2023年11月29日

 

映画『月』

(T.ジョイシネマ蘇我)

 

 

 

 辺見庸氏の原作で企画が河村光庸氏(これが遺作)というあたりで躊躇したのだが、あのやまゆり園事件を題材にした映画ということで、重いテーマだと覚悟しつつ見に行った。

 

映画 ”かぞくのくに” 国立映画アーカイブ | 小人閑居して不平を鳴らす (ameblo.jp)

映画 新聞記者 | 小人閑居して不平を鳴らす (ameblo.jp)

 

 同様に、最近公開されていた『福田村事件』は、関東大震災時の朝鮮人虐殺事件を題材にしたということで興味はあったものの、森達也監督ということで見送った経緯にある。

 

 普段行くイオンシネマでは掛かっていなかったので、初めて行くシネコン。
 ワイドスクリーンなのにやたら奥行が浅く、普通のスクリーンならかなり前の席にあたる。ちょっと首が痛くなりそうだった。

 

 

 原作を読んでいないのだが、この映画は原作とはかなり設定が変わっているらしい。その最大の部分は、映画では、スランプに陥った小説家が主人公となっているが、原作では障碍者の一人が語り手になっていると。

 この改変が奏効しているのかどうかはわからない。ただ、創作にいきづまった作家が、障害者施設で働くという設定は強引なような気もした。原作者の辺見氏がどこまで認容していたかどうかはわからない。

 

 終始しかめ面している主演の宮沢りえの演技が不十分であるとは言わない。しかし役柄の設定に個人的についていけなかったので、その存在に現実感がなかった。ではどうすればよかったのかという解を、残念ながら私の粗雑な思考では見いだせなかった。

 

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 予想通り重い映画だった。

 凄惨な犯罪の態様を直接表現することを避けたのは賢明だった。PG12指定だったのでそれを恐れていたが、その点は評価したい。

 ただし、映画としてのできがいいかどうかとなると疑問は残る。特に当初30分間ほどはホラーミステリのような展開で、音楽もいかにもそれ風で、全体の趣旨にそぐわないという印象が強かった。

 事件の社会的背景、人間存在の闇のようなもの、を表現しようとしたという趣旨は理解しましたよ。しかし、原作者の辺見氏の伝えたかったこと、あるいは企画した河村氏のねらいがどこにあったのか、必ずしも明確ではなかった。

 

 

 そういえば最近この本を読んだ

 

 

 この小説では、手話を完璧にマスターしたゴリラが、その夫であるオスのゴリラを射殺されたことに対して裁判を起こすという設定であった。手話を音声化するデバイスを発明した聾唖の技術者がいて、彼女(ゴリラ)は人間とのコミュニケーションを支障なく行える状態である。彼女の弁護士は、彼女は人間と意志の疎通ができるのであるから、もはや人間として扱われなければならないと主張する。すなわち彼女には人権が認められなければならないと論陣を張るのである。

 

 映画『月』において、あるいはそのモデルとなった事件において、犯人の「さとくん」は殺害を実行する前に、被害者に逐一返事をするかどうか呼びかけ、職員に対して「こいつは喋れるのか」と確認して回ったのだという。コミュニケーションがとれない者は人間じゃない、と日頃から言っていたのだ。

 

 『ゴリラ裁判の日』のゴリラがコミュニケーションがとれるから人間扱いされるべきだとすれば、意志の疎通ができない障害者は人間じゃないと主張する「さとくん」に、どう反論すればよいのか。

 

 

 辺見氏は東日本大震災で大きな被害を受けた石巻市出身(両親も)であるが、あふれた「耳障りのいいことばだけがもてはやされ、不謹慎と非難されそうな言葉は排除される」言説に強い違和感を覚え、口を閉ざしたという。

 その違和感こそが辺見氏がこの原作小説で伝えたかったことなのだろうか。

 

 この映画『月』の中心人物である殺害犯さとくん、あるいはそのモデルとなった現実世界の死刑確定囚(名前はあえて伏せる)を、面と向かって論理的に説き伏せる自身は私にはない。

 

 違和感を共有しても、違和感は違和感のまま残る。語られてほしくない事実。それがこの映画の主題だとしたらちょっと悲しい。

 

 

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【キャスト】

◆堂島洋子(主人公、小説家):宮沢りえ
◆さとくん(施設職員、本件の実行犯):磯村勇斗
◆坪内陽子(施設職員):二階堂ふみ
◆堂島昌平(洋子の夫):オダギリジョー
◆さとくんの先輩の施設職員:笠原秀幸
◆洋子の主治医で友人:板谷由夏
◆施設の園長:モロ師岡
◆陽子の父:鶴見辰吾
◆陽子の母:原日出子
◆施設入所者のひとりの母親:高畑淳子

【スタッフ】
◆原作:辺見庸『月』(角川文庫刊)
◆監督・脚本:石井裕也
◆音楽:岩代太郎
◆企画・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
製作:伊達百合、竹内力
プロデューサー:長井龍、永井拓郎
制作プロダクション・配給:スターサンズ
制作協力:RIKIプロジェクト
製作:『月』製作委員会配給    スターサンズ 

2023年10月 144分