かたや左翼老人鎌田慧、こなた保守派政治学者岩田温。鎌田老の本は、東京新聞連載コラムをまとめたものであるから、左方面ではそれなりの存在感のある媒体を経由している。岩田温氏のこの著作は、月刊ウィル、正論、そして産経新聞の投稿をまとめたもの、といえば傾向はおのずとわかる。
長いので2回に分けます。今回はその1。
『叛逆老人 怒りのコラム222』論創社 2023年7月
鎌田慧氏ってまだ健在だったんだ、というのが正直な感想。そういえば安倍元総理の国葬反対のデモに、落合恵子やなんかといっしょに先頭を歩いていたのをさるドキュメンタリー映画で見た。あれが鎌田慧か。御年85歳。
『自動車絶望工場』の著者というのは知っていた。というよりそれが最初で最後の話題作という認識だった。著書はやたら多い。そのわりにオールドメディアへの露出をほとんど見ないのは、日本のマスメディアの覚悟の弱さを思えばなんとなくわかる。
理念とか思想とか関係なく、とにかく反体制が好き、という老人に見える。ものすごくかっこよく言えばアナーキーな活動歴はざっと次の通り。( )内に共闘した人物をあげておく。
◆1990年 成田空港建設反対闘争に係る三里塚闘争に関与(辻本清美、中山千夏)
◆1995年 国鉄分割民営化に際し、「JRに人権を」の運動をはじめる(井上ひさし、赤川次郎、左幸子、佐野洋、久野収、筑紫哲也)
◆狭山事件では、1999年に「狭山事件の再審を求める市民の会」を結成、事務局長
◆2011年3月の福島原発事故のあと、脱原発をめぐって、2011年6月、「さようなら原発」運動を呼びかけ(大江健三郎、坂本龍一、内橋克人、澤地久枝、瀬戸内寂聴、鶴見俊輔、落合恵子、辻井喬)
◆2015年8月30日 安保関連法案に反対する国会前デモでは、「戦争をさせない1000人委員会」の呼びかけ人の一人として壇上に立ちスピーチした。
◆2018年 沖縄県辺野古の米軍基地建設反対運動に参加
◆2019年 関西生コンを支援する会の共同代表に就任
◆日本による対韓輸出優遇撤廃に反対する<声明>「韓国は「敵」なのか」呼びかけ人の1人
◆2022年9月27日 安倍元総理国葬 反対集会および抗議デモ(落合恵子、佐高信)
まぁこの本でもやたら思い込みと決めつけで断定し、深く考えずに書き散らしているという印象。安倍国葬を閣議決定したことについてこう書いている。「閣議決定で『弔意と敬意』をおしつけられるのは認められない。それがわたしの心の叫びだ。 好き、嫌い。もっとも基本的な人権としての価値判断を、一方的に閣議決定で強制する。それを認めたら戦争も閣議決定で決められる。議会制民主主義の崩壊である。」
前段はともかく、この人本気でこう考えているのだろうか。法論理的思考が完全に欠落している。単なる感情論と言われてもしかたあるまい。
こういう人が、たとえば安保関連法案や集団自衛権の解釈変更について、政権は日本を戦争のできる国にしたがっているとか、徴兵制が復活するかもしれないとか、若者の不安を煽っているのだね。
原発全廃を声高に叫び、ドイツの脱原発政策およびメルケル前首相に対する賞賛を惜しまないが、そのドイツは原発大国フランスから電力を輸入していることには一切ふれない。
関西生コン支援とはまたすごいね。この本でも盛んに、労働者の権利保護という観点で持ち上げている。
この方に限らず左方面の人は、平和外交か防衛能力の強化か、二者択一の議論がお好きのようだ。いかに鎌田氏でも「ミサイル、コロナ、地震、原発再稼働。日本はなんと危険な国なのだ。」と真っ先にミサイルに言及するくらいだから、北朝鮮が日本にとって脅威であることは承知していると見える。北朝鮮と対話による努力は続ける必要はあるだろう。だが対話だけでミサイル発射を阻止できる自信があるのか。外交と軍事は国の意思の発動として別次元のものではない。時につながり、時に交錯し、共通の目的、つまり国益の最大化を目指して進んでいく性質のものだ。
戦争反対を唱えつつ、この本の中で自衛隊を否定する言辞は見えなかった。「日本に『戦力』は存在しないが『自衛力』は必要である」という政府見解に強く反対しているとも思えなかった。さすがに丸腰では不安なのだろう。憲法9条を守れとはいうが、自衛隊廃止とまでは主張していない。結局「戦力と自衛力は異なる」とする珍妙な政府見解を是認しているのではないか。
日本に軍隊は存在しないという考え方は一面において正しい。自衛隊には軍法も、したがって軍法会議も存在しないからだ。陸上自衛隊の戦車には、方向指示器が装着されているらしい。地下鉄サリン事件で陸自の化学防護隊等が、都知事の要請を受けて出動した。その際特殊車両を含め道路交通法を遵守して、つまり交通信号を守って移動したと伝えられる。
ロシアがウクライナ戦争において「督戦隊」なる部隊を配置し、前線から離脱しようとするロシア軍兵士を背後から銃撃する任務を帯びていることについて驚いて見せたメディアがいた。多くの国の軍隊では敵前逃亡は即時銃殺、あるいは軍法会議にかけられれば死刑である。なにを不思議がることがあろう。日本には軍法会議はないから敵前逃亡しても死刑にはなるまい。せいぜい重大なる規律違反で営倉処分くらいか。
北朝鮮拉致被害者の曽我ひとみさんの夫、ジェンキンスさんが当初北朝鮮を離れることに難色を示していたのは、在韓米軍における任務中に「無許可離脱(脱走)」したという自覚があったからだろう。米国がその身柄を要求し、軍法会議にかけられれば重罪を科せられる恐れがあったのだ。
最終的に米国軍の軍法会議にかけられ、彼自身が逃亡に関する罪、及び利敵行為に関する罪を認めたものの、さまざまな配慮により合衆国軍はジェンキンス氏を軍曹から二等兵に降格処分の上、不名誉除隊と禁錮30日の判決を下したという経緯にある(模範囚として予定より早期に釈放)。
軍隊というのはそういうものである。
鎌田老はアナーキーでもなんでもない。何を言おうがそれだけで拘束されることのない日本の自由を存分に謳歌している、左翼ハシカこじらせ老人にすぎない。
日本でアナーキストと言われる人は多くないが、そのひとり牧田吉明(父は三菱重工の天皇と言われた牧田與一郎、母は三菱財閥4代目総帥の岩崎小彌太の娘(庶子))はこう言っている。
「確かに大日本帝国は中国や朝鮮で悪いことをしました。でも、ロシアやアメリカやイギリスがやってきたことに対して、少なくとも等価ですよ。中国が周辺国家に対してやってきたことと等価なんです。日本だけが極め付けに悪いわけではない。ところが戦後の日本の左翼は、日本が全面的に悪うございました論ね。日本人の底の底にはそういうことをする悪い根があるから鞭打とう、という一億総懺悔運動に変わってくるわけですよ。」
(次回予告)
『興国と亡国ー保守主義とリベラリズム』かや書房 2023年11月
鎌田老とは対照的に、論理的に筋道立てて展開する。冒頭書いた通り右派メディアと目されている媒体の記事を集めたものだから、ある意味読者層に合わせて書いたとも言える。