

「どこ行くのぉ、ニノ」

目ざとくそれを見つけた部長が、俺を見る。

「トイレです」
「ふは、そっか。行ってらっしゃ~い」
「・・・はい」



どう接していいかわからない。
普段、俺は相手がどんなに目上の人間だろうがご機嫌とりみたいなことはしないし、出世に興味もないから相手に嫌われてもあまり気にしない。
まぁ、争い事は好きじゃないからわざと怒らせるような馬鹿なこともしないけど。
基本、平和主義だから波風立たせないようにする性格なんだ。
だから松本部長ともうまくやろうと思えばやっていけると思う。
でも、なんだろう。
あの人のあの、まるで西洋の彫刻のような整った容姿にビビってる自分がいて。
でも大きな口を開けて思い切り笑う、無邪気な子供みたいなあの人に戸惑って。
どうしていいか、わからない・・・・。

「―――らしくない。俺らしく、適当に可愛く笑ってればいいんだ」

今までだってずっとそうしてきた。
小柄で若く見られることの多い俺は、ニコニコと愛想よく笑っていればかわいらしく見られ、女性社員や上司にも気に入られることができる。
あの人だって・・・・

「あ、ニノ出てきたぁ」
「え・・・部長?」

トイレを出ると、その前の壁に寄りかかるようにして部長が立っていた。
そうして立っている姿も、それはそれは格好がよかった。

「あ・・・どうぞ」
「ありがと」

そして俺たちがすれ違おうとした時―――

「・・・ニノってさ」
「え?」
「俺のこと、嫌い?」
「ええ?」

驚いて部長を振り返ると、部長が俺の方を見てちょっと寂しそうに笑っていた。

「俺と飲んでても、つまんないって顔してる、ずっと」
「そ・・・そんなことないですよ!その・・・部長とは今日が初対面ですし、ちょっと緊張してて・・・」
「緊張?ニノって緊張するタイプに見えないけど」
「しますよ、緊張くらい」
「・・・その敬語もさ、俺たち同い年なんだから、普通に話していいのに」
「いや・・・でも仕事中に友達みたいに話すわけにいかないし・・・」
「今、仕事中じゃないよ?」
「だから、そういう使い分けができないかも―――」
「できるよ。ニノって器用なタイプでしょ?普通に話してよ。普通に・・・名前で呼んで欲しいのに」

本気で寂しそうな、悲しそうな顔をするから、胸がずきんと痛んだ。

「あの・・・・」
「あ、ごめん、別に責めてるわけじゃないんだ」

部長が、はっとしたように俺を見て笑った。

「俺ね、結構人見知りするタイプなんだよ。だから、あの部署になじむまでに時間かかりそうで少し不安だったんだよね。でも、ニノとは仲良くできるんじゃないかって・・・・勝手に思ってたの。ごめん、気にしないで」

そう言って部長はにっこり笑うと、トイレに入ってしまった。

俺はなんとなく重い気持ちのまま、席に戻った。

「あ、ニノ、潤ちゃんに会った?」
「・・・会ったよ。トイレでしょ?」
「うん。あのさ、これ潤ちゃんのスマホなんだけど、さっきから何度もラインが来ててさ」
「あんた、見たの?」
「いや、見ようと思ったわけじゃないけどさ、見えちゃうじゃん、ちょっとだけ。同じ人からみたいだし・・・」

そう言ってちょっと気まずそうに頭をかく相葉さん。

―――何をしでかしたんだよ、もう・・・。

「なんかさ、名前は男の人っぽいんだけど、流れてくるラインがさ・・・・」
「なによ」
「初めはね、『お疲れ。仕事終わった?』だったの。で、次は『まだ仕事中かな』って、で、その後に―――」

―――ずっと見てたのか、この人。

「なんか、『会いたいな』って」
「え・・・」
「で、『潤のことばっかり考えてる』って・・・・」
「え、ちょ、それ・・・・女の人なんじゃないの?名前が男みたいなだけで」
「そ、そうかなあ。だって、表示の名前、『翔』だったよ?」
「翔・・・・翔子、とかじゃなくて?」
「違うよ、だからさ、なんか俺ドキドキしちゃって・・・。潤ちゃんってもしかして・・・・」

「俺がどうかした?」

顔を近づけ小声で話していたため、すぐ後ろに部長が立ったことに気付かなかったのだ。

「うわぁ、潤ちゃん!ビックリさせないでよぉ!」
「あ、ごめん。なんか、俺のこと話してた?」
「あ、うん、いや、その―――」
「ん?」
「あの、部長のスマホが鳴ってたって、相葉さんが―――」
「あ、ほんとに?」

部長が席に戻り、スマホを覗きこむ―――と。
部長の表情が一変した。
スマホを手に取り、じっとそれを見つめる。
驚きの表情が、徐々に嬉しそうに―――
そして微かに頬を染め、目は少し潤んで見えた。
どう見ても、それは恋人からのメッセージを喜ぶ姿そのもので・・・・。

