平安さん・星月夜虹霓綺譚 四十 《 地の花衣 》 | yuz的 益者三楽

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星月夜虹霓綺譚
(ほしづくよこうげいきたん)


四十 《 地の花衣 》



「いたぞッッ‼︎回れッ!」
「声のする方だッ…ッッ‼︎」
「…ッ…向こうだぁッ!…ッッ…」
大勢の追っ手の声とガチャガチャとなる己を断罪するであろう恐ろしい金属の音に彼女は改めて正気に戻り、ワナワナと四つん這いになって彼に近づいた。
「…お……た、…たす………け、て…」
目のやり場には困り、目線は草の生えた地を巡る。
壬魁は何の羞恥もなく彼女の前に佇み少しだけ首を捻った。

誰だ?
この凡人は。
青ざめた痩せた顔、だがキリリと意思の強そうな眉。今の今まで泣いていたらしく真っ赤に腫れ上がった瞳は、だが今は涙なく彼を見上げていた。
見上げながら、今度は耳まで真っ赤にして視線を逸らす。
壬魁は素っ気なく答えた。
「お前を助ける謂れはない」
彼女はワナワナと震え、壬魁は遠く男達の怒声と干戈が小煩く耳につき頭を上げたのだった。
「ふ…ぅ…ん……。お前、追われているのか?」
この、牙ひとつ無く爪ひとつ磨かず賢しい狡賢さもないような………凡庸な小娘が兵士に等しき者等に追われている?
面妖な事もあるものだ。

刻々と近づいて来る兵達の騒動に蜂娘は大きく生唾を飲み込むと百回転もする程瞳を回し、千回転頭を巡らせギュッと空の色を移した衣を握り締めた。中指の爪が掌に刺さり「痛ッ」と呟きハッ…と気づく。
ガバッッ、と立ち上がり握り締めた衣を突き出した。それはまるで空にポッカリと浮かんだ白い雲の様に正体なく、淡い霞の様にしっとりと密やかな衣であった。
「私を助けて!でなければこの着物はお返ししないわ」
面食らって壬魁が漸く彼女をまじまじと見る。
蜂娘はこの一瞬で気づいたのだ。
この衣は裸の彼の着物に違いなく、彼は、……彼は誰?こんな天人の衣の様な着物を着込んで…これはお世話になったこの国の後宮の最上級の女君達の物よりもずっとずっと上等な…まるで夢の様な衣だわ。
これは天人の衣で、ならば彼は天人で、…天人だわ………ならばならば…。
彼女は忘れかけた幼い日の母の寝物語を思い出す。
そうよ。彼は天人で、ならばならば人界に降りた天人は天に帰る為の衣を失くして立ち往生するんだわ。
人はこう言うのよ。


『さあさあ、美しき天女よ。あなたの羽の衣はここにある。返して欲しくば私の願いを叶えておくれ』


勝ち誇った様に、彼女は空色の衣を突き出して壬魁の顔を真っ直ぐに見た。瞬きするのも忘れて目を見開いて、そして火を吹く様にみるみると顔を赤くしていく。
百面相だ。
壬魁は、くっ…と喉元で笑う。
そうこうしている内に兵達の声はすぐそこまで来て蜂娘の突き出した手がブルブルと震え始める。
壬魁は「ふぅん…」と鳩尾(みぞおち)まで唾(つばき)を落とし込んで皮肉な笑みを浮かべた。
「いたぞッッッ‼︎」
薮の中から兵達の姿が現れた途端、壬魁は蜂娘の持った衣をギュッ、と強く引っ張り彼女は倒れ込む様に彼の腕の中に収まる。彼女は彼の膝の上で小さく縮こまり、彼はクスリ…と小馬鹿にする様に笑った。
「大きな事を言う割には小心者だ」
耳元で小さく呟く。

「何者だッ⁈」
目の前で槍を持った誰かが勢いよくそれを飛ばす。
槍は蜂娘達の眼前でバチリと雷に遭った様に跳ね上がり砕けた。
「愚か者が。近頃の凡人共は聖域の意味も禁足地の謂れも知らぬか!」
決して大きな声ではないのにそれは兵達の怒声より身体に響き恐怖と畏怖を導き出した。
兵達は今までの血気逸った姿が嘘の様に土気色の顔をブルブルと震わせ始める。

「……な……ッ…」
「その鎧の意匠を見れば三虎児の恩恵を受けた者等の末裔に違いなさそうなのに、ふん……既に己等の始祖の事も忘れ果てたか?」
「…は……は…ハハ…?…⁈…」
兵士達から見える壬魁は水面立つ湖面の上にまるで半跏思惟像の様に片膝をあげて座り…座り?
いや、彼は湖面の上に宙に浮いている。そしてその膝には汚れた娘が外衣に包まり小さく収まっているのだ。
兵士達は圧倒され、ズリズリと後ろへ引き下がるとガクリと膝をついて低頭した。
「…ぁ……あ、あなた、サマ…は…ァァ………」

