『―――潤が悪いんだよ。天使みたいな顔するから』

 


智は言った。

 

『天使の罪だ』

 

と・・・・・


 

「昨日のテレビみたよ!あんたたちってホントに仲良いよねー!」


ドラマの撮影現場で先輩の女優にそう言われ、和也は曖昧に笑った。


あの時の収録の回が放送され、もう何度か同じことを言われていた。


本当に実に上手く編集されていて、メンバーが潤にキスするところなども、木村に乗せられていきおいでしているように見えた。


それはそれでよかったとは思っていた。


いくらなんでも同じグループの1人をメンバー全員が好きだなんて事実、世間に受け入れられるとは思っていなかった。


そんなことよりも、和也にはもっと気になっていることがあった。


あの日のオンエアを何度見ても、智と潤の間にある特別な空気を感じずにはいられないのだ。


グループ内の最年長と最年少。


性格も外見も一見正反対な2人だが、なぜか相性はいいようでコンサートなどでの絡みも多く、その様子はまるで恋人同志のようだとファンの間でも評判だった。


智の気持ちはずっと前から知っていた。


ずっと潤を思い続けてきた。


それは和也も同じで、お互い牽制しあいながらも、同志のような気持ちがあったのだ。


だが、あの日潤が智を選んだことで、和也の中で焦りが出ていた。


和也と潤は同い年で一緒に飲みに行ったりすることも多い。


お互いの家に泊まりに行くこともあるし、同い年ならではという感じで、仕事のことだけじゃなく、私生活のことでも本音で話ができる。


そういう意味でも潤とは近い存在だと思っていたのだ。


だけど、もしかしたら。


潤にとって和也は、それほど特別な存在ではないのかもしれないと、不安に感じ始めていた―――。

 

その日の撮影が終わったのはすでに日付が変わったころだった。


撮影はNGもなくスムーズに終わったのだが、和也は何となく気分がスッキリしなかった。


原因はわかっている。


今日は一度も潤と会ってないし、話もしていない。


思い浮かぶのは潤の屈託ない笑顔ばかり。


―――会いたいな・・・・・


一度溢れ出た想いは止められなかった。


携帯を取りだし、潤にかける。


1回、2回―――


『―――もしもし』


「―――え?」


潤じゃない。


聞き覚えのあるこの声は―――


『ニノ?』


「旬!?なんでお前―――」


電話に出たのは、俳優の旬だった。


和也とも何度か共演しているが、潤とはプライベートでも仲がいいことで有名だった。


『ああ、今日潤と飲んでてさ』


「ふーん。で?」


『本当はもう一軒行こうって言ってたんだけどさ。潤、具合悪くなっちゃったみたいで』


その言葉に、和也は携帯を握り直す。


「は?何それ」


『熱があるっぽい。店出たとたんフラフラして。最初は酔ってるだけかと思ったんだけど、触ったらなんか熱くて』


「で―――」


『タクシー捕まえて、家まで送ってきた。今、ちょうど着いてベッドに寝かせたところ』


「で、具合は?今寝てんの?」


『うん、寝てる。計ってないけど、すげえ熱いし、薬とか飲ませた方がいいかな?』


「いや、寝てるなら寝かせといたほうがいいだろ。俺、今から行こうか?」


和也の言葉に、なぜか旬が一瞬黙る。


『―――いや、俺明日、仕事午後からだし、ついてられるけど』


「―――俺も午後から。てか、夜からだから、いいよ、俺行くから」


何となく、胸騒ぎがした。


旬は1年前にモデルの女性と結婚している。


だから、心配する必要などないはずなのだけれど。

 


和也は電話を切ると直ぐにタクシーを呼び、潤の家へ向かった。

 


30分程で潤のマンションに着いた和也。


インターホンを押して扉が開くのをイライラしながら待つ。

 


ようやく扉が開き、旬が顔を出す。


「―――早かったね」


―――何でちょっとガッカリしてんだよ。


心の中で突っ込みつつ、和也は中に入った。


「―――潤くんは?」


「寝てるよ。なんか飲む?」


まるで自分の家にいるかのように部屋へ入って行く旬。


そんな旬にちょっとイラつきながらも、和也は潤の寝ている寝室をそっと覗く。


「―――いいよ、俺は何もいらない。後は俺が見てるから、帰っていいよ」


その言葉に、旬が苦笑する。


「―――お前、あからさまに邪魔にすんなよ」


「別に、そういうわけじゃ・・・・・」


「いいけど。残ってるコーヒーだけ飲んでっていい?」


そう言って、旬はテーブルの上に置いてあったマグカップを手に取った。


「―――うん」


ちょっとばつの悪い思いを感じながらも頷き、旬の向かい側に座る和也。


同年代の旬とは、和也もそれなりに友達づきあいをしているけれど、そこまで親しいわけではない。


だが潤とはお互いを親友と呼ぶ程仲が良かった。


それこそ、メンバーたちが嫉妬するほど頻繁に会っている2人。


―――この間の放送、見てたかな。


旬があれを見てどう思ったのか、何となく気になった。


「―――さっきさ、潤の声が聞こえて、起きたのかと思って見に行ったら寝言だったみたいなんだよね」


「―――へえ」


「でもなんか気になって、しばらく潤の様子見てたんだ。で、思ったんだけど」


そこで一旦言葉を切る旬。


ちらりと和也を見て、ふっと笑う。


―――なんだ?


