『にゅうもん! 西田藍の海外SF再入門』2017年10月号 第十七回はダン・シモンズ『ハイペリオン』だ。ついに来た!
申し訳ないが、書庫をひっくり返す時間が取れなかったので、だいぶ記憶を頼りに書く。
SF好きには、SFに興味がなさそうな相手、特に密かに想いを寄せる異性に、自分の好きなSFを送って気持ち悪がられる、というフォーマットが存在する。
いつからあるのか知らないが、SFあるあるのひとつだ。※1
水玉蛍之丞のSFマガジンでの連載だったと思うけど、いかにも気弱そうな制服姿の少年が、「気持ち悪いから二度としないで」と、靴箱に忍ばせた『夏への扉』を投げ返される、というイラストがあった。
西田さんなら、「そもそもそんな本を送るのが悪い」ということになるだろう。※2
同じ水玉蛍之丞のイラストで、確か『SFが読みたい!』の表紙だったと思うけれど、同じような制服姿の少年に対して書店員と思しき中年男が「プレゼント包装? そっかー、中学生かあ……。や、もちろんできますよ」と、苦笑いしつつ答えるというのがあった。
その中学生が差し出しているのだが、この『ハイペリオン』だ。
はっきりと書かれていないが、表紙の色づかいの雰囲気とかで、そう察した。
僕も大好きな作品だ。
魅力的な登場人物が入れ替わり語る物語は、テンポよく、変化に富んで飽きることがない。壮大で重厚な物語。はったりも相当きいていて「神出鬼没の怪物」「異形の宇宙海賊/侵略者」「秘密主義の教団」「不気味な少数民族」「ロマン主義者の束の間のユートピア」「ありえないことが起きる遺跡」などなど、そんな小道具がぎっしり詰めこまれた「惑星ハイペリオン」。
面白くないわけがない。
その界隈では、「ハイペリオンのここの元ネタは◯◯」「このへんは△△の影響」などという検証が流行ったような記憶がある。
SF好きであるほど、面白いと思ってしまうような作品だろう。
西田さんは、小学校六年生の時に、担任の先生から「少し難しい大人向けの本だけど」と薦められたのだそうだ(その時は読まなかったらしいけど)。
どうやらこの先生は、こちら側の人間らしいとわかる。
でも先生、小六女子に『ハイペリオン』ってどうなんだ? いや、小学生の女の子が読むのは別に構わんと思うけれど、学校の先生が堂々と薦めるのは……。
さて、気を取り直して、西田さんの解説を読み進めたい。
「にゅうもん!」では僕の好きな作品が、西田さんにはどうも合わない、ということが何度もあったので、好きな作品を取り上げてもらうと、ちょっとおそるおそるという感じになる。審査結果を聞くときみたいな。
ハイペリオンに巡礼するという人々が集うところから話は始まる。正直、この時点ではなにがなんだかさっぱりわからない。この世界がどんな世界なのか、ハイペリオンとはなにか(惑星です)、なんでこんな大事になっているのか、みんな深刻そうなのか、わからない。でも、そこが好き!
僕の杞憂をよそに、西田さんには『ハイペリオン』を気に入ってもらったらしい。
ちょっと楽しそうな文体で嬉しい。
最近必ずやっているんだけど、僕は「にゅうもん!」を読む時は序盤で文体を吟味する。というのも、この「にゅうもん!」の文体は一定ではないからで、それというのも、西田さんは作品というか、記事のまとめ方によって意図的に文体を変えるらしいからだ。
もちろん、それ自体は特別なことではなく、ライターの方は誰でもやっていることだろうとは思う。僕が西田さんの意図を知りたすぎているということだけだな。※3
今回の文体は少しポジティブ。小学校時代の思い出を導入にしているけれど、ネガティブになっていない。
「にゅうもん!」なら『われはロボット』、野性時代の『脱走と追跡のサンバ』、週刊新潮の『重力波は歌う』で、小学生時代の思い出を語られているが、そのフォーマットはすべて「マニアックな主張をするがスルーされる私」というものだった。
それがちょっと違う。自分のしたこと、ではなくて、自分に先生がしたこと、だからかな。そうなると、行動の評価対象は自分ではなく担任の先生になるわけだし……。ハードルあげた、っていうのも自分に対してではなくて、作品に対してだからなあ。
また文章は少し軽め。
先日、『猫のゆりかご』の回で「まるで若い女性のような文章」と、大変失礼なことを書いたが、重ね重ね失礼だけれど、今回も同様なものを感じる。
全く合わなかったらしい『猫のゆりかご』の時は、色々と批判しつつ、疑問を呈しつつも、重くなりすぎないように、ウェットにならないようにということなのか、あっさりと「なんだかよくわからないなあ」という感じに、ぽんと投げ出してしまったような感じがした。
しかし、『ハイペリオン』は好きだと言われているし……。
あと、口語体ではあるんだが、ですます調の語り口が、少し何か狙ったものを感じるだが、どうだろう。
よし、しのごの言わずに読もう。
『ハイペリオン』は六人の主要人物が、それぞれ自分の物語を語る、というもの。古くは十四世紀の『デカメロン』からある手法だけど、この語り部方式では一部を切り取っても仕方がないので、西田さんはそれぞれについて語るという。そうこなくちゃ。
短編集のそれぞれに言及するのは、やっぱり気に入られたらしいテッド・チャン『あなたの人生の物語』以来だ。
神父の物語
わりと淡々とした内容紹介。
神父は十字架を持っていたので殺されずに済みましたが、そこで、怖ろしいものを目にしたのでした(1・0)
