ホンシェルジュ『北海道陸別町にて ―― 西田藍がセレクトした「旅先に持って行きたい本」』 | 高い城のCharlotteBlue

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書評家アイドル 西田藍さんの、書評を紹介してゆきます。
基本的スタンスとして、書評でとりあげている作品は読んだことがあるとしています。
ネタバレを気にする方はご注意ください。

ホンシェルジュ『北海道陸別町にて ―― 西田藍がセレクトした「旅先に持って行きたい本」』

2016年8月1日 公開 Link

 

 気がつけば3月だ。そろそろ「りくべつ 冬」が公開されるんじゃないかと、じりじりしているのだが、「りくべつ 夏」の時のように進捗が出てこないなあ。

 まあ、それで思い出したんだけど、そういえばホンシェルジュで西田さんが「りくべつ 夏」で読んでいる本の紹介をしているのについて、まだ感想を書いてなかったな。

 ただ、動画の感想の方で色々書いているので、今さら感が強い。

 それに、この記事は西田さんの他の記事に比べて、やや短い。

 そういうわけなので、ちょっといつもと違う目で見てみよう。

 西田さんが、本の内容について書かれたところ以外に着目してみた。

 

冒頭

 記事タイトルに添えられた、西田さんのコメントだ。

 

いよいよ夏も本番。夏といえば、夏休み! 私は世間一般のいわゆる「夏休み」というものとは、縁遠い生活を送っています。それでも「夏休み」と聞けば胸は高鳴り、なんとなくわくわく。

 

 西田さんは夏がお好きなのだそうだ。もちろん、陸別町のPR動画についての文章だからということもあるだろけれど、文章が明るい。全体として、今回の記事はあまりシリアスにならないように書かれているようだ。

 ホンシェルジュとしては2回目で、まだ文章が固まっていないというのもあるし、もともとホンシェルジュは緩い文章を書くつもりだった、と言われていたことがあるが、この記事なんかは、まさにそうだろうと思う。

 

 さて、肝心の本の紹介だが、動画の登場順序とは異なる。

 動画では、カフェ tomonoで『宇宙の始まり、そして終わり』、ユクエピラチャシ跡の森の中で『深泥丘奇談』、そしてコテージで『ユービック』という順番だが、『ユービック』が最初に来ている。

 まあ、実際の撮影順なのかとも思ったが、コテージのシーンが早朝3時からの撮影だったり、tomonoがちょっと街から離れていて、クランクインしたという鹿山草地に近いから、そうでもなさそうだ。動画公開前に書かれた記事だから、そのへんの整合は取りようがなかった、ということかもしれない。

 

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『ユービック』 フィリップ・K・ディック

 動画では、コテージのソファーで目覚めたシーンでテーブルの上にあり、その後、朝霧のたちこめるポーチに座って読みふけっている。

 西田さんはそれをこんな風に表現している。

 

霧深い、朝。はじめての、朝。ロッジから見えるのは、白樺の森と、雲の奥から少しだけ覗く、やさしい太陽の光。ここは、どこだっただろう。

 

 句読点多めの文章。動画の印象そのままではある。

 この、旅先で目が覚めて、ふと自分がどこにいるかわからなくなる感覚を、『ユービック』の世界が崩壊してゆく非現実感を重ねられている。

 

未来世界。特効薬の名こそ、「ユービック」。ここは、どこだっただろう。

 

 この“ここは、どこだっただろう”という感覚のための、『ユービック』か。※1

 

 

『宇宙の始まり、そして終わり』 小松 英一郎, 川端 裕人

 明るいカフェの店内で、西田さんがページをめくるシーンだ。このカフェはなかなか雰囲気が良いのだけれど、そこにはあまり触れていない。次のシーンが天文台なので、そこに行く前にちょっと「宇宙的に」気分を盛り上げて、みたいな感じかな。

 

陸別町の「銀河の森天文台」に向かう前に、ひとりカフェ。美味しいベリーティラミスと、ソイカフェオレをいただきます。夜空にまたたく光は、どこからやってきたのか。少しでも、そのはじまりを知りたい。

 

 このお洒落なカフェで最新の宇宙論の解説本を読むのか、と思っていたんだが、そういう事だとすると合点がいく。旅の目的地に関連した本を読んで、気持ちを作っておく、みたいなのは確かに楽しい。

 

ほんのちょっぴり、理解ができた気がします。いいえ、たぶん、気のせいだし、読んだ数日後には、さっぱり忘れているかもしれない。でも、夜空の向こうを見るときめきは、絶対、今までと違うものになったはずだと、私は思うのです。

 

 ここの文章は好きだな。こうやって少しずつ自分の中に受容体が形成されてゆくことが、読書の醍醐味だと思う。

 

 

『深泥丘奇譚』 綾辻行人

 白樺の森の中、木の根に腰掛けて、背筋を伸ばして姿勢良く読んでいるのが、この本だ。

 

リクンベツの酋長カネランが戦いの拠点としたという、ユクエピラチャシ跡。その遺跡近くの林に座り込み、開いたのは、幻想的なホラー小説でした。

 

 なんで北海道で京都が舞台の作品を、こんな爽やかな森の中でホラーを、と思ったんだけれど、よく考えてみれば本作には土地にまつわる様々な怪異も出てくるし、遺跡のような場所で読むのはありかもしれない。また、京都の山の方の話なので、森の中を散策するシーンもある。西田さん自身、シリーズ最終巻の『深泥丘奇譚・続々』の刊行を受けて綾辻氏と対談した時に「主人公ののんびりした暮らしぶりも、素敵で憧れます。明け方に起き出して、緑の中を散歩して」と言っておられる。※3

 ちょっと僕の読み方は先入観があったようだ。

 

さて、撮影のセッティング中。読書チャンスです。こういうちょっとした空き時間に、さっと集中して読めるのも、連作短編集のいいところだな、と思いながら、ふと顔を上げると……。

 

 ここでこの記事は終わっている。あとは動画をみてのお楽しみ、ということか。怪異が現れるわけではないけれど。待てよ、考えようによっては……いや、やめておこう。

 

 「りくべつ 冬」でも、本を読むシーンはあるのだろうか。あってほしいな。そして、それについての西田さんの文章を読みたいなあ。ホンシェルジュでもどこでも、どういう形でも。

 ジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』とかどうだろう。いや、あれは寒い国というのは冷戦のことだった。じゃあ、アンナ・カヴァン『氷』とか。

 あ、これは単なる僕の好みか。西田さんも『寒い国から帰ってきたスパイ』『氷』は読まれているしな。僕のフォルダの中にも『氷』を持った西田さんの自撮りが保存されている。僕の読んでない本を紹介してもらった方がいいか。

 

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 なんにせよ、心して「りくべつ 冬」を待ちたい。

 

 

 

 

 

※1 西田さんはダ・ヴィンチ2016年9月号の「7人のブックウォッチャー」ではPKDの『死の迷路』を紹介されているが、まあ、あんまり関係はないか。

 

※2 週刊新潮2016年7月21日号にジャンナ・レヴィン『重力波は歌う』について書かれているので、ちょっと宇宙づいていた時期だったのかもしれない。

 

※3 これもダ・ヴィンチ2016年9月号にて。これは8月6日発売なので、ほぼ同時期だ。これは気づいてなかった。