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えっと…
真面目な話をさせていただきます
一回では書ききれないので数回に分けて書きます。
ただ…
内容はあまりにも暗く、個人批判になる為見たくない方、いいねしたくない方は遠慮なく読む事を辞めてくださいね
タイトル通り私の母との確執について書いていきます
私自身がいっぱいいっぱいで
書く事で少しでも心が軽くなれば…
と言う思いだけなのです。
母と私は何もかもが正反対
母が好きなものは私は好きじゃないし
私が好きなものは母は否定!
私は個性だから仕方ないと思うのですが
母はそれを許さない
だから、
それは辞めなさい
それはおかしい
そんなもの捨てろ
そんなもの好きなんて人間じゃない
そんな言葉で罵られたり、否定されたり
勝手に捨てられたり…
私は物心ついた頃からそんな母について行くしかなかった。
それは今も…
自分が一番
自分が正しい
自分が全て
だから私を正しい方向に正していると思っている為悪気はない
だからタチが悪い
自分を大事にして欲しい、一番に扱って欲しいから私の都合は関係ない
小学校5年生の時
大阪から千葉へ父の仕事の都合で転校した
母は大阪弁を下品だと思っており
0歳から大阪に住んでいた私を標準語に矯正した
転校が決まってから毎日毎日
矯正させられた
転校を不安に思い、友達から離れる辛さなんて御構い無し
父も母も埼玉の出身だから
母は大阪に馴染めなかったようだ
大きくなって大阪弁なんて話してたらほんと最悪だったわ
あー良かった!
そんな事を言った母…
関西の方すみません
私は今でも大阪に帰りたいと思うほど好きです
千葉へ転校した私
程なくしてイジメの対象に…
理由は大阪から来たのに大阪弁を喋らないから…
そしてその頃祖母、母の母親が認知症になり長男の嫁と喧嘩していたらしく、イジメの報告を受けた母は
なんであんたまで私を困らせるの?
これ以上私にどうしろっていうの?
あんたくらいいい子でいてよ!
あんたの事まで構ってられない!
どうせあんたが前の友達の事ばかり考えているからこっちの学校に馴染めないんでしょ
そう言って泣かれた
ごめんなさい
困らせてごめんなさい
前の友達は忘れるから許して
泣いたら負け、絶対泣かない
そう誓った10歳の私
とりあえず今日はここまで…