壬魁はグワリ…と響く声を木々に当てながら応える。
「私の事はよい…、それよりもそなた等の堕落の方が先だ。…少しは気づいた様だがな。この森はそなた達の始祖の始まりの地である筈だ。その三虎の意匠を嵌めた羽林兵の白鎧が証。この地で天虎の恩恵と盟約を受けて治天となった者の治める国。この地は聖地であり禁足地であり祭礼の神籬 (ひもろぎ)。その地に剣を持って血を求め入り込むなど…千年先迄呪われたいかッッ‼︎」
「そ……その様…な……ァァ…………」

蜂娘は外衣(マント)の下で再び身を細くする。
私は、禁足地に紛れ込んでいたのか?
天虎の聖地?治天の王族の始祖地?
ちょっと、…ちょっとちょっと待って。ならば私はそんな天虎の約を持った王族を死に追いやったのよ。
待って待って…それなら、そんな私がこの地で斬られ果てるのは真っ当正しいわ。
兵士達は地べたに這いつくばり、あまりの出来事にガクガクと震えて、湖面に浮かぶ人ならざる者の姿に怖気付いた。
だが怯えたのは娘も同じで、その裸の膝の上に抱(いだ)かれながら身体中の熱は氷点下まで下がり失神寸前にぐにゃりと萎びていく。すると、背に回る壬魁の腕が包み込むようにその痩せた身体を仕舞い込んだ。

「さて、これ以上我の怒りを買いたくなかったら、去(い)ね。せっかくの無邪気な虎児達の遊び場を汚したいか」
その瞳は燃える様に熱く、兵達は焼き尽くされるような錯覚に陥って泥に汚れながら後退りし始める。ただ、たった一人、その中の将らしき男が一人泥に手を埋めながらも額づいたまま恐る恐る呟いた。
「カ…か、畏(かしこ)き処の御方様と、……と、とお見受け致し、ます。ただ、ただ拙(わたし)共は上つ方の命に沿って参り…参りました。………お、…畏れながら、そ…その娘奴婢はその虎児の盟使たり君上の尊子のお命に手をつけた謀反人でございます」
言いながら悦に入って来た様で、いかに自分達が正しい行いをしてその娘を斬らねばならぬかを切々と訴え出す。
娘はギュッと細い指で拳を作り壬魁の胸に顔を押し付けた。
壬魁はコキっと首を鳴らすと、細く小さな溜め息を吐きゆっくりと目を逸らす。それから彼女の腰に回していた左手にもう一度力を入れ直し、右手で外衣(マント)からこぼれ落ちた彼女の髪を弄び出した。
聞いているのか、いないのか…。
蜂娘の首筋にスン…とその指が掠める度に彼女はゾクリとする。
「………で、…で、アルからして…テ………」
退屈の極限に来た壬魁がすぅーー……と息を吸い込む。
それはまるで、巨龍の尾羽ばたきの様に鳴った。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ……………ッッ
「ヒッ…」
ッ…バリッッ‼︎‼︎
中天から落雷が一つある。
さっきまで饒舌にまくし立てていた彼はただの黒い煤の塊となる。
「…!…ヒィッ……!」
「去(い)ね」
似つかわしくない柔らかな物言いはそのまま、対極にある恐怖に変わり、兵達は腰砕けになりながら這う這うの体で消えて行った。

「さぁ、姑娘。願い通りお前の命を助けた。満足か?」
フワリと蜂娘を地に降ろし、壬魁は彼女の傍に立つ。
「その衣を返して貰おうか?生憎血に汚れていないのはその下衣だけなのだ」
そう言いながら、面白そうににこやかに笑む。
蜂娘は再び目の玉が飛び出るほど大きく目を見開いて壬魁を上から下まで舐めるように見つめた。
象牙色の、シミひとつない肌。
深い深い、でも汀(みぎわ)の波の様な輝きを見せる黒い瞳。
濡れた黒髪、肉と骨の均整の取れた……変な言い方だけど……ふふっ…美味しそうな肩だわ……そして、胸……、腰…
「キ…き……きゃ…キャーーーーッッー……!」
空色の衣を鷲掴みにして座り込む。
「は、早く…何か着て!着てッッ‼︎」
壬魁はお手上げだと言う様に肩を竦め、片手をあげるとクルクルっと指先を回しぴゅーーーーッ…と風を起こた。泉の向こう側から血染みのついたままの衣装が飛んできてポプリ…と彼の手の中に収まる。衣を一瞥してぼそりと言った。

