195年2日
年が明けて195年になり、あたしはローゼル近衛騎士隊の一員になった。
着任式は国王直属の騎士隊なだけあって、やはりとても堅苦しいものだった。
メリンダ女王陛下……
デフロット殿下のお母様で、現エルネア王国の国王……
ローゼル近衛騎士隊の重鎮達の背後、一番後ろに控えているあたしは、彼等の背の間から覗き見た。
メリンダ女王は、大きな青い瞳が印象的な可愛らしい顔立ちだけど、聡明で深沈厚重な国王の風格を持った人だった。
隊長の一声を合図に皆が一斉に敬礼する。あたしは慌てて後に続いた。
『エルネアの常識を押し付ける事は出来ないよ』
デフロット殿下はそう言ってくれたけど、隊員の国王に対する忠誠心の高さに、ただただ圧倒される。
うまく馴染めるだろうか……
***
「はぁ〜……やっと終わった」
着任式が終わって気が抜けたあたしは、その場にへたり込んでしまった。
「そんな所に座ると、スカートが汚れてしまうわよ」
くすくすと笑う声に振り向けば、さっき騎士隊の重鎮達の間から覗き見たメリンダ女王があたしの目の前に立っていた。
「女王陛下っ!?」
「そんなに堅くならないで。あたし、あまり堅苦しいのは好きじゃないのよ」
「は、はぁ……」
こんな時、どんな反応をすれば良いのか分からなくなる。
エルネア王国は君主制だけれど、あまり王族と国民の間に隔たりがない。気が合えば、王様とも友人になれるし、親友にもなれる。
「デフロットから聞いたわよ、面白い子が騎士隊に入ったって。それってあなたの事でしょ?」
「さぁ……どうでしょう。面白いかどうかは、自分じゃ分かりませんし……」
「ふふ……そうよね。自分が面白いかどうかなんて、自分じゃ分からないもの……でもね、」
陛下は目を細めてあたしを見つめた。
「ずっと、この国にいるあたし達からしたら、他国(よそ)からの移住者はとても興味深い存在なのよ」
「そんなものですか?」
「ええ、とても……」
そう言って空を見上げた陛下の目は、ここではない何処かを見つめているようだ。
エルネアは観光で訪れる人は多いが、移住する人は少ない。それはあちこちで現れる魔獣のせいかもしれない。
「あなたには期待しているわ、代わり映えのないこの国に、新しい風を吹かせてくれる事を……」
***
5日から、ローゼル近衛騎士隊のトーナメントが始まった。この試合で来年の順位を決めるのだ。優勝すれば隊長、負けが続けばローゼル騎士隊を解雇される。
隊長の言葉通り、ローゼル近衛騎士隊は実力主義の精鋭部隊だ。隊長であるカサードさん自身、銃を愛用する異色の騎士だ。
騎士なのに銃使いなんて、邪道と言われるかもしれないけれど……
剣士が多い騎士隊の中を勝ち進むには、銃装備はとても有効な手段だ。カサードさんは、騎士のプライドや伝統なんていう枠に囚われない合理的な性格なのだろう。
やはり、騎士隊の隊長を務めるだけあるな……他にはどんな人がいるんだろう
王道を行く騎士達の中にも、きっと強い人が沢山いるに違いない。
「ふふふ……」
思わず笑い声が漏れてしまい、あたしは慌てて口許を隠した。
「すみません」
いけないいけない。熱くなってしまう所だった……試合を観戦している他の隊員に変な目で見られてしまった。
***
仲良しのフランに誘われて、一緒にランチを食べに行った。家族団欒も良いけど、友達とお喋りしながら食べるのも、やっぱり良いわねぇ……
「レライエさん……わたくし、レライエさんといるととても楽しいんですが、レライエさんはわたくしの事どう思っていますか?」
突然、フランが神妙な面持ちで口を開いた。
「どうしたのフラン?告白じゃないんだし、そんなに緊張しないで。あたしはフランの事、親友だと思ってるよ」
フランはあどけない笑顔を見せた。
この歳で農場管理官になってるからすっかり忘れてたけど、彼女は、あたしがこの国に移住して来た時はまだ学生だった。
右も左も分からないあたしに色々と教えてくれたっけ
今思えば、その頃から既にしっかりしていたのだろう。成人して3年目にして農場管理官だ。
「あたしもだよ。ずっとフランとご飯食べに行きたいって思ってたんだ」
「誘ってくれれば良かったのに」
「フランも成人したばっかだったし、いろいろと忙しいだろうと思って♪」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ……いるんでしょ、か・れ・し♡」
「そ、それは……」
フランは顔を真っ赤にして俯いた。図星のようだ。
「若いって、いいわねぇ〜……あたしにもそんな時があったなぁ」
「レライエさんは、旦那さんのどういう所を好きになったんですか?」
「聞きたい?聞きたい!?……あれは、お互い一目惚れだったのよ〜♡ビビッときたっていうのかな」
「は、はぁ……」
***
「あ〜楽しかった!!やっぱり美味しいものを食べながら話すのは最高ね!……また誘ってよ!あたしも誘うから」
フランも隅に置けないわねぇ、お相手がまさかあのレッラ王子とは……
フランのお父さんは寂しそうだけど、メリンダ女王も他の皆もとても嬉しそうだった。もちろん、あたしも……
おめでとう、フラン!
