yuz的 益者三楽

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星月夜虹霓綺譚
(ほしづくよこうげいきたん)



五十三 《 羽化 化生 転化 変態(下) 》



「宮主!」
ようやく向こう岸に辿り着き砂を払う様に水を払い、焦げた衣の端を凝視していた壬魁の背中に叫んだ者がいた。
穏やかに壬魁が振り向く。
「五里。来たか」
急(せ)く様に転がった片羽の三尸蟲は次の瞬間人形(ひとがた)となり壬魁の足元に跪いた。
三尸蟲は元々凡人達の世々を駆け抜けていく者だから冥府も忘河もそれ程の意味はない。そして、それ程意味ないくらい五里自身も成長しているという事だろう。三尸蟲は自分で自分を養う。
「私は…」
思い詰めた口調で五里が、口を開いた。
「私は、由旬や南斗星君殿下の様に聞き分けの良い事はできません」
「そうか」
立ち上がりもせず五里は続ける。
「あんな、…あんなに、あれだけ!少主を……少主を思い入れさせて、振り回して、……虜に…魅入らさせておきながら、結局少主を突き放し捨て置いて我が道を歩こうなんて、なんて、何も知らない凡界の小娘の顔をして少主から離れようとしている者を、私は………!」
「五里」
壬魁は、よっ…と五里の右腰と左腕に手を掛けて助け起こすて、五里はその紅潮した、怒っているような泣きたいような、複雑な明情しがたい顔を右下に俯かせた。

「五里、お前は私にどうして欲しいのだ?お前はいつだって文曲の味方だったではないか」
「そうです」
……………
「私は少主の味方です。私は…だって私の主人はいつだって少主で、少主は私の命の創造主で、私は少主に一命を賭して……い…え、私の命は、それは全て少主に握られていて!私は、…私は…少主に逆らう事は出来ません!でも、…でも!それで、…………ッも!」
「文曲の想い人である翠雨を殺したい程憎いか」
「…はい」
五里の左の拳がギュッッ…と握られる。
「…それ程、文曲を好いているか」
「……………はい………」
五里の長い黒髪は俯いたその顔に黒々とかかり、出所のわからぬ雫が一粒、その陰から落ちて中身のない頼りない右袖に落ちた。
「文曲の想いを思えばお前には殺れぬか」
「…は…い」
ギュッと左袖が五里の顔を手荒く拭った。
「私に始末してくれと願うと?」
「はい」
それは何の躊躇いもなく無機質に応える。
「五里」

宮主は穏やかに言葉をつなげた。
「私は、お前を好ましく思っている」
俯いた顔が訝しげに上がる。
だって、だって私は一匹のしがない三尸蟲で、言って他の三尸蟲達にだって小馬鹿にされる程他所(ヨソ.生気)を知らない半端者だ。そして少主の情から離れられなくて、五里や翠雨の情に心をイラつかせて、己(おの)が感情一つ御(ぎょ)しきれず大司命星君に私情を訴える愚か者だ。
そんな私を、「好ましい」?
鬱陶しい黒髪の隙間から窺う大司命星君、…いや、もうお役目は返上しているのだったっけ?
大司命……いやいや…………何と言ったら?え…っと、宮主は。…ギュッと奥歯を噛み締めて、眉間に皺を寄せて窺う宮主はニッコリと笑っていた。
それは少主によく似た笑顔で「あ、やっぱりお二人は親子なんだ」と思わせるお顔だった。ただ、宮主は普段あまり笑顔なんか見せる方ではなくて、私は初めて見た気がした。
少主は良く笑う。
笑うし、泣くし、怒るし、苦しむし、…よく遊び、楽しみ、…………………………………。
本当に、こんな宮主のお顔、初めて見た。

「五里?」
あんまり不躾に眺めていただろうか?私は飛び跳ねるように後退り、もう一度跪く。
くすっ…声を立てる気配すらわかる。
「本当の事だ、五里」
「そんな、それは…失礼しました」
何と答えていいのかわからず涙も引っ込むというものだ。
柔らかに、肩先に宮主の手がかかった。その柔らかさはそのままあの微笑みが続いているのだろうと想像させる。
「五里、私ははお前が生まれた時から知っている。小さく形無き生き物だったお前が、身の重さの分だけゆらゆらと生命を持って、一つづつ心を定めて文曲によって図らずも姿魂を得た」
静かに言葉は続く。

声色は少主より少しばかり低く心地良い。
「そしてまた、あれからどれくらいの月日が経っただろうか?今のお前は五里の似姿でも形代でもなくて、お前自身ではないか?」
え?と顔をあげる。
「お前の中にある感情は、文曲に与えられたモノでも五里に似せられたモノでもなくて、お前自身が作り育て上げた、お前の心だ」
まじまじと宮主の顔を見上げて、二度ほど瞬きをするとふいに背後の忘河の波音が耳に聞こえ出した。私の、真っ黒な心の闇を現したようだった暗い夜闇も、なだらかに白い風を通して深い藍色に染め直されていき始めていた。

