=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ 和歌山はおもしろいぞー | その先、ヒカリ♥

その先、ヒカリ♥

拝読感謝♥
開運行動があなたを変える!
黄泉の国、記紀を正しく知る事は、日本人として非常に大事です。
漢方養生指導士
ご縁玉と寅の日お財布さまおまじない感謝祭の提唱者です!



南海なんば駅

大阪伊丹空港から
高速バスで、なんば駅前まで

目の前です




久しぶりの南海なんば駅!



ちょうど
急行 橋本駅が!

助かる!

740円




お里帰りだにゃ!


開運ハーリーさん❣️
ウシシ



一年ぶり
(*>∀<*)ゞ


7時50分発  仙台空港〜大阪伊丹空港

9時50分発  なんば駅前行き

10時48分発  橋本駅行き


到着  11時39分

家を出て、5時間ほどで
和歌山の橋本駅なので

吉野山へ行くような時間で
行けます



ちょっと
不思議な雲、現る!

ฅ(๑⊙д⊙๑)ฅ!!





しかも、この雲
高野山に向かってるんだよ



「ぐわしっ!!」

まことちゃんがお出迎え❤️








すごいね〜





橋本駅 周辺って
なんもないんだよ




しかし
和歌山、蒸し暑い〜

ι(´Д`υ)アツィー


レンタカーを受け取り
出かけます!




駆け足ですが

ラインナップで掲載
*\(^o^)/*


慈尊院



平成16年7月世界遺産に登録された慈尊院は、

弘仁7年(816年)弘法大師(空海)が、

高野山開創に際し、

高野山参詣の要所にあたるこの地に

表玄関として伽藍を草創し、

一の庶務を司る政所、

高野山への宿所、

冬期の避寒修行の場所とされました。


(当時の慈尊院は、

今の場所より北側にあり、

方6丁の広さがあったと

伝えられていますが、

天文9年(1540年)

紀の川の大洪水にて流失しました。

しかし、弥勒堂だけは

天文6年(1474年)に

今の場所に移してあったので、

流失をまぬがれました。


「我が子が開いている山を一目見たい」


弘法大師の御母公が

香川県の善通寺より

訪ねてこられました。


しかし、当時の高野山は

女人禁制でありましたので、


弘法大師の元には行くことができず、

この慈尊院で

暮らしておられました。




御堂の中の御母公の像も
拝見いたしました

住職さまから
いろいろお話を聞きましたし

撮影禁止ですが
誰でも入って観ることができます

世間話になったのですが

購入しますから、と
申したのですが

住職さまから
「爪酒  つまさけ」をいただきました

また、お菓子までいただき
感謝申し上げます



紀伊続風土記によると


高野山麓の九度山慈尊院に住まわれた

大師の御母公が、

我が子大師の身を案じて、

穀物の皮を一粒一粒爪剥き、

酒を醸され、大師に献じられた。

大師はこれを

「爪剥酒(つまむきのさけ)」と号され、
修行のための薬として飲まれました。

それ以降、年に一度の
正御影供(しょうみえいく)に

供されるようになりました



境内の

丹生官省符神社も

参拝いたしました




蟻通神社 
合格で有名なんですが。。。








御守りを購入しようとしましたら

御守りに
ほとんど、「蟻通神社」の
記載がなっていないんです

どうしてですか、と聞いても

ヘラヘラ笑うだけで

御朱印はいただきましたけど


御札も、???でしたし

参拝するだけで

御守りは、正直
有難みを感じませんでしたから
購入しませんでした



御社などは
それは立派なんですよ!

なのに、神職が。。。。。


残念な神社だと思いましたよ

非常に。。。神職が


ブヒブヒ🐖💥




いや、御社はすごいんですよ!

御力は、バッチリ(* ー̀ ֊ ー́ )و✧

参拝しました




狩場明神さまも

外せないですよ








高野山が見えます

(*'∀'人)♥*+


帰宅しましたら

少しずつ
アップします

明日は、早起きして
那智勝浦へ行きます


皆様も
佳き週末となりますように

暑いですので
ご自愛くださいね!

( *´︶`*)