例の『先輩』の話は、結局よくわからないままうやむやになってしまった。
だが、そこに関わるある出来事が、徐々に姿を見せ始めていた―――
「―――潤くん、痩せた?」
最初に気付いたのは和也だった。
楽屋で衣装に着替えた潤を見て言うと、潤が驚いたような顔で振り向いた。
「え―――そ、そんなことないよ」
強気な顔を見せる半面、基本的に嘘が下手な性格なのだ。
「痩せたよ。顎のラインでわかる」
潤が、ぱっと手で顎を隠す。
と、やってしまってから失敗に気付くのだ。
「―――なんで?ダイエットするほど太ってないよね?てか、プロテイン飲んで筋肉つけてたくらいだし」
話を聞いていたメンバーたちも、潤の方を見た。
「別に、ダイエットなんか・・・・・ちょっとここんとこ、朝プロテイン飲むの忘れてただけだよ」
そう言う潤は、誰とも目を合わせようとしない。
メンバーたちがそれぞれ顔を見合わせる。
「―――なんだよ。ダイエットなんかしてねえって」
徐々にイラつき始めた潤を見て、翔が口を開いた。
「まあ、それならいいよ。隠し事はするなよ?」
「わかってるよ」
そう言うと、潤はトイレに行くと言って楽屋を出て行った。
「―――どう思う?」
翔が言うと、雅紀と智がちらりと目を見交わした。
「なんか隠してるよね?あれは」
雅紀が言う。
「でも俺、ニノに言われるまで気付かなかったよ」
と智が言うと、和也は肩をすくめた。
「俺は会うの1週間ぶりだったから。リーダーはここんとこ毎日のように会ってるじゃん。だから逆にわからなかったんだよ。―――それより、リーダーは毎日潤くんに会ってて何か気付かなかったの?」
「何かって?」
「だから、潤くんがなんで痩せようとしてるかってこと」
和也の言葉に智はちょっと首を傾げ考えていたけれど―――
「さあ、特に思い当たることってないけど。いつもの潤だったよ」
それを聞いて、雅紀も頷く。
「俺も気付かなかった。今日もニノに言われるまでわからなかったし」
和也は翔を見た。
ちょっとボーッとしている2人よりはあてになると思ったのだが。
「俺も、潤と会うの1週間ぶりだし、気付かなかったよ。言われて、そういやちょっと痩せたなとは思ったけど。―――とりあえずは様子見ようぜ。まだ何か問題が起きてるってわけでもないし」
「うん―――」
頷きながらも、和也は思った。
―――何か起きてからじゃ遅いんだよな・・・・・
それから1ヶ月。
潤は、見た目にもはっきり分かるほど痩せてきていた。
が、その理由はやはりわからない。
その理由を隠すためなのか、最近の潤はメンバーの家に泊まらず、自分の家へ帰ることが多くなっていた。
それについては、『読みたい本があるから』『家の掃除がしたいから』と、理由を言ってはいたけれど・・・・・
本当の理由でないことくらい、4人にはすぐにわかるのだ。
正面きって聞いても誤魔化されてしまうだろう。
それじゃあどうしたらいいか?
4人で相談した結果、導き出した結論は―――
それは、さらに1ヶ月たったある番組の本番収録中のことだった。
「―――さあ、今日のゲストは誰でしょうか?」
いつものように番組収録が始まり、翔が仕切る。
そしていつものように、メンバーそれぞれがゲストが誰かを予想したあと、翔の掛け声を合図に曲が鳴り出し、扉が開いた―――。
『キャア――――――!!!!!』
黄色い喚声の中現れたのは、事務所の先輩でメンバーたちとも親しい松岡だった。
意外そうな顔の潤に比べ、他のメンバーの反応は薄かった。
全員が松岡に頭を下げて挨拶する中、潤は敏感にいつもと違う空気を感じ取っていた。
「あの―――なんか、みんなあんまり驚いてない気がするんだけど、なんで?」
潤の言葉に4人は顔を見合わせ、そしてほぼ同時に松岡を見た。
松岡が、ちょっと気まずそうに咳払いをする。
「―――潤」
「はい?」
「お前―――ダイエットしてるんだって?」
松岡の言葉に、潤が目を見開く。
「は!?」
「―――潤くん、今体重何キロある?」
そう聞いたのは和也だ。
そして、いつのまにかスタッフが潤の足下に体重計を置いていった。
「これ、どういう―――」
動揺する潤に、松岡がちょっと言いづらそうに切り出した。
「あのなあ、ここ1ヶ月くらい、連日のように俺に電話がかかって来てたんだよ、コイツらから!」
そう言って松岡は、4人のメンバーたちを手で指し示した。
「え―――?」
潤が驚いて4人を見渡す。
「お前が、無理なダイエットしてるんじゃないかって。日に日に痩せてっちまって、今にも倒れそうだって。自分たちが聞いても、潤は理由を話してくれないから、俺に聞き出してほしいってな」
観客席がざわめき出す。
ファンたちもまた、急激に痩せだした潤に気付き始めていたのだ。
「―――潤、体重計に乗ってみろよ」
松岡の言葉に、潤は戸惑い、目の前の体重計を見つめた―――
「俺も今日、久しぶりにお前に会うけどさ。痩せすぎだよ!ガリガリで筋肉まで落ちちゃってんじゃん!」
そう言って松岡は潤の腕を掴んだ。
「―――身長は?いくつだっけ?」
「173・・・・・」
「だったら体重は60はあっていいはずだよな?」
そう言って、松岡は潤の腕を引っ張った。
「ほら、乗ってみ」
しかし、潤はなかなか体重計に乗ろうとしない。
松岡とメンバーたちはじっと潤を見つめる。
