和して実法を結ぶ
二宮尊德一日一言
天道人道に和して、
百穀実(み)法(のり)を結ぶ。
原一変して田となり、
田一変して稲となる。
稲一変して米となり、
米一変して人となる。
(金言集)
【註】
天道に従い人道の誠を尽くす。
これが尊徳翁の
強調して止まない仕法です。
天道というのは
世界は
旋転してやまないこと。
寒ぎがゆけば暑さがくるし、
暑さがゆけば寒さがくる。
夜があければ昼になり、
昼になったかと思えば夜になる。
また
万物も、
生ずれば減し、滅すれば生ずる。
ねてもさめても、居ても歩いても、
きのうはきょうになり、
きょうはあすになる。
人道は、これとは違います。
なぜかといえば、
風雨の定めがない、
寒暑の往来するこの世界に、
羽や毛もなく
うろこや甲らもなしに、
はだかで生れ出たのだから、
家がなければ
雨露がしのがれず、
衣服がなければ
寒暑がしのがれない。
そこで
人道というものを立てて、
家を造るのを善として
破るのを悪とした。
みんな人のために立てた道だから、
それで人道というのだ。
天道から見るときは
善悪はない。
その証拠には、
天道にまかせておけば
田畑もみんな荒地となって、
昔に帰ってしまう。
なぜなら、
それがすなわち
天理自然の道だからだ、
と夜話で言われています。
松下幸之助も
同様の事の言っています。
天地自然の理法に従った経営
などというと、
いかにもむずかしそうだが、
たとえていえば、
雨が降れば傘をさす
というようなことである。
雨が降ってきたら傘をさすというのは
だれでもやっている
きわめて当然なことである。
もしも、
雨が降ってきても傘をささなければ、
ぬれてしまう。
これまた当然のことである。
そのように
当然のことを当然にやっていく
というのが
私の経営についての
行き方、考え方である。
もっとも、
雨が降れば傘をさすというのは
だれでも分かることだが、
これが経営とか商売になると、
分かりにくくなってくる。
なすべきことをなし、
なすべからざることをしないようにする
という
心がけが大切です。
ありがとうございます
天道思想
戦国時代の日本において、
神仏習合に加え
さらに儒教(とりわけ朱子学)の思想が
強く混ざり合い、
最終的に「天運」「天命」が
あらゆる物事の根源にあるとする、
中世日本独有の思想体系・
「天道思想」が発生した。
個人の内面と行動が超自然的な天道に観られ
運命が左右され、
その行いがひどければ滅びるという、
一神教的な発想である。
天は勤勉に報い、
地は仁に報い、
人は誠意に報い、
企業倫理は信頼に報い、
産業倫理は優秀に報い、
家庭倫理は愛に報いる。
内容の説明:
神は、一生懸命働く人に
報酬を与えます
- 働けば働くほど、
より多くの利益が得られます。
つまり、働けば働くほど、
より多くの利益が得られます。
また、機会やインスピレーションは、
多くの場合、
熱心に働く人にのみ
恩恵をもたらすことも示しています。
神は勤勉に報い、
本物は優しさに報い、
人間は誠実に報いる