平安さん・星月夜虹霓綺譚 三十八 《 純情からの結末(下) 》 | yuz的 益者三楽

yuz的 益者三楽

中国ドラマ・小説の非公式ファンサイトです
アメンバーについては(2023.1.21記事)を参照してください。
以前トラブルがあり、こちらは個人の方、お約束事項ご了承の方のみ了承します(商用の方不可、無言申告不可)
又、商用利用や他サイト上への一部転記などは、NGです

 

星月夜虹霓綺譚
(ほしづくよこうげいきたん)


三十八 《 純情からの結末(下) 》



舟守は少し心配げに空を見上げて言った。
「三十七師(先生)、雲行きが怪しくなって来ましたよ。本当に今日行かれるのですか?」
私はできるだけ明るい調子で応える。
「ああ、隣島まで持ち堪えてくれればいいんだ。これ以上時期を外したら今度は霧の季節だ。そうこうするうちに冬の寒さに億劫になってしまうよ」
「まあ、それはその通りですがね」
舟守は諦めておかしそうに笑う。ただ、何年も小さな少爺(坊ちゃん)お世話をして、島の者達にも尽くしてくれた彼が誰の見送りもなく、まるで隠れ逃げる様に島を去る理由も解らなかったのだろう。それでも一刻も速く、と急かす様な私の態度に舟守はようやく櫂を握り直した。

「三十七師!」
飛び乗ろうとした矢先、不意に背後から呼びかけられ驚いて振り向く。
そこにいたのは息を切らしながら駆けて来る子静だった。
「少爺(ぼっちゃん)!」
私の前に立ち止まるとはぁはぁと肩で息をしながら言葉をつないだ。
「今日、島を出ると聞いて…ハ……見送りはいらないなんて、何故そんな事を……」
上気した顔はいかにも健康な青年を思わせて、思わず私は笑んだ。
「やるべき事は全て終わらせましたから。老師(大先生)の具合も心配で一刻も早く帰りたかったんですよ」
「そんな………」
チラリと舟守を見ながら口をつぐむ。

舟守は明後日の方向を見ながら小さく口笛を吹きながら言ったのだった。
「ああ、少し波が高いな。三十七師(先生)半時程様子を見ましょうか?少爺(坊ちゃん)、わしも一度櫂を下させて貰いますよ。少爺(坊ちゃん)方も、あちらの屋根下ででもお待ちくださいな」
早々に舟を降りると鼻歌を歌いながら去って行った。取り残された二人が少々気まずい顔を合わせて立ち尽くす。

……私は外衣(マント)を翻してさっさと雨除けの屋根の下に入った。
今更、彼に会うつもりも何かを伝えるつもりもなかったのだ。
「三十七師」
後ろを追いかけてくる子静はただ無邪気で、私はどう接すればよいのか戸惑う。
外衣(マント)の端を握り締めたまま棒切れの様に身体中に力を入れて屋根下の柱にトン…と肩を寄せた。子静が寄って来て私に椅子を勧めようとするのを押し留めてヒョイ…と顎を揺らし彼を座らせる。私にとって彼は相変わらず少爺(坊ちゃん)であり、患者だ。そして、それ以上のモノを知られたくはなくて、だからこそ今この状況は私には居心地の良いモノではない。彼は言ったではないか?

『三十七師が好きなのは私で、それは私が嵐児を見る目と同じなんだ』

それを判っていながら知らないふりをして何食わぬ顔で私と接していたのか?
私はとんだ猿回しだ。
私に用がないのなら、私も早々に退場するまでだ。君は短い生を燃やし尽くして、嵐児と幸せになればよい。

「三十七師、どうしても帰られるのですか?」
私は余程険のある顔をしていたのだろう。子静は小さな声で窺うように声をあげる。
じっと海と空を見つめながら、私は目を合わさずに答えた。
「何度も言った通りです。私は老師(大先生)が心配です。…あなたには何の心配もしていない。嵐児小姐(お嬢様)がおいでなら私の出る幕はないでしょう?」
少しばかりトゲのある言葉は能天気な彼に通じたのだろうか?
「…それは………それは…、だけど三十七師(先生)、気を悪くなさらずに聞いてください。私は、……私はあなたがずっとこの島に居てくれるものと思っていた…んです」

ハッッ……ッ…!