ん、なんだこの数字、と思った。西田さんは、安直に点数をつけて評価するような人じゃないはずなのだが。ダ・ヴィンチの短評の星の数も、単に良し悪しを評価するものではないし。
こういうのは今まで一度もなかった。数字の説明がないので戸惑う。
とにかく読み進めよう。
兵士の物語
ここの語り口は、ちょっと作っているというか、なんかTwitterでの西田さんは、こういう風に書くこともあるけれど、もしかして韜晦しているのだろうか。
彼は死の恐怖に震えます。そんなとき、出会ったのです。エロい女に。戦場でエロい女が誘ってきたのです!(中略)でも彼女とは度々出会ったのです。やることやって去っていくのです。なんとこれも〈時間の墓標〉の仕業なのでした。最低です(10・0)。
不思議でエロティックで、わりと悲惨な話なんだけど、西田さんはどうやら面白かったらしい。ああウケた、という感情が行間から滲む。面白がってはいるんだけど、感動したとか、そういうんではない。
どちらかというと、ちょっと軽んじているような感じだ。
それなのに点数が上がっている。なんの数字だか、どうもわからない。神父の物語よりこっちがどうだった、という記述がないので、いまいちピンとこない。
詩人の物語
どんどん語り口が軽くなる。どうかすると、ちょっと茶化しているようにも見える。まあ、詩人の物語はなかなかぶっ飛んでるので、そういう風になるのもわかる。サイリーナスは下品だしなあ。
そうです。我々の地球は、オールド・アースと呼ばれていて、よくわからないけど今は無いみたいです。(中略)人口冬眠から目覚めた彼は、辛酸を嘗めた後、売れっ子作家になりました。そしてその成功にも満足できなくなった彼は、詩作に生きることにして、まあ色々あってハイペリオンに行ったんです(∞・たぶん0)。
はっきり言って、ストーリーのことを何も説明していない。僕はわりとここの「詩想」というものの考え方は好きだし、女編集者のタイレナとか魅力的だと思うんだがな。
でも、あんまり西田さんには合わなかったのだろう。そういう感じがする。
そしたら∞がでてきた。どういうことだ? やっぱり数字が大きい方が評価が低いのか。しかし、後ろの0はなんだ? 小数点以下なら、∞につける必要はないはずだが。
気になったのが、ここまでの内容では、西田さんはあんまり『ハイペリオン』すごい、にはなってなさそうなところ。普通に面白く読んでいるのだろうけれど。
学者の物語
この『ハイペリオン』内でも、最も切なく悲しい話だ。
しかし、レイチェルが西田さんと同い年だとは気づいていなかった。なるほど。
『火の鳥』も思い当たらなかったなあ。
家族の愛を感じる、とても悲しい物語でした(∞・1)
ここは結構心にしみたっぽいのに、詩人の物語と同じ∞?
もうひとつ、後ろの1はなんだ? これまでは0ばっかりだったのに。
混乱した。ちょっと数字の謎解きに気を取られすぎて、文体をじっくり眺めるのを忘れたぐらいだ。
内容が内容だからか、ちょっと軽口調は抑えめになっている。
探偵の物語
チャンドラーの『長いお別れ』とギブスンの『ニューロマンサー』『記憶屋ジョニィ』がモチーフになっているとされるこの章。チャンドラーもギブスンも合わなかった西田さんには、ちょっとどうかなあ、という感じだ。ノワールっぽく読んでもらえれば、まあ少しは。
チャンドラーというよりは、女探偵だからサラ・パレツキーの雰囲気だが。
ドキドキサスペンスの最中に、彼女は依頼人と恋に落ちました(吊り橋効果だな、と私は思いました)。(中略)そんなこんなで、ハイペリオンと縁ができてしまったのです(3・1)。
吊り橋効果とか、身も蓋もない。だいたい娯楽小説のロマンスなんて、ほとんど全部そんなものじゃないか。良し悪しはともかく。
まあ、本当のことを言うと、僕もこの章が一番印象が薄い。チャンドラーも『ニューロマンサー』も好きな僕でもだ。
というのも、AIの外部装置としての人間体というのが目新しくなくて、ロマンス云々もなんか古臭くて、SFハードボイルドならもっと面白いものがいっぱいあるし……。
結局、最後にレイミアがキーツの分身の子を妊娠するというのが重要で、そこまでの色々は後付けのようなものだろう、と最初から思っていた。
そこで、ふと気がついた。学者の物語のレイチェルは乳児だ。レイミアは妊娠した。
どちらも後ろの数字は1。これか? と思った。
まあ、違うんだけど。
領事の物語
このシリの物語は一番好きかな。
ウラシマ効果で片方だけが時間を飛び越えてゆく、という設定も古典的だが好きな手法だ。最近はケン・リュウの『母の記憶に』も同じ設定を使っていた。
しかし、何と言ってもシリが魅力的だ。賢く、強く、したたかで、狡い。何度も読み返したが、年老いたシリもイメージは完璧に美しい。
西田さんも「私は妻が主役だと思いました」と書いているし。
そして、彼はいつまでも若いまま。子供たちは育ち、自分は、老いていきます。彼女は、子を夫に託しました(∞・2)。
もうちょっと、シリに言及して欲しかったかな。この感じは、『われはロボット』でスーザン・キャルヴィン博士にほとんど触れてくれなかったことに近い。
ここで初めての数字、2だ。
SFマガジンを閉じて『ハイペリオン』下巻を手に取り、しばし考えて、ようやくわかった。
そうだよな。シリとマーリンの子は二人。
そういうことだよな?