「血汚れた衣は羽織りたくないのが本音だ。それにその衣、姑娘が持っていても何の役にも立たないだろう?」
蜂娘は過呼吸気味に息を整えてうずくまったまま自分の外衣(マント)をゆっくりと剥いだ。
「こ、これを………」
後ろ手に掲げる。
この、この羽衣は手放せない。
何故?
何故?
これは天の羽衣で、私はこの美しい天人を手放しなくないのよ。
貴方はきっと、これを返したその瞬間に天に帰って行くのでしょう?
「せ、…責任は取るわ。み……ミ…見ちゃったし…」
「は?」
この娘、何を言っているのだ?
……………私がこの衣一つの為に天界に帰れない様な下賤な輩と思っているのか?
………御伽話の読みすぎだな。
壬魁は再び笑ったが、それは鼻先で嘲笑する様な嗤いで、蜂娘にはそれは見えなくて、ただただ湯立つ真っ赤な顔を伏せて外衣(マント)を上げる。



そうだ。
言ってみればほんの遊び心だったのだ。
本当にその衣が欲しければ彼女の腕をちょっとだけ締め上げればよかったのだし、いっそあの羽林兵の様に燃(も)してしまえばそれは、それでも良かったのだ。
己の命の有無の一瞬にいながら、私を天仙と理解しながらも一発仕掛けてくる様な凡人に会って……少し面白かったのだ。
死にそうな目に遭いながら…この娘は私に何を期待しているのか?
恋路と死地を同時に味わう?
…………変わった娘だ。
ただ少しだけ、興味が湧いたのだ。

そうよ。
そうなのよ。
生と死と、恋と恐怖と、桃花(ときめき)と運命と……。
こんなにも多くの感情が突風の様に私自身に襲いかかる。
私は、恋をした。
自分が死ぬと思った途端、生きる意味を知った。
正義も道理も恩も讐も関係なくて、私はこの天人を手に入れたいと思っただけだったのよ。
私は、生きている意味を知らなかったけれど、この時知った気がする。
そうよ、………そう…。



蜂娘は引き裂かれそな己の感情をどうにかこうにか落ちつけて、改めてこの天人を見る。
彼は既に蜂娘の汚れた外衣(マント)を羽織って逆光に彼女を見下ろしている。
「名は?姑娘」
「…咸宴。貴方は?」
壬魁は少し間を置いて応える。
「撫星」

始まりは、こんなだったのだ。
名前すら教える気はなかった。
しばらく凡界を遊覧して天界に帰れば瓢娘にネタの一つでも与えるつもりで、そんなものだった。
瓢娘はこう言うだろう。
『撫星だって?一体どう言う意味だい?』
『名を教える程肩入れするつもりはなかっただけですよ…ふふふ……ン…彼女等にとって私達はこんなもんでしょう?』
『はん……………《孔蓋兮翠旍  登九天兮撫彗星》ってか?』
『そう、……まぁ、はい…』



ーーーーーーー………咸宴…、君は地上の花を纏って舞い踊る旅人。
その泥も塵も鮮やかに生きる証で花色を纏う。
君こそが春の嵐、花仙にも等しき………


興女遊兮九河   衝風至兮水揚波
興女沐兮咸池   晞女髪兮陽之阿
望美人兮未来   臨風怳兮浩歌
孔蓋兮翠旌    登九天兮撫彗星
竦長剣兮幼艾擁  蓀獨宣兮為民正


女(なんじ)と九河(天河)に遊べば、衝風至って水波を揚ぐ
女(なんじ)と咸池*に沐せば、女(なんじ)の髪を陽の阿に晞(かわ)かさん
美人を望めども未だ来たらず、風に臨んで怳(こう)として浩歌す
孔蓋と翠旌(すいせい)と、九天に登って彗星を撫す
長剣を竦(と)りて幼艾(ようがい)擁す、蓀(そん)独(ひと)り宣(よろし)く民の正為るべし

《 楚辞(九歌)より 》






吾の君、天河へ訪えば、風が吹き水が跳ねる
其の君、咸池*で水を浴びれば、その髪を陽光で乾かす
(ああ、だが)その佳人(あなた)はどう待っても来はしない、ただ吹き荒れる風に向かって(その思いを)歌うのみ
(気づけば)威儀を正して天輿に乗し、天高く昇ぼり彗星を手に天地を掃き清めたる君よ
両手(もろて)には(戦い挑む)長剣と(守るべき)愛しき者と、君のみが人智を超えて凡下の命運を司る者


*咸池=天界にある神泉湖、天池。
毎朝ここで太陽が水浴して昇って来るという。

 

 

 

 

 

 

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