最後まで聞かずに私は彼を真正面から睨むように見つめて、初めて………初めて叩きつけるように口についた言葉を止める事が出来なかった。
「ハッッ…ンッ‼︎ずっと?ずっと⁈何故?少爺(坊ちゃん)、貴方は私の貴方に対するただならぬ想いを知っていると言ったではないか?なのに、ずっと⁈何故?貴方と小姐(お嬢様)の、恋愛の成就を見せつけてられて、二人がこの島で幸せに年をとり暮らしていくのを助けて、二人の幸福を己のものと思い祝福しろとでも?私が何故、この島に来て貴方の主治医となって、貴方の脈を看、貴方の薬を作り、貴方の命を長らえさせてると?…フンッ……、貴方の事が好きで、貴方の命を慈愛おしんで……報われないと知っていながら貴方を手に入れたいと……ッ…手に、…手に入れたいと思っている私に…貴方は何を求めているのか?私は聖人ではないし、そんな馬鹿正直な阿呆でもない!」

ぶちまけた思いに私自身が驚いてゴンッ…と後頭部を柱にぶつけた。それでも尚収まらず続ける。
「貴方の幸せが私と共にない事を見届けろとでも⁈貴方はご自分の為に、私を利用しているのですか?」

『三十七師、あなたが仙丹を作って彼に与えてくれるならば、彼はその命を全うし生き永らえる事が出来るでしょう。あなたにそれを委ねてもよろしいか?』

ーーーー老師(大先生)、子静の命はその運命簿通り短く儚いものだ。私が彼をどうこうするような虫の良い事など出来ないのですよ。

子静は呆気に取られて私を見上げている。
「三十七師、………ごめん…なさい。…うん、確かに虫のいい話だ。…うん、………確かに私は三十七師が私を好ましく見ているのを知っていたんだ。…利用しようと思ったつもりはなかったけれど…」
十代の青年らしい子供っぽさと、純粋さとエゴ。
良家のボンボンらしいぬるい優しさと傲慢さ。
憎らしいくらいに疑いのない瞳で私を見るその眼差しは、確かに私が求めていた物かも知れない。
外衣(マント)の端を、皺になる程握り締めていた手を離してドンッと腰壁を叩く。途端、子静の口が止まった。
「子静ッ!」
ツカツカと彼の側まで寄ると彼を見下ろして、私は怒りに身を任せて…怒り?強く強く、首を振る。思いの丈、激情に身を任せる。

「子静、一緒に島を出ないか?」
「え?」
夏の、光弾ける海の様に澄んだ目を見開いて、彼は私を見上げる。
「この島は君に…君の身体に向いてないのは明白だ。夏は暑く冬は寒い。海風は容赦なくて、その上生業は塩作りときたもんだ。この島や仕事にこだわる必要が何処にある?母は既にない。父親はあの通り君に見向きもしない。嵐児だけが君の事を思ってる?君を手に入れようとあの手この手でがんじがらめだ。こんな島に、こんな家族に生まれた瞬間から身を削られている様なものだ。全て…全て手放して私と島を出よう。君の欲しい物は全て手に入る。君の望むままに何処にでも連れて行ける。暖かい南の国?山深い清水の流れる谷里?生命の果実の成る楽園?子静、君は何も苦しむ事はない。私は君に百の齢(よわい)と万の月日を、きみの心安らかな豊かな日々と愛を約束しよう。私は、いつでもどこでも、何処までも、君と共にいる事が出来る」

ポカン…としたなんとも間抜けた顔が私を見上げていて、彼の瞳に小さく私の顔が映っている。動揺に半開きになった唇は紅を置いた女子の様に赤くて、…嵐児よりずっと扇情的だった。

私は彼の顎に手を置き、先程とは打って変わって黙って顔を近づけていった。吸い寄せられる様にその赤い唇に己の口を寄せてふわりと優しく口付ける。顎先の手に力を入れて強く唇を吸い上げる。私の想いが彼を吸い上げてその熱を絡ませる。本能的に逃げようとする彼に、空いたもう片方の手がその後頭部を持ち離すまいと喧嘩する。
互いの息が互いを威嚇して、温(ぬる)く柔らかな体温のやり取りを思い描く事も出来ず、私達の思考を停止させた。

