平安さん・星月夜虹霓綺譚 四十一 《 睡蓮の鞋(くつ) 》 | yuz的 益者三楽

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星月夜虹霓綺譚
(ほしづくよこうげいきたん)


四十一 《 睡蓮の鞋(くつ) 》



「さて」
グッと外衣(マント)を引き寄せる。
「咸宴。お前は私に何を望むのだ?」
あくまで穏やかに咸宴を見下ろし、だが冷ややかに言った。
「え?」
ん?違うのか?とでも言う様に僅かに首を傾げる。
「私を手に入れたいと言う事はそういう事であろう?私をこの地に繋ぎ止めてお前は私に何を求めるのだ?金銀財宝か万人の喝采か。位人臣を極めて栄耀栄華を極めたいか?」
「…………」

ああ、成る程。私達凡人よりもずっと賢く尊く正に雲の上の存在である天人が思い描く下天の人々とは、つまりはこういうモノなのか…。咸宴は握り締めていた拳をふっと緩め、羽衣がハラリ…と落ちる。慌ててそれを拾いにかかったが天人は、…天人撫星は気にも留めず再び口を開いた。
「違ったか?ではお前をそんな目に遭わせた者達への報復が望みか?」
「いらないわ」
スックリと立ち上がり汚れた手をゴシゴシと裙(くん.スカート)の端で拭き上げながら応える。
我ながらすっ…と熱が引いていく様に冷静になるのが判り、咸宴はその真っ黒に汚れた手を拭く衣も、変わらないぐらい黒くボロボロになっているのに気づき改めて小さく溜め息を付いた。そして、心の中で呪文の様に唱える。
もう彼の顔を見てはいけない。彼の顔を見ると全てを忘れて魅入ってしまうもの。また何かつまらない事を口走ってしまいそうだ。

ゴシゴシと拭きながら、天人の衣は再びハラリ…と咸宴の手から滑り落ちる。今度は拾おうか拾うまいか悩み、手を出そうとしてその手が傷だらけで薄く血の滲んでいる事にハッとした。
汚れた桾(くん、スカート)にも血が染み付いている。
「やだ、…痛っ……」
思わず口走る。
「怪我をしているのか?見せてみよ」
彼の手が咸宴に伸びるのをサッと払い除けると定まらない視線を回しながらこう応えるのが精一杯だった。
「こ…こんなのは大した事ない。私が欲しいのは金銀でも財宝でも、人々の羨望でも立身出世でもましてや復讐でもないわ……欲しいのは…」
欲しいのは、……何かしら?

「何?」
緩くかがみ込み、下から覗き込む美しい顔がある。咸宴はバババッと顔を赤らめて飛び上がる勢いで後ろに下がった。
裸足の足にも血が滲んでいて、これもまた「痛いっ」と叫びそうになるのを慌てて口をつぐみ、サッと奪う様に羽衣を拾う。
胸元でギュッと握り締め意を決して言う。
「欲しいのは一匹の女王蜂と巣箱を一つ。…私はそれで生きてきたのよ。手足の傷なんて大した事ではないわ」
「足も怪我をしているのか」
撫星は素早く座り込むと彼女の足を見て顔を上げた。
「これは酷い。よくこの足で逃げてこられたものだ。一体何をやらかしたのだ」
「ッ⁉︎やめてッ!」
桾(くん.スカート)を押さえつけて恥ずかしさに慄きットト……と後退する。

撫星は気にも止めず座り込んだまま続けた。
「女王蜂と巣箱?蜂追い…蜜蜂養いか?」
「そ、そうよ。一箱分の蜜蜂さえいれば生きていける。…欲しいのはそれだけ…………」
「ふ…ん。でもそういう訳にもいかず軍兵の追手のかかる様な事をしでかした訳だ」
グッと答えに詰まり咸宴はオドオドと目を逸らした。撫星は判らぬ様に小さく笑うと彼女の視線と交わぬ様に空を見上げ、わらわらと集まって来ていた胡蝶や小さな羽虫を呼びつける。
『アル…ジ…』
『何ぞ』
『ナニ…ぞお…ォ…』
『…ゾゾ、ゾォゾゾゾぞぉぉ…ッおぅ……』
胡蝶はいつの間にか十羽程に増えていて、声にならぬ撫星の声を聞き分けて羽虫達を引き連れてグルグルグルッッ…と竜巻の様に回い上がるとあっという間に何処かに消えた。付いて行き損ねた羽虫が数羽申し訳なさそうに二人の間をプゥーーーー…ッ……ン…と飛んでいる。咸宴は空いている左手を振って払い除けようとしたが、それよりも早く撫星がグッと虫を握り潰した。