「―――潤、お前、コイツらがどんだけ心配してるかわかってるのか?毎日毎日、メールと電話攻撃。しかも4人からだぞ。俺の方が病気になるっつーの!」
松岡の言葉に、観客席からどっと笑い声が上がるが、メンバーたちは笑っていない。
「―――本当は、今日のゲストは俺じゃなかったんだ。けどコイツらの気迫に負けて―――俺も一緒にプロデューサーに頼み込んだよ。お前に口を割らせるには、こうでもしなきゃ無理だってコイツらが言うから―――」
半分呆れたような、それでいて感心したような表情だった。
「―――お前の話も、ちゃんと聞く。けど、コイツらの気持ちもわかってやってくれねえ?とりあえず―――これに乗って」
松岡に再び促され―――
潤は無言のまま、ゆっくりと体重計に乗った・・・・・。
メンバーたちが、体重計を上から覗き込む。
「・・・・・!?」
4人が同時に目を見開く。
「―――おい、どうした?」
松岡の声も聞こえていないかのように、黙って顔を見合わせる4人。
「おい?なんだよ、何キロなんだよ?」
松岡の位置からでは4人が邪魔で見えないのだ。
「おい!俺にも見せろよ!」
また観客席からは笑い声が上がるが、メンバーたちの顔は真剣そのものだ。
「―――キロ」
翔が呟く。
「え?何?」
松岡が聞き返し―――今度は和也が口を開く。
「―――48キロ」
一瞬、静まり返るスタジオ。
次の瞬間、『え――――――!!!』という、悲鳴のような驚きの声が響き渡った・・・・・。
「ちゃんと、説明しろよ」
松岡が、厳しい表情で潤を見据えた。
まさか、そこまで痩せているとは思わなかったのだろう。
服を着ていると、なかなかわからないものだ。
「173cmで48キロって、女だってもっとあるだろうよ。なんだってそんな―――まさか、何かの病気だとかじゃねえよな?」
途端に心配顔になるメンバーたち。
潤は慌てて首を振った。
「違うって!そういうんじゃないよ」
「じゃ、何なんだよ?」
松岡のイライラした言葉に、潤は溜め息をついた。
「―――まだ言わないって約束だったんだ」
ぼそっと呟いた潤の言葉に、5人が顔を見合わせる。
「―――約束って、誰と?」
翔が低い声で聞く。
「それは―――まだ言えない」
「おい、潤!」
いきり立つ松岡を、潤が困ったように見る。
「ごめん、でも―――これだけは、無理なんだ」
「無理って・・・・・潤がこんなに痩せちゃってるのに、それを黙って見てるような人との約束が、そんなに大切?」
智が言う。
静かだが、抑えた怒りを感じるような声だった。
「―――でも、これが条件だから―――」
その言葉に、全員が潤を見る。
「―――条件って、なんだよ?」
松岡の言葉に、はっとして口を手で押さえる潤。
「―――潤、まさかお前、何かヤバイことに手ぇ出してるんじゃ―――」
続けて松岡が言おうとするのを遮るように、和也が潤の肩を掴んだ。
「言えよ!」
「ニノ―――」
「条件って、なんだよ!?俺たちに黙って―――何やってんだよ!」
その、あまりの迫力に、観客たちがざわつき始める。
その空気を感じ取った松岡が、2人の間に割って入る。
「落ち着け、ニノ」
だが、和也は引かなかった。
「冗談じゃねえよ!こんなに痩せて―――!もし―――もしも潤くんが倒れたりしたら、俺たちはどうなる?潤くんがいなくなるなんて―――そんなこと、絶対考えられない!あり得ないんだよ!」
シンと静まり返るスタジオ。
和也の荒い息遣いだけが、妙に大きく聞こえていた。
「―――わかったよ」
潤が、和也を真っ直ぐに見つめた。
「今はまだ、全部は話せない。だけど、4人には絶対ちゃんと話せるようにするから。だから今は―――これから話すことを聞いて、納得してほしい」
「―――納得するかどうかは、話を聞いてから、コイツらが決めることだろ?」
松岡の落ち着いた声に、潤は肩をすくめた。
「わかってる―――。まずはね・・・・・俺が痩せたのは、ある仕事のためだよ」
「仕事?」
翔が眉をひそめた。
「ある人からその仕事の話を聞いて―――覚えてるかな。相葉君の家に行ったとき、俺の携帯に電話がかかってきたの。俺、その時『高校の先輩から』って説明したと思うけど」
潤に言われ、雅紀がはっとする。
「あの時の―――!」
話を聞いていた他の3人も、それに思い当たる。
潤がまた口を開いた。
「ごめん、高校の先輩っていうのはウソ。前に仕事で関わったことのある人からの電話だったんだ。その人の話を聞いて、やってみたいと思った。すごくおもしろそうだと思ったから。それで、まずは社長に相談したんだ」
「社長に?」
松岡が驚いて聞き返す。
「うん。社長は、わかってくれたよ。ただし、まわりに迷惑だけはかけるなって言われた」
それまで黙っていた雅紀が、口を開いた。
「―――その『仕事』は、そんなに痩せなくちゃダメなの?」
「痩せろとか言われたわけじゃないよ。ただ、目指してほしいって言われたんだ」
なぜかちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめる潤。
「目指す?何を?」
不思議そうに聞き返す雅紀。
潤が、小さな声で呟いた。
「―――スーパーモデル」
「―――スーパーモデル!?」
「でかい声で言うなよ!恥ずかしいから!」
雅紀を睨みつける潤だったけれど。
潤を見ながら、5人は思った。
―――小さい声で言っても結果は同じだろ。これ、テレビだし・・・・・。