「寝てるときのあいつってさ―――やばいくらいきれいで、ちょっとびびった」


「―――!!」


思わず目を見開く和也。


「気付いたら超見惚れちゃってて。そんで、あいつの唇、触りそうになってた」


そう言って可笑しそうに笑う旬。


が、もちろん和也はそれどころではなくて。

 


『ガタンッ―――』


気付けば、椅子を蹴って立ち上がっていた。


「―――大きい音たてると、潤が起きるよ」


冷静に旬に言われ、和也ははっとして口元を押さえた。


「―――ニノがそんな風に動揺するの、初めて見た。やっぱ、そうなんだ」


「―――何が」


「別に。」


核心に触れそうで触れない旬。


気持ちを見透かされているようで、和也は妙な居心地の悪さを感じていた。


「―――結婚なんて、しなけりゃ良かったなあ」


唐突にそう言った旬を、訝しげに見る和也。


「潤てさ、結構遠慮すんだよな。時間気にしたり、家に呼んでも来なかったりさ。彼女とだって友達なんだし、遠慮なんかいらねえのに」


ため息をつく旬は、どうやら本気で落ち込んでいるようだった。


「―――俺、彼女といるより、潤といるほうが好きかも」


「―――それ、どういう意味?」


和也の問いに、旬はちらりと視線だけを向け。


「―――さあ?」


と言って、微かに笑った・・・・・。


 

「なんなんだよ、あいつは―――」


旬が帰ると、和也は大きなため息をつきつつ頭を掻いた。


寝室の扉をちらりと見て、さっきの旬の言葉を思い出す。

 

―――あいつの唇に、触りたくなった―――


和也を挑発しようとしたのかもしれない。


でも、あの時の旬の目を思い出すと、それだけではない気がする。


―――本気、なのか・・・・・?

 


和也はゆっくりと立ち上がると、隣の寝室の扉を開けた。


ベッドの上では、潤が静かな寝息をたてている。


そっと近づき、ベッドの横に膝をつく。


―――寝顔が、やばいくらいきれいで、びびった―――。


旬の言葉が甦る。


―――そんなこと、知ってる。


それこそ、潤とは子どものころからの付き合いだ。


潤の寝顔は、いつだって天使のように可愛い。


その寝顔を見られることは和也にとって大きな幸せなのだ。

 


微かに口を開け、熱のせいか頬が少し上気しているのが妙に色っぽい。


そっと額に触れてみる。


―――まだ熱い。


明日の潤の仕事は、確か夕方からだった気がする。


それまでに下がるだろうか?


潤のことだから熱があっても仕事に穴をあけるようなことはしないだろう。


和也はそれが心配だった。


無理して、もっと具合が悪くなったらどうする?


―――大丈夫だよ。俺、鍛えてるもん。


そう言って屈託なく笑うのだ。


天使のように―――

 


「ん・・・・・」


潤の瞼が、微かに震えた。

 

ゆっくりと、潤が目を覚ます。


「――――――ニノ・・・・・?」


大きな瞳が和也を捉え、その名を呼ぶ。


「熱、出したって聞いて。どう?気分は」


「え・・・・・うん、大丈夫・・・・。聞いたって誰に?」


目を瞬かせる潤。


「旬だよ。一緒に飲んでたんだろ?」


「旬―――ああ、そういえば。やべえな、俺全然覚えてねえや。一緒に飲みに行ったことは覚えてるけど、その後のことが―――」


「具合、悪かったんじゃねえの?」


「うーん、ちょっとだるかった気はするけど・・・・・けどなんで旬がニノに?」


「ああ・・・・・俺がお前の携帯に電話したんだよ。一緒に飲もうかと思って・・・・」


「あ、そうなんだ。で、それに旬が出たわけだ。そっか。ゴメン、せっかくかけてくれたのに。旬にも悪いことしたなあ」


申し訳なさそうに言う潤に、和也は笑顔を見せた。


「気にしなくていいよ。飲みに行くのはいつでも行けるし。それより、潤くんの体のほうが心配だよ」


和也の言葉に、潤は笑った。


「大丈夫だよ、俺は。ニノは、意外と心配性だよね」


「それは―――潤くんがいつも無理するから」


そう言ってから、ふと和也は真顔になり、潤の顔を覗き込んだ。


「―――好きだから、心配するに決まってるだろ?」


 

