ハインツェル村の宿屋で朝を迎えたトゥルスとプロキオン。
気持ちよく眠っていたところだが、意外な者達に起こされることになる。
ドンドンと力強く壁を叩く音でトゥルスは目を覚ました。
内心うるさいなと思いつつ、音がした壁の近くの窓から外を覗く。
そこにいたのは、昨日会ったカシオペアのメンバーである男数人だった。
慌てた様子でトゥルスに何か訴えかけているようだ。
窓を開けると、食い気味にトゥルスに話してきた。
「大変なんだ!姉貴が…姉貴が…っ!」
「どうした?リゲルに何かあったのか?」
「それが…」
「ここの村長に連れていかれたんだ!」
それは今から数時間前の早朝だった。
いきなりハインツェル村の村長とその仲間達が貧困層の村に現れ、カシオペアのアジトに押し寄せてきた。
カシオペアのメンバー達はリゲルを守ろうとしたが、村長の仲間にやられてしまった。
遂にアジトの最奥にたどり着いた村長達の前に現れたのは、堂々と立っていたリゲルだった。
「見つけたぞ。盗賊団カシオペアのリーダー、リゲル。散々我々の宝物を盗みおって。」
「…それで、あたしを捕まえにきたんでしょ?」
「ほぉ。意外と物分かりがいいな。その通りだ。さぁ、我々と一緒に来い。」
その時、ボロボロになったメンバー達が駆け寄ってきた。
「てめぇら、姉貴を連れていくなら俺達を倒してからにしろ!」
「さっきは手加減しちまったが、俺達が本気になればてめぇらなんて…」
「やめて!」
突然リゲルが叫ぶ。
ボロボロの仲間達を見たからか、悲しげな表情をしていた。
「あんた達がこれ以上傷つくのを見たくないの。皆あたしの大事な仲間だもん。」
「姉貴…。」
「…大人しくあんた達についていくから、これ以上あたしの仲間達を傷つけないって約束して。」
「まぁいいだろう。リーダーの貴様さえいなくなればこの汚い集団は自然に壊滅するだろうからな。」
村長の言葉に怒りを露わにするメンバー達。
そしてリゲルは村長達に連行されたのだった。
以上が、宿屋を訪れたメンバーから聞いた話だ。
まずいことになった。
昨夜プロキオンと話していたことが現実になりつつある。
村長は貧困層の村を滅ぼすまではいかなそうだが、カシオペアを壊滅させることは確実になった。
一番の心配事は、連れていかれたリゲルの安否だ。
あの怪しげな村長のことだ。
リゲルに対して酷いことをやりかねない。
トゥルスは眠っていたプロキオンを叩き起こして、急いで村長の元へ向かった。
村長の家の前に何故か人だかりが出来ている。
どうやら富裕層達が集まっているらしい。
富裕層の一人にプロキオンが話しかけた。
「あのー、すみません。一体何の集まりなんですか?」
「あら、あなた達は村長から聞いてませんの?遂にあの盗賊団カシオペアのリーダーを捕まえたんですって。」
「それで、村長の家の前で公開処刑をやるんだってさ。」
「こっ、公開処刑…!?」
恐ろしい単語を聞いてしまった。
一気に青ざめるプロキオン。
一方トゥルスは村長の家の前に何かが置かれていることに気づいた。
人だかりでよく見えないが、一瞬ジャンプしたらハッキリと見えた。
トゥルスが見たものは、木で出来た十字の形をしたものに磔にされているリゲルの姿だった。
「リゲル!」
「あっ!待ってよトゥルス!」
人々の間を潜り抜け、リゲルの前に辿り着いた二人。
リゲルは薬で眠らされたのか、目を閉じたまま動かない。
二人はリゲルを救出しようと腕にある紐を外そうとしたが。
「何をしている貴様ら!」
「くっ!」
「うわっ!」
村長の側近二人に羽交い絞めにされてしまった。
離れようと必死にもがくが、びくともしない。
そこにリゲルを磔にした張本人が現れた。
「おや、あなた方は観光に来られた方じゃないですか。申し訳ないが、よそ者にはこのことに首を突っ込んでもらわないでいただきたいのです。」
「そんなことは分かってる!だがこれがあんたら大人のやることか!?こんな小さな女の子を磔にして、公開処刑とか悪趣味にも程があるだろ!」
珍しくトゥルスが怒り叫ぶ。
今回ばかりはトゥルスも冷静ではいられなかったようだ。
無論、プロキオンも同じ気持ちだった。
「…確かに、僕達よそ者が首を突っ込むことじゃないです。でも、何も彼女を殺すことはないと思います!」
