女性が四十歳になったら | その先、ヒカリ♥

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人生所感①

佐藤一斎一日一言



 余(よ)自(みずか)ら
視・観・察を飜転(ほんてん)して、
姑(しばら)く
一生に配(はい)せんに、
三十巳下(いか)は、
視の時候に似たり。

 三十より五十に至るまでは、
観の時候に似たり。

 五十より七十に至るまでは、
察の時候に似たり。 


 【訳】 

『論語』為政篇に

「其の以す所を視、其の由る所を観、
その安んずる所を察す」
とある。 

私が
この視・観・察をうつしかえて
人の一生に配してみると、

三十歳以下は、
まだ見る目が浅いから
「視」の時代に似ている。

 三十歳から五十歳に至るまでは、
それ以前よりは
念を入れて世間を見るから
「観」の時代に似ている。 

五十歳から七十歳に至るまでは、
さらに精(くわ)しく
内省しながら見るから
「察」の時代に似ている。




人生所感②

佐藤一斎一日一言


 察の時候には
当(まさ)に知命・楽天に達すべし。

 而(しこう)して
余の齢(よわい)
今六十六にして、

猶(な)お未(いま)だ
深く理路に入(い)る能(あた)わず。

 而(しか)るを況(いわん)や
知命・楽天に於(おい)てをや。

 余齢(よめい)
幾(いく)ばくも無し。

 自(みずか)ら
励まざる容(べ)からず。

 天保丁酉月記す。

 (後240)



 【訳】


 この「察」の時代には
まさに天命を知り、
人生を楽しむ境地に達するべきである。 

さて、自分は
今六十六歳になったが、

まだ物事の道理に
深く入ることができないでいる。

 ましてや
天命を知り、
安んずることはできない。 

もう余生も
それほど残っていないのだから、

もっと精進しなければならない。

 〔天保八年七月記す〕






女性が四十歳になったら

佐藤一斎一日一言


婦人の齢(よわい)四十も、

亦(また)
一生変化の時候と為(な)す。 


三十前後
猶(な)お羞(しゅう)を含み、
且(か)つ
多く舅姑(きゅうこ)の上に在る有り。

 四十に至る比(ころ)、
鉛華(えんか)
漸(ようや)く褪(あ)せ、
頗(すこぶ)る能(よ)く
人事を料理す。

 因(よ)つて
或(あるい)は
賢婦(けんぷ)の称を得(う)るも、
多く此(こ)の時候に在り。

 然(しか)れども
又其(そ)の漸く
含蓋(がんしゅう)を忘れ
脩飾(しゅしょく)する所無きを以て、

則(すなわ)ち
或は機智を挟(さしはさ)み、
淫妬(いんと)を
縦(ほしいまま)にし、
大いに婦徳(ふとく)を失うも、

亦多く此の時候に在り。

 其の一成一敗(いっせいいっぱい)の
関すること、

猶お
男子五十の時候のごとし。

 預(あらかじ)め
之が防(ぼう)を為すことを
知らざるべけんや。

 (後242) 


 【訳】 


女性の四十歳も、
変化のある時期である。 


三十歳前後は
まだ恥じらいがあり、
上には
舅(しゅうと)や
姑(しゅうとめ)がいる。 

ところが、
四十ごろになると、

化粧をする気持ちも褪(あ)せ、
人の世話も上手になる。 

そのため、
賢夫人と呼ばれるのも、
多くはこの時期である。 

一方で
恥じらいがなくなり、
容姿にも気を配らず、

その場しのぎがうまくなり、
身を持ち崩したりして、

婦徳を大いに失ってしまうのも、
この時期に多い。 


婦徳が成るか成らないかは、

男子の五十歳のころと
同じようである。 

予(あらかじ)め
これを防ぐことを
知らなければならない。


ありがとうございます



「大学之道、在明明徳。

在親民、在止於至善。」



君子が実践する

大いなる学問の道は、


天与の徳(良心・仁)を

明らかにする事が

目的である。


更に、

自分の人徳を

高めるだけではなく、


一般の人々を教導して


一日一日の

道徳的な進歩を

後押ししなければならない。


大学における

学問の目的とは、


自らの修己と

他者の啓発・徳化とを

両立させる


至善に

留まり続ける事にこそ

ある