***
おめでたい事は続くもので、12日にはうちの家に2人目が産まれた。
「可愛い!この子の目、ジーノにそっくりね」
「ほんとだな、髪も肌の色も俺にそっくりだ……美人になれよ、ルサルカ」
「へぇ……フランクさんは、以前住んでいた国では剣士だったって聞いたけど……違うんだ?」
チェスロックさんは、挑発するようにあたしの銃に目をやった。
「誰にそれを……まぁ、いいわ。あたし、色んな武器を試したくなっちゃったの」
「ふーん……うちの隊長と一緒で浮気性だねぇ……剣士のプライドはないって事かい。あたしは、そういうのが一番嫌いなのよ」
「それなら……試合で決着を付けましょうよ」
「望むところだよ」
試合は武器の相性も相まってあたしが勝利した。
「この、卑怯者……そんなので勝って悔しくないのかい?」
「……全然」
今更何を言っても既に決着はついている。あたしには剣士である事以上に、勝つ事の方が重要だ。
試合は勝敗を競うものではあるが、それ以上に有事に備えて腕を磨く機会だとあたしは思っている。
魔獣や他国が攻めてきた時、小さなプライドにばかり拘っていて住民や国を守れるんだろうか……
その後もあたしは勝ち進み……
ついに隊長のカサードさんとも一戦を交えた。
「君が噂の新人さんか」
「噂……?」
「あぁ、相手の武器によって装備を変えるって噂になってるよ」
「隊長だってそうじゃないですか?」
「僕は昔から銃使いだからね」
隊長は銃を愛用しているが、あたしほど浮気性ではないようだ。
「魔銃師にはならなかったんですね」
「探索は苦手だからね、こっちの方が性に合ってる。君こそ剣士だったって聞いてるけど、慣れない斧なんて使いこなせるの?」
「それは……試合で確かめて下さい」
「驚いた、正直こんなに斧を使いこなせるなんて思わなかったよ。おめでとう、君の勝ちだ」
「ありがとうございます」
隊長は褒めてくれたけれど、武器の熟練度はあまり関係ない。この国では基本能力よりも、武器の相性が勝敗を左右するようだ。
「これからは優勝するのが難しくなりそうだな」
そう言った隊長の顔はどこか嬉しそうに見えた。
そして、あたしは決勝戦も勝ち上がり優勝した。
試合を終えて思った事だが、エルネアでは先制を取った者が試合を制するということだ。
エルネアの試合はターン制だ。
自分のターンのうちにどれくらい対戦相手にダメージを与えられるかが勝利の鍵になる。
そして相手の武器に強い武器を装備していれば、それだけ与えるダメージも大きくなる。
誰も怪我しない公平な試合の方法ではあるけど……
何だかつまんない
能力が同じくらいなら先制を取った時点で勝利がほぼ確定する。
プルトにいた頃のリアルタイムな戦闘が恋しいなぁ……
これで良かったかな?……
決勝戦の始まる前に、もし優勝したならばこうしろとジーノから口酸っぱく言われたのだ。
それにしても、この後あたしはローゼル近衛騎士隊の騎士隊長とかになっちゃうんだろうか。
陛下も「ローゼル近衛騎士隊を負って立つ」って言ってたし……
そういう事は考えた事がなかった。プルトでのあたしの立ち位置は『コークナァム継承権1位』で、未来のコークナァムになる事が決まっていた。
それはつまり、他の未来は選べないという事。
あたしは強い人と戦えればそれで満足だったから、その先を考えようとはしなかった。
いやー……あたしが騎士隊長って……まとまるのかな、騎士隊……
剣一筋の隊員達の怒った顔が目に浮かぶ。
これは、先行き不安だ……
196年
時が経つのは早いもので、長男のルネがナトルの学舎に入学した。
エルネアの子供達は3歳から5歳までの3年間をここで学び、6歳になる年に成人するのだ。
「大きくなったら、バグウェルになるよ!」
入学した息子は小さい頃から同じ夢を抱いている。
あたしもジーノも騎士隊に所属しているけれど、ルネはどんな道を選ぶんだろう。何にせよ、本人が選んだ道ならあたしは口出ししないつもりだ。
「大きくなったらポト芋になるよ!」
たまにバグウェルからお芋になるのがとても心配だ。自分に嫌悪感を抱くお年頃なのかもしれないけれど、龍もお芋も人間ですらない。
成人後はせめて龍のように強い人間で手を打ってくれないだろうか。
***
5日は今年初めての試合があった。隊長の初仕事とも言える。いわゆる”洗礼の儀式“だ。
まさか、あたしがジーノにそれをする事になるとは思わなかったけれど……
選抜トーナメントの準優勝者は、入隊後すぐに騎士隊長にボコボコにされる洗礼を受ける事になるのだ。
「レライエ、全然手加減しないんだもんな。殺されるかと思ったよ」
「もう、ジーノったら何言ってるの。あたしは、入隊して浮かれてるジーノに気合を入れてあげただけよ。ジーノは準優勝で入ったんだから、ボサッとしてたらクビになっちゃうよ」
「はいはい、騎士隊長様の言う通りですよ……レライエ、良い顔するようになったな」
「そうかな?」
「なんか憑物が取れたみたいだ。この仕事がすごく好きって感じが伝わってくるよ」
「そ、それは、まあ……」
ジーノの言う通りあたしはこの仕事が好きだ。プルトに居た時のように、またこうして強い人と戦う事が出来るのだから。
だけど、それを認めてしまうのは勝手にエントリーしたジーノを許す事になりそうで気にくわない。
「ほらな、やっぱり選抜トーナメントにエントリーしといて良かっただろ?」
ジーノはしたり顔であたしを見た。まるであたしの心が読めているかのようだ。
「で、でも本人の許可を取らなかったのはどうかと思うけど」
く、苦しい!
