2022年3月4日
”House of GUCCI”を見た際、監督がリドリー・スコットで、この「ナイル殺人事件」のプロデューサーもしていると知ったことと、前作の「オリエント急行殺人事件」も見ているので興味をそそられた。前作の「オリエント急行殺人事件」(2017年)のラストに、主人公のエルキュール・ポワロがナイルで起きた事件の解決を依頼されるシーンがあるそうだが、全然覚えていなかった。今回の「ナイル殺人事件」の監督および主演は前作に続いてケネス・ブラナーが務める。ポワロが、登場人物全員を容疑者扱いして、ことごとくはずしていくあたり、あぁそういえば前回も初めは間抜けだなと思わせておいて、最後にその「灰色の脳細胞」を駆使した推理によってさすがポワロと言わしめるのだが、今回肝心の容疑者二人は女性(むしろ主犯)が無理心中を図って死んでしまうという結末。アガサ・クリスティ作品をたくさん読んだわけではないが、登場人物が死にすぎる。私の父親は、だから推理小説は嫌いだと言っていた。少なくともこの映画作品では、まず第一の被害者、富豪のリネットに始まって、リネットのメイド、ルイーズ・ブールジェ、そしてポワロの親友ブーク、そして最後の容疑者二人というわけで5人が死んでいる。ポワロが本当に「さすがのポワロ」であれば、途中で犠牲者は増やさずにすんだのではないのかな。
ピーター・ユスティノフがポワロを演じた1978年作品も見たはずだが、ユスティノフの風貌以外に全く記憶がない。今回作品の俳優陣はほとんどが英国俳優で、製作会社も英国のプロダクションだが、出資は20世紀フォックスだからハリウッド映画と読んでいいのだろうか。エンタメとしてはおもしろかった。
被害者のリネットの国籍はよくわからなかった(ちなみに演じるガル・ガドットはイスラエルの女優)。ポワロの親友ブークの学校時代の友人というからイギリス人かと思うと、リネットのメイド、ルイーズ・ブールジェは名前からもなまりのある英語からもフランス人と推測される。一方、リネットの従兄でリネットの資産管理を担当しているアンドリュー・カチャドリアンはどう見てもインド人である。時代設定は1937年であったので、英国支配下のインド富豪の娘がロンドンに留学していたという背景なのかしらん。リネットは、親友のジャッキーのボーイフレンド、女たらしのヒモ稼業といった態のサイモンと出会ってお互い一目ぼれ、略奪婚という形でサイモンを奪う。捨てられたジャッキーはその後二人につきまとい、新婚旅行のエジプト旅行の途中、ナイル川クルーズ船で事件が起きる。
原作では小説家という設定のサロメ・オッターボーンはこの映画ではロンドンで活躍中の黒人ブルース歌手。その姪でマネジャーのロザリーは、リネットの学校の友人で寄宿舎でいっしょだった。さらに前述のポワロの親友ブークと恋愛関係にあるが、その母ユーフェミアは階級的思考から逃れられず、二人の仲に強硬に反対している。
この時代の英国で異人種間の恋愛が成立したんだろうか。それ以前の話として、黒人が白人の、それも富裕階級が通う学校でクラスメートなんていうことがあったのだろうか。少なくとも同時代のアメリカではあり得なかったことだろう。アメリカが人種を含む階層差別の社会であるとすれば、イギリスは階級社会である。人種以上に階級による差別は歴然とあったはずだが、その辺の考察は映画の中では触れられていなかった。
で、例によって細かいどうでもいいところをいくつか。
富豪のリネットのナイルクルーズにポワロを同行させたことを、リネットが「あなたの休暇を取り上げてしまったみたいでごめんなさいね」というセリフの「取り上げる」、を英語では“haijack”と言っていた。もちろん歴史考証はされているので見逃されるはずはない。この時代から “hijack”という言葉はあったということだ。正に池上センセあたりが賢しらに、「Hi, Jackと言って気軽に呼び止めて油断させておいて、駅馬車を強奪するということから ハイジャックという言葉が生まれたんですね」というわけだ。航空機乗っ取りが犯罪として行われるようになったころ、当然日本ではハイジャックという言葉を使ったわけだが、当時一部の物知り風情が、これは英語では“skyjack”というんですよと、したり顔で語っていたのを思い出す。実際当時公開された映画で、邦題は「ハイジャック」、原題は“Skyjacked”、(1972年日本公開)というのがあった。このskyjackという言葉はどこへ行ってしまったんだろう。日本ではその後、シージャック、バスジャックなんていう派生語?も生まれたが、これら全て“hijack”が正しいことになる。
ブークの母親ユーフェミアを演じていたのがアネット・ベニング。最近どこかで見たなと思っていたら、そう、「幸せの答え合わせ」(2019年イギリス)で気の強い奥さん役で主演だった。我慢に我慢を重ねてきた旦那が、最後に他の女性に走るという憂き目に会うという話だった。こういう気の強い女性の役が似合う、といってもほかにこの人の出演する映画をあまり見ていないのが不思議。若いころから知っていたような。
このとき気弱な旦那を演じていたのが、ビル・ナイ。『MINAMATA』では、ジョニー・デップ演じるユージン・スミスを叱咤するLIFE誌の編集者の役だった。俳優とは正に変幻自在でありますね。この映画でユージン・スミスの奥さんアイリーン役が美波。昨年帝国ホテルのギャラリーでたまたま見たのがこの人の個展だった。
多才ぶりに嫉妬・・しても無駄だよね。そういう人たちが何千何万と集まって、そのうち成功するのはほんの一握り。俳優ってすごい、みんな頑張れ、選ばれたる者たちよ‼
ナイル殺人事件に戻って、この映画の冒頭近く、ドローン映像(たぶん)でピラミッドの俯瞰が映し出された。生きてる間にピラミッド見たい、アブシンベル神殿行きたい、と思っている。実は私、1988年8月にエジプトツアーを予約していた。ところがその7月初めにヒューストン転勤の内示が出て、泣く泣くキャンセルするはめになったのだった。結果的には渡米前に研修期間があり、十分行けたはずなのだが、これも日頃の不徳の致すところか行かずじまいとなり、その後ヨーロッパ赴任の際にチャンスを窺っていたが、エジプトの治安状況悪化により断念、現在に至っている。コロナ禍が収まれば改めてチャレンジしたいものだ。