和也のストレートな言葉に、潤が一瞬呆けた顔をする。


「と―――突然、何言ってるんだよ?」


「突然じゃないよ。いつもそう思ってる。潤くんは鈍いんだよ」


「な―――なんだよ、それ」


潤が思わずがばっと上半身を起こす。


とたんに、目眩に襲われる。


「潤くん!」


うしろに倒れそうになったところで、和也の腕が潤の肩を掴む。


「―――おとなしくしてなよ」


「ニノが変なこと言うから」


「変じゃないって。この間も言ったけど、俺らはいつも潤くんのこと、考えてるんだから。―――少しは、警戒心ってものをもってよ」


言われた言葉に、潤が顔をしかめる。


「警戒心?何を警戒すんの?」


「―――だから、相手が男だからって安心するなってこと!」


「―――はあ?」


「たとえ潤くんが親友だと思ってても相手はちがうかもしれないじゃん。寝てるとこ襲われたらどうすんの?」


「それ―――旬のこと?あいつはだって、結婚してるし、今までだって―――」


「急にムラムラくるかもしれないじゃん」


「旬がぁ!?」


潤がすっとんきょうな声を出したかと思うと、げらげらと笑い出した。


「あり得ねえ!つーかさすがに気持ちわりいよ」


その潤の言葉に、和也がピクリと震える。


「―――気持ち、悪い・・・・・?」


「だって、旬を恋愛対象としてとか、考えらんねえもん」


胸が、ズキズキと痛かった。


「親友だとは思ってるけど、恋愛関係とかはないでしょ」

 

―――それは、男だから?

 

「ニノ?どうかした?」

 

―――だったら俺も、気持ち悪い?

 

「おい?ニノってば?お前―――顔色悪いよ?お前こそ具合悪いんじゃないの?」


潤が手を伸ばし、和也の額に触れようとする。


「!!」


和也は、反射的にその手を振り払ってしまった。


潤がポカンとして和也を見る。


「ニノ・・・・・?」


その声にはっとして、和也は立ち上がった。


「ゴメン―――俺、帰る」


「―――え?おい―――」


潤が和也を追うようにベッドから出ようとするが、和也は潤に背を向け行こうとする。

 


「待てよ!カズ!」


その呼び方にドキッとして、思わず立ち止まる。


が、追いかけてこようとした潤のほうが、足をもつれさせ、ベッドからでたところで、倒れてしまう。


「潤くん!」


あわてて潤の方を向いた和也の手を、潤の手が掴む。


「!」

 

「―――捕まえた」


 

真っ直ぐに和也を見つめる潤の瞳に、和也は動けなくなる。


「―――ちゃんと、説明してよ。俺、なんかした?ニノのこと、傷つけるようなこと・・・・・もし何か言ったなら謝るから。言ってくれないとわからないよ。俺、鈍いから」


「―――俺、気持ち悪い?」


和也の言葉に、潤は目を瞬かせる。


「―――は?」


「さっき―――、旬のこと、恋愛関係とか気持ち悪いって言ったじゃん」


「言ったけど、それは旬のことで―――」


「男だから気持ち悪いんじゃないの?」


その言葉に、潤がはっとする。

 

「ニノ、だから―――?」


「俺のことも、気持ち悪いのかなって・・・・・」


うつむく和也。


潤はそんな和也をじっと見ていたけれど。


「―――ばっかじゃねえの」


「な―――」


顔を上げた和也は、潤の真剣な目にぶつかりはっとする。


「俺が、メンバーのこと―――ニノのこと、気持ち悪いと思うはずないじゃん」


「だって―――」


「旬や外の男たちと、メンバーは全然違うよ。ニノだってそうじゃない?」


「俺は―――」


「恋愛感情とかそういうの抜きにしてもさ、メンバーたちとは男女の垣根ってない気がする―――って、俺もこないだの収録のときに気づいたんだけどね」


無邪気に笑う潤に、和也はちょっと考えてから口を開いた。


「俺は、違う。メンバーのことは家族みたいに大切に思ってるけど、やっぱり恋愛感情は持てない。そんな風に思えるのは―――潤くんだけだよ」


和也の言葉に、潤の頬が微かに染まった。


「―――あんまりストレートに言われると、反応に困る。前はそうじゃなかったよね?」


「だって、もう隠す必要ないじゃん。それでも―――あんまり潤くんを困らせないようにしようとは思ってるよ。嫌われたくないし」


そう言って拗ねたように口を尖らせる和也。


それを見て、潤はちょっと目を瞬かせてからふっと笑った。


「―――何?」


怪訝そうな和也。


くすくす笑いながら潤が言った。


「同じようなこと―――智も言ってたなあと思ってさ。嫌われたくないって―――」


和也の眉がぴくりと吊り上がる。


―――智?


潤が智を名前で呼ぶことは時々あるけれど。


今までとは、どこか違う気がした。


まるで、恋人の名前を呼ぶように、その響きは甘い気がした・・・・・。


「潤くん―――」


「ん?」


潤が和也の顔を見る。


その時。


和也が、素早く潤にキスをした。