…クッ………ッッ…
くぐもった彼の声と力一杯私の肩を押し戻す腕に漸く私は我を取り戻し、けれどもゆっくりと顔を離した。
ゲホゲホ…と彼は苦しそうに何度か咳き込んだが私はお構いなしだった。
照れもない、恥ずかしさもない、どちらかと言えば怒りにも似たもどかしさの様な赤く熱(ほて)る真面目な顔で、拳でグッと口を拭く。手の甲が唾液で光っているのを確認して、彼が最後に小さくケホッ…と咳終わるのを待って、私は許しを請う罪人の様に跪いた。
彼の両手を取って口を開く。

「子静」
子静は口を拭う事も私を嫌悪する事もなかった。
ただ、ゆっくりと首を横に振る。
「三十七師、私はこの島を愛している」
それから、静かに続ける。
「この島は私のかけがえのない財産で、私はこの島があるから生きていける。この島と島人達と嵐児と父と、……三十七師、私の欲しい物は全てこの島にあるんだ……」
私との別れを確信したかの様に、少し寂しそうに微笑んだ。
カッッ……ッ…
地面を割る様な鋭い靴音を立てて立ち上がると、私は黙って屋根下を離れた。

浪子静。
浪子静……。
浪……子…静…………
何の呪文か判らぬ様な彼の名を、何度も何度も胸の内で唱えながら歩を進める。
私の拳は最初と同じように外衣(マント)を硬く握り締めている。
震える程に、硬く握り締めている。

その日私は島を離れ、老師(大先生)の元へ帰った。




少しばかり歳を取り、自分の老いと死の寿命を理解している老師(大先生)は穏やかに私を迎え入れてくれた。島での出来事を何一つ尋ねる事はしなかった。
数年、私は老師(大先生)の傍にあり、老師(大先生)の医薬院の手伝いと彼の看病に没頭した。
老師(大先生)を見送り三年程した頃、私はその知らせを受け取る。

浪静が、亡くなった。

浪静…
ーーー浪…子静……
ーーーーーーー子静…………
ーーーーーーーーーーー………………子静…‼︎
ーーーーーーーーーーーーーーーー……子静ッッ‼︎‼︎‼︎

仰け反る様に後ろに踏み出したつもりがガタガタガタッッ…と薬棚にぶつかり滑り落ちる様に床に尻餅を付く。傍目にもそれと判るくらい動揺して、首筋から肩にかけてガタガタと震えるのが自分でも解ったくらいだった。蒼白な私の顔に、知らせにきた使いの方が幾らか不可思議な顔をして私を覗き込んだ。
そうだろう。
老師(大先生)の死に際してさえこれ程狼狽える事はなかったのだから。島を出る時に彼の死など覚悟していた筈だった。老いた老師(大先生)の死以上に彼が後何年持ち堪える事が出来るか、指を折って数える事だって出来るくらいだったのだ。

ただ、私は少しだけ穏やかに情をかけた。
彼の寿命を幾許(いくばく)か、延ばした。
ほんの数年か数十年か………あの口付けは私の激情に違いはなかったが、それと共に私から彼への僅かばかりの餞別でもあった。
彼はあの『欲しい物は全てここにある』島で、両手で数えられるだけの小さな生をどう生きたのだろう。