この時、前の数字は死人の数だろうかと考えた。シリの星であるマウイ・コヴェナントでは反乱が起きて「一族の男の三分の一、女の五分の一」が死んだし、詩人の故郷のオールド・アースは滅んだし。
でも戦争をやっていたカッサードの周りで死んだのが十人ってことはないな。
結構悩んでしまった。
ひとまず脇に置こう。
下巻の解説に詳細な元ネタについての言及があることに触れ、実は『ハイペリオン』では物語は終わっておらず、続編に続く、となっていることを説明した後、西田さんの文体は急にですます調をやめる。
よっしゃ着いたぜ! となりそうなところで終わります。そうだ、先生は、ハイペリオン「シリーズ」をおすすめしてたよね。まだまだ序の口だよね。
ハイペリオン。そこは魅惑の惑星。
集ったのは巡礼者、七名。
時間の墓標に集いし彼らの運命はいかに! 続く。
続きますよ、読みますよ。実在する詩人キーツの詩だってうまく絡めてくるんでしょ? 読むよ。だって面白かったもん。
なんだか急に躁状態になったような。
でも、ここまであんまり『ハイペリオン』の良いところを挙げてもらえていないようで、作品の紹介としてはちょっと物足りない。これは僕が『ハイペリオン』が好きで、中身をよく知っているからかも知れないけれど。
アイツ、もっといい奴なんだよわかってやってくれよ、という感じか。もちろん、西田さんは自分なりに理解されていて、いい奴だと思ってくれてるんだろうけど。
で、ここで問題に立ち返る。
では、何が大人向けだったのでしょうか、先生、ごめんなさい。性描写の多さですか? 少々、多いのではないか、と思ってしまいました。
そうなんだよな。多いのだ。不要だとは思わないし、娯楽小説でありがちな、無意味に挿入されたセックス・シーンという評価をする気もないが、やや食傷する。※4
これを担任の先生が生徒に薦めるのはどうなんだろう。いや、繰り返すが、小学生が読むのは好きにすればよろしい。だけど、先生が男性だったら、考えようによっては色々と問題だ。いや、女性だから問題なし、というわけでもないだろうが。
僕が西田さんの担任教師だったら、たぶん薦められないよなあ。読んで欲しくはあるだろうけれど。
また蒸し返すが、これを例えば中学生男子が同級生の女子に送ったらどうなんだ? 『夏への扉』より悪い結果になるような気がするのだけど……。
最後に西田さんからの種明かしがある。
それぞれの物語の最後に付けた数字は、(性交回数・受精回数)です。思わず数えてしまいました。数え切れないものは∞にしちゃいました。数え間違いがあったら、ごめんなさい。
いやあ、声に出して笑った。これは頭になかった。
そうか、こういうことに言及するのを、さらりとやってのけるには、ちょっと軽めの淡白な文体が相応しい。そもそも、真面目に議論するのも無粋なところだ。
なるほど。『ハイペリオン』は色んな読み解き方をされているが、こういう切り口は見たことがない気がする。
あえて外してきたんだな。
この評は、西田さんにしか書けないんじゃないかな。
SFマガジン誌上で、これほど嫌味なく「しらないふり」が出来るライターは他にいないと思う。
こういう「どうせ私はこういうのしか書けないんだし、私に頼んだ方が悪い」という開き直りが、良い方に働いたら、こんな唯一無二の文章が飛び出してくる。
それこそが西田書評。
ああ、良いものを読んだ。
※1 SFってわけじゃなくて、あらゆるオタク文化で定番だろ、という意見はあろうかと思う
※2 『すこし不思議な小松さん』にも同様の描写はあった。あっちは小松さんだから、女子から男子に、だけど。
※3 いわゆる「この時の作者の気持ちは?」というヤツだ。国語教育の諸悪の根源みたいに言われているが、僕はそういうことを考えるのは結構好きだ。
※4 いや、もちろん『ハイペリオン』は超一級品の「娯楽小説」だけどね。