「ほう?何故そう思うのです?この女とその仲間達は我々の宝をたくさん盗んだんですよ。だから死をもって償うべきなのです。」
そうだそうだ、と富裕層達が一斉に言い出す。
村長は彼らの声を聞いて満足そうな顔をしながら剣を抜いた。
「さぁ、いよいよこの時が来た。盗賊団カシオペアの最期を我々が見届けようではないか!」
わーっと盛り上がる富裕層達。
村長は剣先をリゲルの胸に向ける。
「やめろ!」
「やめてください!」
トゥルスとプロキオンの声はもう届かない。
村長がリゲルの胸を刺そうとしたその時。
「やめてぇ!リゲルおねえちゃんをころさないでぇー!」
子供の叫び声が聞こえた。
その声を聞いて、村長の動きがピタリと止まった。
さらに男達が村長の手から剣を奪い、村長を羽交い絞めにした。
「なっ、何だ貴様らは!」
「俺達は、お前に散々酷い目に遭わされた貧困層の村の住民だ!」
男達をよく見るとボロボロの服を着ている。
先ほど叫んだ子供も同じ格好だ。
彼らを見た富裕層は、汚らわしい、気持ち悪いだの言っているが、そんなことは彼らの耳には入ってこなかった。
「何が『我々の宝をたくさん盗んだ』だ?俺達の宝を盗んだのはそっちだろ!」
「俺達貧困層から宝を奪って、ここを立派な町に変えたくせに!」
「そのことを隠すために、リゲルに全部罪をなすりつけやがって!」
「わたしのだいじな、あかいほうせきがついたペンダント、かえして!」
「俺の結婚指輪も返せ!このクソ村長!」
貧困層達が今まで抱えていた思いや感情をぶつけてくる。
彼らの言葉を聞いた富裕層達もざわざわし始めた。
一斉に身に着けていたキラキラしているものを見る。
「赤い宝石のペンダントって、まさかこれのことですの…?」
「あー!それ!おかあさんからもらったペンダント!かえして!」
「この指輪も…元は貴方の物だったと…?」
「そうだ!間違いねぇ!返してくれ!」
実は村長が貧困層の村から奪った宝を、富裕層達に配っていたのだ。
宝の一部は、売却して村の発展にあてていた。
ようやくそのことに気づいた富裕層達は、羽交い絞めにされている村長に視線を向ける。
「…これらは全部、元々あの方達のものだったんですね。」
「こんな高価な物を私達に無償でお配りするなんて、気前のいい村長だと思っていましたが…。」
「貴方こそ本当の盗賊だったなんて、失望しましたわ。」
富裕層達は呆れた顔で村長を見る。
今まで行ってきた悪行がバレてしまい、くっ、と苦しそうな顔をする村長。
「し、仕方ないだろう!このハインツェルを大きく立派な町にするにはこうするしかなかった!そのために富裕層と貧困層を分けて、貧困層には犠牲になってもらうしかなかった!」
「てめぇ…!俺達を何だと思ってる!」
「何事にも犠牲が必要だ。町を発展させるためにもな。」
「ひどい…!村長さん、貴方最低です!」
貧困層達と一緒に叫ぶプロキオン。
一方トゥルスは羽交い絞めにされながらも、体を震わせていた。
そして、彼のペンダントが光りだし、体からは青いオーラが滲み出ていた。
「…許さない。…俺はあんたを、絶対に許さない…っ!」
突然トゥルスの体とペンダントから青い光が放たれ、彼を羽交い絞めにしていた村長の側近が吹っ飛ばされた。
同様にプロキオンを羽交い絞めしていた側近も遠くへ飛ばされた。
「ト、トゥルス!?どうしたの!?」
何故か飛ばされなかったプロキオンが彼に近づくと、トゥルスの髪が全て黒くなり、青い光を身に纏っていた。
彼の体から放たれた青い光はトゥルスの上に集まり、青い半透明の生き物の形に変化した。
「あれは…牛…?」
青い生き物はまるで牛のようだったが、牛にしては大きな角を持っていた。
そして牛はトゥルスに近づくと、彼は牛の頭を撫でた。
「…ネカル、あいつを倒せ。」
牛はこく、と頷き、村長に向かって突進した。
「ぐあぁーっ!?」
村長だけ遠くに飛ばされた。
羽交い絞めしていた男は何故かその場に留まっている。
「これってまさか…星の涙の力…?」
青い光を纏い、髪の色が全て黒くなるのは、星の涙の力によるものだ。
師匠の研究レポートにそう書かれていたのをプロキオンは思い出した。
思い出したのも束の間、青い牛はトゥルスの元に帰ってきた。
「ありがとな、ネカル。」
牛の頭を撫でると、牛は満足そうに鳴き、青い光となってトゥルスのペンダントの中へ入っていった。
