193年21日
エルネア王国にも、プルトと同じように龍バグウェルと闘う風習があるみたい。
思いがけない所で共通点を見つけて、あんなに疎ましく思っているはずの故郷を思い出したり、エルネア王国に親近感が湧いたりして胸がドキドキした。
「エルネア杯も凄いだろ!? 故郷のDD杯には敵わないかもしれないけど……」
一緒に試合を観戦していたジーノが興奮気味に聞いてくる。
「そんな事ないよ、やっぱりバグウェルとの試合はどこで見ても迫力あるね! しかも、優勝しちゃうなんて……プルトでも優勝するのは難しかったから、やっぱり興奮するね!」
こんな時には嫌でも、曽祖父の曽祖母マリス・フランクの事が頭をよぎってしまう。
プルト征服を目指していただけあって、彼女の力は相当なものだったらしい。
他の大会はもちろんの事、DD杯でもいつもバグウェルを破って優勝していたと伝え聞いている。
「いいな、俺もいつかあそこに立ちたいな」
「武術職についたら良いじゃない」
「そうだな! 遺跡に籠るのは嫌だし、やっぱり実戦は大事だからローゼル近衛騎士隊かな」
ローゼル近衛騎士隊と言えば、国王を護衛する国王直属の騎士隊だ。
国王に忠誠を誓い、国を守る為日々鍛錬に励む……
プルトには王がいないから今一つピンとこない
この国は国民と王族が気さくに話しているけれど、国民に全く忠誠心がないという訳ではなさそうだ。
ローゼル近衛騎士隊はもちろん、山岳兵やガルフィン魔銃師会も高い忠誠心を持っている事が開会式を見ていても分かった。
「レライエはさ、龍騎士目指さないのか?」
「えっ……、あたしが……?」
「そうそう、移住者だからってエルネア杯出られないわけじゃないんだし」
「いや〜、あたしはいいよ……」
せっかくガツガツした争い毎から離れられたのに、自分から燃え盛る炎の中に飛び込んで行くような事はしたくない。
あたしはオレンジ色のスカートをぎゅっと握りしめた。
「まぁ、レライエは働き者だしな……農場管理官は給料良いから辞めるのは勿体無いよな。おかげで俺も楽させてもらってるし」
「もう! ジーノもちゃんと働いてよね! ルネだって産まれたんだから」
今年からあたしは農場管理官の仕事についている。
特に頑張って仕事をしていた訳でもないけど、1日に突然お声が掛かって、このオレンジ色の制服を支給されたのだ。
「そうだよな……ルネも産まれたし……やっぱり俺、近衛兵に志願するよ」
「応援するよ、頑張って!」
ジーノにも少しは父親の自覚が芽生えてきたようだ。
今年の15日にあたしとジーノの赤ちゃんが生まれた。
あたしに息子が出来るなんて想像した事もないし、子供なんて好きになれないと思っていたけど自分の子供は思った以上に可愛かった。
大好きなジーノと、可愛いルネと一緒にいられて今とても幸せよ……
あたしの夢はね、畑で採れた野菜や川で釣った魚で美味しい料理を作るの
そして、仕事から帰って来たジーノに「お帰り」って言って笑顔で出迎えることなの
可愛いルネにも、いつか反抗期が訪れるかもしれないけれど
きっと大丈夫……
ここにはあたしの幸せを脅かせる物は何もない。
「えっ!? レライエ、ブラウンさんのギブル買ってたの? しかも、999個って……勝つ事分かってたの? それとも……何か、した……?」
「いやね、ジーノったら! あたしが何かするわけないでしょ……こんなの武器の相性を考えれば何となく予想がつくじゃない」
「いや……予想って……普通、そんなに上手く行かないよ……君っていったい……」
「あたしはただの旅人よ」
そう、あたしはプルト共和国からやって来たただの旅人……
だから
エルネア王国でただの国民として、普通に年老いて普通に死ぬの……
それが、あたしの幸せなの
194年8日
エルネア王国に帰化して3年目の春がやってきた。春の締めくくりは8日の「収穫祭」だ。
その昔ーー
エルネア王国が飢饉に見舞われた時、マトラを食べて窮地を凌いだのだとか……
細かい事は良く分からないけれど、今日は豊穣の女神フェルタやその他の神様に豊かな実りへの感謝を捧げるお祭りらしい。
ウィアラの酒場ではおみくじ付きのマトラ定食が振舞われ、噴水広場では農場管理官から選ばれた人がこの日限定でお店を開いてる。
帰化してようやくこの国に慣れてきたあたしは、今年初めてウィアラのマトラ定食を食べに行った。
「実は近衛騎士に向いてるかも?」
「実は山岳兵に向いてるかも?」
……えっ……えぇっ!?
占いの結果に、思わずドキリとした。
確かに、うちの家系は先祖代々武術に秀でた人物が多いかもしれないけれど……
山岳兵はもう結婚してるから有り得ないし、近衛騎士は……
近衛騎士は……
数日前ーー
「ちょ、ちょっと! これどういう事!?」
私水着なんですけどー!! せめて着替えさせて〜
夕一刻、エントリーした覚えもない騎兵の選抜トーナメントにお呼ばれした。
「いや……バグウェル戦を観戦してる時のレライエの生き生きとした顔が忘れられなくて……それに、当選ギブルを当てた洞察力と言い、君は農場管理官にしておくには勿体無い」
「ジーノ!! 何を勝手にっ!!」
「準備は良いかな? フランクさん」
前を見れば既に対戦相手は来ていて、審判を務める近衛騎士の男性が訝しげな表情でこっちを見ている。
「は、はい……(後で覚えてなさいよー!!)」
対戦相手「目のやり場に困る」
突然始まった試合だったけど、幸いな事にあたしの武器は剣に強い銃だ。
どっちかって言うと、剣の方がしっくりくるんだけど……
対戦相手の攻撃を防ぎつつ、慣れない銃で応戦する。
「勝者「レライエ・フランク」!」
「やったー!」
名前を告げられ思わず声を上げてしまい、あたしは慌てて口を押さえた。
……危ない危ない
「やっぱり俺の目に狂いはなかったな」
試合を終えたあたしの元に、ジーノがルネを連れてやってくる。
「ジーノ! いったいどういうつもりなの! 勝手に騎兵選抜にエントリーするなんて!」
「悪い悪い……でも、レライエすごく楽しそうだったね」
「楽しそう、だった?……あたしが?」
もう二度と誰かと剣を交える事はないと誓った、あたしが……?