「あ…」
何と言っていいのか咸宴は目を見開く。と、撫星は「あの」彼女を虜にした美しい顔を僅かに綻ばせる。
「ご覧」
彼女の左手を添えてそっと握り締めた手を開く。
そこにはまるまると、飛ぶのも億劫な程に太った女王蜂が現れた。
咸宴の顔が一気に華やぐ。
「女王蜂だわ!」
「ああ、そうだね」
そっと咸宴の襟元に差し込む。
「まだ変態して間もないから暫く温めてやっておくれ」
「ふふっ…くすぐったい」
咸宴が初めて朗らかに笑った。
撫星はそれをちょっと興味ありげに眺めると、今度は数匹の羽虫を両手に包み何かの奇術でも見せるかの様にゆっくりと開く。
「雄蜂だわ!」
咸宴は再び叫び、撫星はそれを彼女の袖に入れ込む。

「巣箱は後で作ろう」
撫星の言葉に咸宴は呆けた様に彼を見上げた。
と、彼の背中越しに先程去って行った胡蝶達が重たげに何かを持って飛んできていた。
「あれ…」
指差す咸宴に撫星が振り向き、手を広げる。
「ご苦労、こちらに」
小ぶりな、だが見事な睡蓮の花が二輪、散華の如く音もなく降り落ちてくる。陽光と共に降りてくる明紅色の花はそれはそれは美しくて、感宴はしばしポカンと口を開けて眺めていた。撫星はそれを受け取るとスッと腰を落とし、彼女の傷だらけの足をその明紅色の花で包み込んだ。咸宴はもう何がなんだか判らずなすがままである。
撫星が手を開いた時、そこには見事な花紋の刺繍の施された浅鞋があり、咸宴の細い足がすっぽりとそれに収まっていた。咸宴は声もなく、撫星は何の頓着もなく、彼女のもう一方の足を残った花の上に乗せ再び柔く包む。滑る様に開く手に揃いの貴鞋を履いた足が出来上がる。

「どういう…こと?」
「これで山も降りれるだろう。さあ、蜂養いの蜂娘咸宴。お前は私の頃もを質に養蜂の生業を望んだ。次は?責任は取ると言ったな。この、地に落ちた私をどう扱ってくれるのだ?」
「…い、言ったけど……確かに言ったけれど…、これは…」
何だか変な感じだわ。だって割に合わない。さっきから私、裸の天人を差し置いていい思いばかりしている。
「………………………」




山を降りるとそこは既に隣国の様で追っ手もなければ国の様子も違っていた。撫星が少しばかり手を加えて山と界の様子を変えていたので隣国どころか数千里程違っていたのだが、それは彼女が知らなくても良い事である。大体において聖山霊山、禁足地などと言う代物は方位や境界があやふやになる特例地の様なモノなのだ。
つまりはここで撫星と咸宴はのんびりと異国の田舎街を覗き歩こうとしていた。
「どこに行くつもりだ?」
明らかに何かを探してはや足で駆けて行っている咸宴に撫星が声をかける。
「あ!あった。あれよ!」

入ったのは市外れの古着屋だった。
「らっしゃい!何の用だい、姑娘」
「これを質入れするわ。男物の衣類を一式、私の靴、それから…」
彼女の出した花紋刺繍の鞋に店主は第一に驚き、第二に怪しげに二人をジロジロと見回した。
「待て待て。お前さん、これは見事すぎる鞋だ。わしだって商売この方初めてお目にかかる代物だ。お前さん達…」
何者だい?と続けるのを咸宴は遮る。

「あったり前よ。商売物だったんですって!ほら、あの人いいとこの坊々だったみたいよ。山越えで盗賊に遭って身包み剥がされたってさ!ね、そうなんでしょ?」
ここぞとばかりに咸宴は撫星を振り向いて念をおす。撫星は外衣(マント)姿のまま入り口で棒の様に突っ立ったままだ。
「私はたまたま見つけてここまで連れてきたのよ。残ったのは彼の命と商売物のこの鞋一足だけだったんですって、ねぇ!」
再びの声に撫星は黙って首を縦に振るしかなかった。
「だから、これで彼の衣類と私の靴、それから……」
スッと彼の影が咸宴を通る。
「彼女の上着と残りは、銭で」
ようやく、互いは顔を見合わせてニッコリと笑った。
「うん、そう。残りは銭で」


古着屋を出て、キョロキョロ見渡しながらいくつかの店に立ち止まる。湯気に引き寄せられて饅頭を頬張る。甘葛入りの水を買って蜜蜂達に少しだけ舐めさせて、残りは喉を潤した。
小ぶりな風呂敷を見つけると咸宴は得意げな顔でそれを買い、撫星の「天の羽衣」を大事そうに包みキュッと自分の腰に括り付けたのだった。
業物(わざもの)屋の前で座り込み、竹細工屋で背負い籠を求めた。買った物を片っ端から入れていくと建築中の寺社の隅に紛れ込んで、板切れを手に帰って来る。ほんの数刻前の出来事が嘘の様で、存分に楽しむと街を後にした。広がった畑の向こうに川を見つけて、夕闇迫る頃には川辺に陣取って火を焚いたのだった。

