別冊宝島編集部編 宝島SUGOI文庫 2020年2月20日

 

別冊宝島でMOOKとして出して1~2年後に文庫で出すという安易な出版。だいたいいつもがっかりする。署名記事もあるが過半は無署名で、無駄に長い新聞記事を読まされている気分。いくつかの例外を除いて、これといって新しい情報もない。本来であれば読書録にも価しないが、ひとつどうしても見逃せなかったことがある。

昭和の重大事件として必ずひかれる「吉展ちゃん事件」。この犯人である小原保が残した短歌である。死刑執行を死刑囚に伝えるのは、今は当日の朝、執行の直前であるが、当時は精神状態の落ち着いたものについては前日に告げていた。小原は1971年12月22日に翌日の死刑執行を告げられ、次の歌を詠んだ。

 

 明日の死を前にひたすら打ちつづく 鼓動を指に聴きつつ眠る

 

ところがこの本で引用されているのは以下である。

 

 明日の死をひたすら前に打ちつづく 鼓動を胸に聴きつつ眠る

 

引用された歌の上の句は、明らかに語順が変である(「前に」と「ひたすら」の順序が逆転している)。技巧として意図的に入れ替えたとしたら、全く不自然である。鼓動を胸に・・というのも奇妙である。胸のうえに置いた、あるいは組んだ手に、鼓動を感じるというのが自然な姿勢であり、そう詠むのがまた素直な歌であろうと思う。この歌を初めて読んだとき、ここまで心の澄み切った心境に到達した人に死刑を課することに意味があるのだろうかと、率直に感じたことを覚えている。それほど印象的に覚えていた歌が誤って引用されていることに悲しみを覚えた。

もう一つ、辞世の歌として引用されているのが

 

 世をあとにいま逝くわれに花びらを 降らすか門の若き琵琶の樹

 

である。琵琶はないだろう。枇杷に決まっている。ちなみに最後の樹も原作は木である。

宝島社の校正レベルをあげつらってもしょうがないが、『明日の死を・・』の歌は私が長く心にとどめてきた歌なので残念でならない。