私は島に向かう。
島々を包む白い雨は喪色の白幡にも似て、静寂な雨音を私に向けて迎え入れてくれた。
足元に雨を弾かせながら私は浪家へ、子静の元へ、嵐児の元へ急ぐ。

子静、子静、子静………嵐児、嵐児、嵐児…………
子静、嵐児、子静、嵐児、子静、嵐児…
右足と左足が彼らを呼びながら歩む。
子静……嵐児………

泥が、跳ねる。


私は子静と嵐児と、二人の小さな赤ん坊に最後の挨拶をするとそのまま凡界を離れた。




空桑山は今日も雨。

暗く厚い雲の下、戻ってきた私に由旬はそのベチャベチャと跳ねまわる泥の上に両手を付き出迎えてくれていた。
「お帰りなさいませ、少主」
私は黙って雨に打たれ続けている。
髪に、眉に、睫毛に、頬に、伝って来た雨は顎先に集まりその雫は一つの道になっている。
その濡れた顔が雨なのか、涙なのかは誰にも判らない。
肩に、袖に、合わせた衣の胸元に、容赦なく細い雨は降り注ぐ。
絞るまでもなく、その雫はポタポタと泥に落ちる。
「由旬」
それだけ言うと両手で彼を助け起こし、まるで幼子が母に抱きつく様にギュッ…と肩に手を回す。
数度、深い息をしてもう一度声をあげる。
「由旬、……すまなかった。………だが、…どうしようも…なかったんだ」
彼もまた子供をあやす様に私の背中にトントン…と拍子を取って撫で上げる。
いつからここにいるのか、彼の衣は黒い泥にベトベトに汚れ、手も顔も痘痕(あばた)な様に跳ねる泥がくっきりと跡を残している。それでも、彼の身の内からは温かい熱が発せられていて、私を無条件に包み込んでいた。

「すまない……だが、本当にどうしようもなかったんだ。だけど由旬、見ての通りだ。彼女は私の事などこれっぽっちも気にも留めず世々(せせ)を回る。彼らの命運は運命簿通りだ。由旬、私はどうしたらいい?父やその他の神仙達の様にただ目を細めて凡界を巡り、小さな遊び場として楽しめばいいのか?父の様に愛で尽くした挙句、醜い醜女を一人忘川の袂に突き落とせばいいのか?私は………私は…」

私は、彼女が欲しいのだ。

由旬は私の背を撫で続けている。濡れ汚れた手で撫でているせいで私の背は彼の指の形に黒く染み付いている。そのシミは実のところ彼の心持ちそのものだったのかも知れない。
無条件に私を受け入れてくれる侍(じ)でありながら、彼自身理解してくれている訳ではない。ただ彼は、その疑問を誠意を持って私に訊ねる。
「少主」
低い声は雨音に混じり心地良いくらいだった。
「…何故?……何故でございますか?由旬には解りません。何故それ程あの者に拘らなければならないのですか?」

何…故………?
私はじっと由旬の肩から離れ長く息を吐く。
何故?
由旬の顔を見る。
何故…………

五里………………………

あの日も雨だった。

あの日、私の生涯で初めての喜びとそのどん底と、歓喜と恐怖と……その全てを分かち合った人。

あの日、あの時、あの瞬間、彼女は私に小さなささやかな、だがしかし、最高の安らぎを与えてくれるかけがえのない存在になったのだ。

私を、待ってくれた人。
何故、どうして、どんな気持ちで、彼女は私を待ってくれていたのか。

私は、彼女に会いたい。
彼女に沢山の話をし、沢山の話を聞き、語り合いたい。
彼女に赦しを請い、そして彼女に愛を乞いたい。

「父は何故母を弄び、捨てたのだろう」
由旬の顔が僅かに歪む。
それは由旬の問いに帰結する。
『……彼女は凡人だ。仕方がない…………』
…由旬には解らないかもしれない。

既にあの雨の日に、彼女は私にとって唯一無二になっているのだ。


降りしきる雨を仰ぎ、私は空を見る。
あれ程空桑空を騒がせた雨は、ようやく最近その雨足を緩め出した。
近頃は降ったり止んだりを繰り返して、それは空桑空の黒い土に濃い滋養を染みさせている様だった。
三尸蟲が落ちる事もなくなった。
由旬は南斗星君とも瓢娘とも出会ってはいない。

文曲の目がある一点に止まる。
雲の間に間から差す真っ直ぐな陽の光は幾重にも重なり、月帝の娘達の織る薄布よりも淡く九紫の色を匂わせる。


やがて虹が出る。

 

 

 

 

 

 

イベントバナー

 

28日まで!お買い物マラソンのエントリーはコチラ

イベントバナー

「くらしのマーケット」くらべておトク、プロのお仕事。

 

 

ウォーターサーバー Frecious(フレシャス)

 

大人のカロリミット

イベントバナー

 

 

 

 

 

イベントバナー

「くらしのマーケット」くらべておトク、プロのお仕事。

【アクティビティジャパン】遊び・体験・レジャーの予約サイト

【ゼンブヌードル】8食モニターセット

 

ミネラルファンデーション パーフェクトキット

Oisix(オイシックス)食材宅配おためしセット

 

グローバルファッションブランド|SHEIN(シーイン)