この切り返しは苦しい。分かっていても言い返さずにはいられない。あたしのささやかな抵抗だ。
「結果オーライだろ」
「な、なんですってー!?」
試合終了。あたしのカウンターは決まらず、ジーノに一本取られてしまった。
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娘のルサルカが1歳の誕生日を迎えた。どうやら容姿は全てジーノ似みたい。
「ルサルカ、ちょっとおしゃれしてみない?」
「おしゃれ?するする〜♪」
「左右対称が美人の条件なのよ!眉毛整えてあげるね♪ついでにお口もちょこっと変えちゃうね♪」
「わーい♪」
「こんな感じでどうかな?」
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「うわぁ〜可愛い♡」
「気に入ってもらえて良かったよ」
エルネアって整形大国なのね。お店でこんなコスメが売ってたら絶対買っちゃうよね。
プルトは整形どころか髪の毛一本も変えられなかったけれど……
そんなの髪の毛が伸び過ぎてフォモスみたいになっちゃうよ!って言われそうだけど、残念ながらプルト国民は髪の毛が伸びないのだ!
……というのは冗談で、髪の毛は切っているんだけど髪型を変える事はない。そう考えればエルネアはかなり自由な国だよね。
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今年の試合は今のところ順調に勝ち進んではいるが、武器の相性にだけ頼ってはいられない。確実に勝つためには3Sのカンストは必至だ。
とは言っても騎士隊や魔銃師は魔獣の討伐も仕事の一つだから、仕事をこなしていれば自然とレベルも上がってくる。まさに一石二鳥だ。
水没とか炎獄がレベル上げには効率的なんだろうけど、先ずは昔からあるダンジョンの討伐に力を入れたい。
「水没や炎獄はカンストしてからのご褒美にしておこう♡」
そんな事を思いながら、あたしは今日も明日も魔獣を狩る。
このままでは隊員に示しがつかない。
やはり騎士隊でのあたしの評判はあまり良いものではなかった。ぽっと出の若者に、しかも余所者ともなれば更に印象が悪い。
その上、勝つためなら手段は選ばず、剣でも銃でも装備する。節操の無い人間だと思われても仕方ない。
だからこそ、敢えて一般的な騎士隊員が挑戦出来るダンジョンで、カンストを目指したい。
ジーノのお姉さんと友達になった。こっちには親類もいないし、お義姉さんは年も近いし仲良くしたいと思ってたんだよね。
デイジーにはランチに誘われたけど、決勝戦があったのでランチは持ち越しに……
丁度この頃、3人目を妊娠している事が分かった。
来年の収穫祭が出産予定日だ。うちには男の子も女の子も1人ずついるから、特にどっちが欲しいというのはない。
元気に生まれてきてくれるのが一番の願いだ。
***
ローゼル近衛騎士隊は実力主義の精鋭部隊だ。口よりも試合で決着をつけるのが武術職のセオリーだろう。
今年も試合を挑んでくる隊員達を力で捻じ伏せに全勝し、来年も隊長を続投する事が決まった。
そして……
なんと、来年のソレイダ評議会の議長にも選出された。
「王国民の代表として余の独善を正し、施政を支えてくれることを期待する」
そう言ってメリンダ女王は目を細めてあたしを見た。一瞬だけ、微笑んだようにも見えた。
プルト征服を目論んだマリスの子孫が、エルネア王国の評議会議長ね……
あたしにこの仕事が回ってくるということは、公平な判断が出来ると思われたのだろうか。それとも、そうなる事に期待する……ということか。
あたしの曽祖父の曽祖母マリスは、あたしと同じように武術組織の長を勤めていた。サイファ評議会の議長選挙にも出馬した事があるそうだ。結果はもちろん落選。投票したのは数名ほどだったと聞いている。
エルネアとプルトでは評議会議長の役割が違う……
分かっていても、変な因縁を感じずにはいられない。
あたしは、マリスみたいになったりはしない……あたしはあいつとは違う。
手の平に嫌な汗が滲んだ。