「ほら」
撫星は焼けた芋を咸宴に投げる。咸宴は上手に腰の辺りの襞を広げて満面の笑みで受け取った。
「ありがとう。いい鞋だったわ、暫くは何もしないでも暮らせそうね……ハハッ…」
撫星はお手上げ気味に応える。
「どころではない。あれはこの世に二つとない蓮華蓮糸鞋だ。こんなはした金どころか、知れば一国が滅んでもおかしくない品物だぞ。モノを解らない者同士で助かったな」
「そうなの⁈…そうよね、やだ、そうよね」
途端、不安そうな顔で咸宴は呟いた。
「そうだわ…、そうよね。そうよ、空前絶後のお宝ってこういう事を言うのよね。……うん、…そうよ。でも、私も解ってたわよ。だからこそ私には相応しくもないし必要もないと思ったのよ。なら、必要あるものと替えようと思って……でも、やっぱり軽率だったわ、…そう言う事よね」
やっと彼女はことの重大さが理解できた様で………

「『連城の璧』とはこの事だわ。これが元で死人が出たり…戦にでもなったら……!」
撫星を見つめて蒼白な顔でオロオロとし始めた。
撫星は少し可笑しくなってこみ上げる笑いを抑える事が出来ない。
「ククッ……、ハッ…大丈夫だ。あれは見ての通り睡蓮の花で作った鞋だ。十日もすれば枯れて跡形もなくなる。命の尽きた枯花に戻るだけだ」
えっ…、と拍子抜けする咸宴の姿に撫星が声を立てて笑った。
ハハハハハハハハッッ…………
応えるかの様に焚き火がパチパチと跳ねる。
「ハハッッ…、小咸が逞しいのはよくわかった。成程、巣箱が一つあればいいと言っただけの事はあるハハハハッッ…」
咸宴は憮然とし、撫星はそれが益々可笑しくてゴホンと咳払いに隠しながら笑むしかなかった。
咸宴は唇を噛みながら顔をしかめて、小さく言い始める。

「でも、一人は……苦しいわ」

彼女の顔が半分焚き火に照らされて、半分闇に溶ける。
撫星がスッと笑みを呑んだ。
「…十一になる前に両親は呆気なく亡くなったわ」「………………」
「子供が一人、古びた巣箱を抱えて生きていくのよ。誰もが私を軽く見て貶めるわ。あんなに、…あんなに上等な扱いを受けた事なんてなかったのよ。…私、舞い上がっていた………騙されたのね」
抑揚のない低い声が彼女の暗い感情を如実に表す。
「それは、今日の追手の理由か?」
撫星は何も尋ねなかったのに、今咸宴は訥々(とつとつ)と続けている。
「私に優しくしてくれる娘娘に恩返しをしなければと思った。でも、始まりはそこではなかったんだわ。娘娘は私を利用する為に私に親切にしたんだわ」
「で、利用されたのだ」
「毒薬や毒草があるのと同じ様に、この世には毒蜜がある。…娘娘は…殺られる前に殺らなければ、と言われた。私は石楠花蜜を娘娘に渡した。後継の公子は亡くなり娘娘は偽善者の顔で私を捕縛の命を出した。命の有無は問わないと……初めから仕組まれていた、……んだ、わ…」

撫星は黙って横に座る。何と弱い魂だろうと、黙って見つめる。
咸宴は冷たくなった手を焼き芋で温める様にギュッと包んでいたが、陽の光の下クルクルと動いていた表情は消え失せて石像の様に固まっていた。
「…こんな事を言うのは場違いかも知れないけれど、一人は寂しくて辛いの。また何か間違いを犯してしまうかも知れないわ。…あの、…撫…星……様、もう少し一緒にいてくれないかしら。私、もう一人は嫌、だわ」
彼女の声は少し震えていた。

何と小さくか弱い、頼りない魂か。

隣に寄り添い柔く肩を抱く。
腰に回した「天の羽衣」入った風呂敷包みをそれとわかる様にポンポン…と叩き、肩越しに耳元に囁いた。
「これを持っている限り私は、小咸…お前の奴婢に等しい。小咸の願い事は全て叶うだろうし、私は小咸から離れる事は出来ないだろう。無くさない様に、しっかり持っておいで」

その頸(うなじ)は焚き火の火を吸って熱を持ち、ほんのりと赤く染まる。




厳密には睡蓮と蓮は違うモノなんですけどね。ごめんなさい、すみませんです<(_ _)>ペコリ。

 

 

 

 

 

 

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