その後青いオーラが無くなり、トゥルスの髪の色が元に戻り、彼はその場に跪いてしまった。
「ぐっ…。」
「トゥルスっ!」
慌ててその場に駆け寄るプロキオン。
星の涙の力を使うと体力を大幅に消費してしまうこともレポートに書いてあったからだ。
「大丈夫?」
「ん、ああ、何とか大丈夫だ。体がすごく怠いけどな。」
「無理しないで、僕の肩に掴まって。」
「ありがとう。」
トゥルスはプロキオンの肩を借りて立ち上がる。
今はトゥルスを休ませることが先決だ、と考えたプロキオンはトゥルスと共に宿屋に向かって歩き出した。
集まっていた村人達も自分の家に戻ることにした。
磔にされていたリゲルは、後にやってきたカシオペアのメンバーにより救出された。
全ての元凶である村長は吹っ飛ばされたことにより気絶し、カシオペアのメンバーが村長をアジトの牢屋に閉じ込めたそうだ。
部屋についた途端、トゥルスはベッドの上に倒れ、そのまま眠ってしまった。
初めて星の涙の力を使ったから、相当体力を消耗してしまったのだろう。
プロキオンは眠っている彼に毛布をかけ、傍にいることにした。
トゥルスが眠りについている間、プロキオンは部屋にやってきたカシオペアのメンバーと会話をしていた。
リゲルを助けてくれたお礼を言うと同時に、住民からのたくさんのお礼の品をプロキオンに渡した。
リゲルはアジトで眠っていて、他のメンバーが心配そうに見守っているという。
一方村長がいなくなったハインツェル村の住民らは、富裕層が貧困層に宝を返すことで和解の道を歩み始めたらしい。
するとカシオペアはもう義賊団でいる必要も無くなる。
カシオペアはこれからは「何でも屋」として働くことにメンバー達全員が賛同し、リゲルが目覚めたらそのことを伝えるつもりだ。
数時間後。
「ふわぁ…よく寝たな。」
「おはようトゥルス。体は大丈夫?」
「あぁ、もう大丈夫だ。準備が出来たらここを出発しよう。」
「うん!」
あれだけ村で騒ぎを起こしてしまったのだ、長居は無用だろう。
そう考えた二人はなるべく急いで準備を整えた。
宿屋の店主には「もっとゆっくりしていけばいいのに」と言われてしまったが、二人は申し訳なさそうに宿屋を出た。
村の入口では住民達が出迎えてくれた。
富裕層も貧困層も一緒にいるという、数日前では有り得なかった光景。
この村は安泰だ、と二人は思った。
「また来てくださいね」と言う住民達に手を振ってお別れした。
入口に生えている大きな木からガサガサと音が聞こえ、その直後二人の前にある人物が現れた。
「うわぁっ!びっくりしたぁ!…あれ、リゲル?」
「ちょっと!あたしに挨拶もしないで出ていくつもり!?」
「えぇっ!?」
元気になったリゲルがそこに立っていた。
村長に捕まったときに抵抗したであろう痣が腕や足にあったが、彼女にとっては大したことではないだろう。
「それはすまなかったな。とにかく、リゲルが無事で良かった。」
「じゃあまた…」
「あたしも連れて行きなさい!」
「…えっ?」
プロキオンが別れの言葉を言おうとしたところを遮られ、リゲルはトゥルス達と一緒に旅をすると言ってきた。
突然のことに困惑する二人。
「あんたにはカシオペアがあるだろ。」
「それはナンバー2に任せたから大丈夫!」
「えっと…何で僕達と一緒に行きたいの?」
「助けてくれたお礼よ!それに、盗むことしか能がないあたしが今のカシオペアにいてもしょうがないし。皆には旅に出ることを反対されたけど。」
「反対されたのなら残っても良かったのに…。」
「あたしまだトゥルス達に恩返ししてないし!だからお願い!あたしも連れてって!」
リゲルは本気だった。
彼女の気持ちを無下にするなど、二人には到底できなかった。
最終的にトゥルスが出した結論は。
「分かった。俺は追われている身だから、厳しい旅になる。その覚悟があるなら一緒に来てくれ。」
「勿論よ!そこのヘタレ魔法使いよりは使えると思うわ!」
「へ、ヘタレ!?僕はヘタレ魔法使いじゃない!」
「ヘタレでしょ!咄嗟に魔法を使えないくせに。」
「ぐぬぬ…!いつか立派な大賢者になって見返してやるんだから!」
こうしてリゲルが仲間に加わり、三人による旅が始まった。
賑やかになって、厳しい旅も楽しく乗り越えられそうだ、とトゥルスは少し笑いながら思った。
to be continued.