「俺、知ってたんだ。農場管理官になってからもレライエが森や遺跡で魔獣と戦ってたのを……」
「それは……花とか野菜の種が欲しかったから……」
「……ふ〜ん……その割には楽しそうだったけど?」
「もうっ! ジーノの意地悪!」
「ははっ……レライエが可愛いから、ついからかいたくなるんだよな……まぁ、でも、そんなに難しく考えなくても良いんじゃない? 負ければ選抜トーナメントを降りられるんだしさ」
「それはそうだけど……」
どんな形であれ、試合と名が付くからにはわざと負けるような事はしたくない。
しかも、ローゼル近衛騎士隊という剣技を極めし集団の試合だ。
あたしが負ければ剣神コークの名が廃る……
エルネアに永住する事を決めた時点で、プルトとの縁は切れたと思っていた。
だけど、幼い頃に教わった生き方はそんなに簡単には変えられないのかもしれない。
国を捨てたとは言え、あたしは剣神コークを崇めるコークナァム家の末裔だ。
それは、あたしが死ぬまで変わらない。
ーーーー
「やっぱり、近衛騎士になった方が良いのかな〜……」
オマケで付いてきたおみくじを穴があくほど見つめた。
眉間に皺を寄せ、目を細めてみても結果は変わらない。
「いつまでもここに居ても仕方ないか……今日は釣り大会もあるし」
釣りでもしてたら気が紛れるかもしれない……
ウィアラの酒場を出たあたしは、そのままヤーノ市場を抜けて波止場へと向かった。
釣り大会も今年で3年目
プルトでは、リムウルグという釣り漁業の人しか出来なかったからやり方は全く知らなかった。
勝ち進み……
優勝してしまった……
「2人ともとても良い試合だったよ……両者とも、喜んで来年のローゼル近衛騎士隊に迎えるよ」
メリンダ女王の代理として、試合を見守っていたデフロット殿下が柔らかな口調で祝辞を述べる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 殿下……」
あたしは、帰ろうとして背を向けた殿下を呼び止めた。
「何かな?」
「えぇっとですね……あたしは、他所の国からの移民な訳で、そんなあたしが国王直属の騎士隊に所属しても……良いんでしょうか?」
そんなに簡単に国の中枢である騎士隊に、余所者を招き入れても良いものなのだろうか。
「あぁ、そんな事か……それなら大丈夫さ、うちの騎士隊は精鋭揃いだ。万が一君がプルト共和国の間者だったとしても、そんなに簡単にやられたりはしないよ。それに君はそんな者ではないだろう?」
「それはそうですけど……」
油断し過ぎ……
とは、言えないだろうか。
身内同士の争いや、先祖の悪行の数々を聞いて育ってきたあたしはどうも疑り深い。
「それに、君みたいな慎重な騎兵もローゼル近衛騎士隊には必要だからね」
「あたしには、他の隊員のような忠誠心はありませんよ?」
エルネアに定住して3年になるけれど、未だにエルネアの君主制には慣れない。
「勿論それは承知の上さ。プルトはエルネアとは逆の君主の存在しない共和国だ。長い間プルトで暮らしてきた君にエルネアの常識を押し付ける事は出来ないよ」
「そうですか……分かりました。そこまで仰られるのであれば、剣神コークの名に賭けてあたしは陛下やこの国をお守りする事を誓います」
「ふふ、ありがとう。期待しているよ」
殿下は柔らかな笑顔でそう言うと、再びあたしに背を向けた。
あたしは殿下の姿が見えなくなるまで、ずっとその背中を見つめていた。
「レライエ! なんで忠誠心がないなんて言ったんだよ」
「あぁ、ジーノ……」
殿下の姿が見えなくなった頃、見計ったように試合を観戦していたジーノが駆け寄ってきた。
「なんでって……誰のせいで騎兵選抜トーナメントにエントリーする事になったんだっけ?」
「そ、それは……」
むくれた顔でジーノを睨むと、彼は気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「ま、まあ、良いだろ? 結果的に試合はレライエの圧勝で終わったんだしさ」
全然分かってない!
「ジーノは途中で敗退しちゃったもんね」
「うっ、……それは言わないでくれよ」
言葉の威力は絶大だったようで、ジーノは蚊の鳴くような声で訴えてきた。
「クソッ! 来年こそは、絶対に入隊してやる!」
皮肉な事に、勝手にエントリーされたあたしが騎士隊に入隊する事になり、希望していたジーノの入隊は叶わなかったのだ。
「再来年は一緒に頑張ろうね! 先に騎士隊で待ってるから」
「レライエ……」
自業自得だと思うけれど、これ以上言ってしまうと彼の心はズタズタになってしまいそうだ。
こうして、あたしは捨てたはずの剣をふたたび振るう事になったのだった。