俺と相葉さんはちらりと目を見交わした。

「なに潤、嬉しそうだねぇ。彼女から?」

1人黙々とビールを飲み料理を食べていた大野さんが、唐突に部長のスマホを覗きこんだ。

「うほ、会いたいだってぇ、いいねぇ」
「んふふ・・・でも、彼女じゃないよ」
「え、ちがうのか?・・・あ、『翔』ってことは男かぁ。潤、男と付き合ってんの?」

―――うわぁ、マジか。

一瞬、空気が変わったような気がした。
それはたぶん、俺と相葉さんだけが感じただけなのかもしれないけど。
大野さんはちょっと変わったところがある人だとは思ってたけど。
そんなこと、堂々と本人に聞いちゃうなんて・・・・すごすぎるだろ。

でも部長は驚くことも怒ることもなく―――
ちょっと笑って、こう言ったのだ。

「ううん、今はもう付き合ってない。彼、奥さんがいる人だから、別れた」





N.Yにいると、そんなことも普通になるのだろうか。

あれから俺はすっかり酔いが覚め、妙に盛り上がる大野さんと部長の会話を聞くともなしに聞いていた。
なんせ2人ともべろべろに酔っぱらって声がでかくなっているので、聞きたくなくても聞こえてしまうのだ。
まぁ、ところどころ脱線して意味不明なことも言っていたけれど、要約すると、ざっとこんな感じだ。

彼の名前は櫻井翔さんと言って、N.Y在住の商社マンで、部長の2歳上らしい。
イケメンで、優しくて、バリバリのビジネスマンで超かっこいい彼に、部長は一目ぼれした。
でも告白する勇気がなく、いつも偶然を装って同じレストランで待ち伏せし遠くから見ていたのだが、ある日彼の方から声をかけて来て、信じられないことに彼に告白され、付き合うことになったらしい。
だけど、付き合って半年後に彼が実は結婚していて奥さんがいることを知り、別れようとするが、別れられなかったと。
そのまま3年間彼と付き合っていたが、日本への転勤が急に決まり―――
けじめをつけようと、別れを決心したということだった。

「・・・でも、そんなライン来てるじゃん。彼、別れたと思ってないんじゃないの?」
「相葉くん、見たの?」
「あ!」
「バカ・・・・」
「ふふ、いいけど。置きっぱなしにした俺が悪いし。―――だって、別れ話とかしてないもん」
「ええ?そうなの?なんで?」

相葉さんの言葉に部長は首を傾げる。

「日本に来ちゃえば会えなくなるし・・・・連絡、取らなければ自然消滅的に別れられるかなって・・・・」
「うわ、すげえ消極的!潤ちゃんそれじゃあ相手は別れたと思わないよ!」
「そ、そうかな」
「そうだよ!」
「で、潤、そのラインは?無視した?」
「え・・・返信したよ。今居酒屋さんで飲んでるって・・・」
「「「連絡取ってるじゃん!」」」

思わず俺たち3人の声がはもり、部長が目を丸くする。

「すごい、息ぴったり・・・・」
「そういう問題じゃないでしょ、部長」

思わず溜息をつく。

「だって・・・・せっかく連絡くれたのに」
「だから!それでずっとやり取りしてたら、別れたことにならないじゃないですか!」
「潤、さっき、自然消滅的に別れたいって言ってたじゃん」
「・・・・そうだけど」
「要するに、潤ちゃんは今もその彼のことが好きなんでしょ?」
「・・・・・うん」

頬を染め、こくりと頷く部長に、俺たちは同時に大きく溜息をついたのだった・・・・・。



「部長、ほら、しっかり歩いて!」
「に~のぉ~~~」
「もう、あの2人、さっさと逃げやがって・・・・」

いや、逃げるつもりはなかったのだろうけど。
べろべろに酔っ払った部長をなぜか俺が支えながら4人で店を出ると、ちょうど通ったタクシーを止め、同じ方向へ帰る大野さんと相葉さんが乗り込みさっさと行ってしまった。

残された俺は部長をタクシーで送ろうと、大きな通りへ出たのだけれど―――

「くそ、つかまんねぇなぁ、タクシー」

空車が通らないわけじゃないのだけれど、明らかに泥酔している部長と一緒では、なかなか止まらないのも仕方ない。
かと言って、放って帰るわけにもいかないし。

「ニノんち、どこぉ?」
「は?俺の家はここから歩いて5分くらいのとこですよ。歩いて通えるところがよくて、今の会社選んだようなもんですから」

決して、会社自体に魅力を感じてたわけじゃないのだが、入れるとも思っていなかったので、採用通知が来た時には驚いたものだ。

「じゃ、ニノんちいこぉ」
「は?いや、それは―――」
「俺んち、遠いもーん。ニノんちいきたぁい!」
「いやいや、部長、明日も仕事だし!」
「だぁいじょうぶ!ほら、いこぉ!」

そう言ってふらふら歩きだす部長。

「ちょ、危ないですって!もう・・・ふらっふらじゃないですか!」

俺は仕方なく部長を追いかけ・・・
そのまま、俺の住むマンションへ向かったのだった・・・・・



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