-koji-


 「めいめいっ!」

 「近い」

 「めぐきゅんっ」

 「うるさい」


 そう悪態をつくくせに、手はぎゅっと離さないでくれるんやな。


 「蓮くん」

 「ん?」


 彼の名前を呼ぶのが好きやった。俺に呼ばれて振り返る、その姿が愛おしかった。


 「別れよう」


 そう言われた日のことを、俺はまだ忘れてないんやで。


 なあ、めめ。

 俺、恋人ができたんやで。

 なあ、もう、俺のこと、忘れたん?



 また触れてほしいのは、俺だけなん?

 なあ、めめ。


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 「康二おまっ」

 「翔太くんこっち!」

 「ひっぱんなって」


 太陽が俺たちを照らしていた。まぶしく輝いててもう逃げられないみたいやった。


 「おい、こけるって!」

 「わあっ」

 「おあっ」


 海の中に足が入り驚いたせいで、足をとられて翔太くんの予言どおりこけた。


 「ほら、こうなる」

 「へへ、ごめんごめん」


 腰の辺りまで濡れてしまっても、立ち上がらずに座っている翔太くんに手を伸ばした。


 「ほら、立たんともっと濡れんで」

 「これ以上はもう濡れないよ」


 ふふっと笑って俺の手をとった。


 「変な翔太くんやな、ほら立って」 


 俺が彼の手を引いたはずやのに、なぜか俺が翔太くんの胸の中にいた。


 「康二」

 「もうなにぃ?びっしょびしょやん!」

 「始めはおまえな」

 「それは、そうやな」


 背中に手がまわってきて、ぎゅーっと抱きしめられる。


 「…どしたん?」

 「康二」

 「ん?」

 「康二」

 「…ん?」

 「康二」

 「もう、なんや」


 「まだ目黒のこと好き?」


 なんでそんなこと、きくん?


 「好きやない」

 「嘘だ」

 「もう別れたの2年も前の話やで?さすがにふっきれてて当たり前やろ」

 「じゃあ」

 

 離れた体、通わせた瞳。


 「俺のこと好き?」


 肌に濡れたシャツがはりつく。


 「好きやで」


 それは嘘やない。

 ほんまに翔太くんが好きやし、尊敬もしてる。

 めめにふられて、今にも死にそうだった俺を救ってくれたのも翔太くんやった。


 「翔太くんは、好きやないの?」

 「好きだよ、好きに決まってんだろ」


 側にいてくれるのは、いつも翔太くんやった。


 「側にいてくれて、ありがとう」


 腕をひかれ、再び彼の胸の中におさめられる。


 「翔太く」

 「愛してるよ」


 俺を抱きしめる腕に込められた力が強くなっていく。


 「痛いて」


 体だけじゃなく、心も翔太くんに締めつけられていくみたいやった。


 「目黒、今入院してるんだって」

 「…え、なんで?」

 「前から病気もってたみたい。それが悪化してるんだって」


 めめが、病気?

 なんや、それ。聞いたことないで、そんなこと。


 「会いたい?」


 なんの病気なん?悪い病気?


 「会いたいって…そりゃ心配やけど」


 死ぬとかやないよね?


 「会いたいんだろ?」


 持病ってなんや。なんで教えてくれんかった?


 「…翔太くんが嫌じゃないんやったら、お見舞い行きたい」


 「康二」


 翔太くんの唇は、冷たかった。


 「ん、なに?」


 何度も重なる唇から、翔太くんの不安が伝わってくる。俺が離れていくってそう思ってるんやろ?


 「ん、はっ」

 「どこにも行かないで」

 「は、ぁ、いかんっ」


 気づけば砂の上に押し倒されていた。


 「も、落ち着けって!」


 翔太くんの頬を両手で包んだ。


 「な、俺はここにおるやろ」

 「…うん、ごめん」

 「側に、おるから」


 あのときの、翔太くんみたいに。



 「ただ、めめのこと話してくれたんは俺のこと気づかってくれたからやろ?」

 

 こくっと小さく頷いた。


 「せやろ?なら俺は、めめに会いに行きたい。お見舞いやから、心配せんでええよ」

 「…ほんと?」

 「なんならついてくるか?ええよ別に」


 そのほうが俺やって助かるかもしらん。


 「ううん、いい。康二だけで行ってこいよ」

 「ええの?」

 「目黒だって、そのほうがいいだろ」


 それは、わからんけど。


 「康二」

 「ん?」

 「好きだよ」


 微笑んだ彼の笑顔を、俺には壊せん。

 同じぐらい、めめは俺の心の中に鎮座しとるまま出て行ってくれんでいる。

 これが、最後の、物語。


to be continued…