「お前が一つの魂を練り上げる度に私は嬉しかった。お前が文曲の側にいてくれて良かったと思った。文曲を想ってくれて良かったと思った」
「宮主…」
「私が手を出さずとも、私はな、五里。父として司命星君としての私は…お前が文曲に嫁してくれたらとすら思える程に好ましく思っている」
「ッッ⁈」
思わずのけぞって、そのはずみに宮主が肩に置いた手が離れる。ハッハッ……と宮主は声に出して笑った。
「そ…ッ…そんな事は考えていません!」
「何故?」
だって!だって?
少主は私の主人で、私の創り主で、私は、少主の幸せを願う者ではあるけれど、私が幸せを与える者ではなくて……
「翠雨の死を願う程に文曲を想っているのに?」
「それとこれとは違います」
ようやく、もう一度背を正す。

私が翠雨を弑いたいのは彼女が少主に応えないからだ。少主を狂わす程に惑わすからだ。少主は全てを与えると言っているのに。
「私と少主では身位が違います」
「身位?ならば翠雨は?あれこそ身位云々以前の問題であろう?」
「だって、少主の御心は彼女にあるではありませんか!」
思わず語気を強める。
「お前はお前のその心一つ、魂一つ、文曲に訴えてはいないではないか」
「……そ…ッッ…」
反論する興奮に対してなのか、気おくれする羞恥に対してなのか真っ赤に火照った顔を向けて五里は言葉を失った。
「五里、私はもう仙籍を失墜した凡人だ。これに対する一指は持たない。もし持っていた……文曲の父として、師としての責として行使する事が出来たとしても、この問題は彼、彼等、そしてお前達が導き解いていく問題なのだよ」
「そんな……」
無責任な…と言いかけて、慌てて口を塞ぐ。


愛憎も欲望も諦念も……人の心のあり様の百万通りのただの一片で、だがその欠片を人は捨てる事は出来ないのだ。
それをどう知るかは、お前達次第だ。

…と、こんな高みから見下ろしている立場でもないか……


彼は再び慈愛とも取れる笑みを浮かべて五里の肩にそっと手を掛けた。
「それだけの情を持ちながら、どうしてもお前が文曲達のその土俵に立てないと言うのなら、…ああ…。…ふふっっ………冥土の土産にお前に一つ贈り物をやろう」
はい?と訝しげに首を傾げた五里の目の前で、彼はいきなり苦しげに呻いた。
「宮主⁈」
うずくまり河原の砂利の中に汚物を吐く様に牛蛙の声を何度も繰り返す。
ゲボッ…と血痕がいくつも飛び散る。
「宮主ッ‼︎」

グェ…ッッ…ゴボッ……
五里の裙(スカート)にも鉄錆びた様な鈍い色の鮮血が飛び回り、五里は怯えながらも慌てて彼の肩を掴み手荒くさするしかなかった。
ボタボタと汚れた唾液と血が糸を引いて流れ落ち、五里がいくら背をさすっても縊られる動物の様な呻きは止まない。
「宮主!どうされ……宮主ッ‼︎…あ……どうしたら…宮主!宮…ッッ‼︎」
苦悶の表情を浮かべ、次の一瞬彼は大きく口の中に残る物を飲み込んでゴクリッと息をつく。
それから右手でギッ…と口を拭い、もう一度ありったけの息を吸い込んだ。

………ゴボッ……ググギェ…ッッ…オ…ヴェェッッッ……………

息は吸えば吐くもの。
大きく息を吸い、その反動を使って死に損ないの様な断末魔の様な響きをあげ鯉の口のさながらに開いた口から何かの汚物が吐き出された。
「宮主ッ‼︎」
あまりの事に五里は恐怖の表情で顔中から大粒の涙を流して叫んでいた。
無理もない。日頃紛れもなく神仙の清やかな、ともすれば高慢な顔で取り澄ました宮主しか知らない五里にとって、魔尊や鬼神もしかりの様な血走らせた両目を抉り抜けそうな勢いで苦しむ宮主など理解できなかった。

彼は血溜まりの中から吐き出したそれを苦しみに足掻いた割れた爪の乗った右手で掬い取ると、左手で歪みに歪んだ五里の顔の中にある口を大きく開いた。
「が…がぐぅ…⁇」
そのまま右手にある物を口の中に放り込む。左手は口を塞ぎ苦しいくらいに喉を通り過ぎて、掌いっぱいで首を撫で下げて行った。その手に沿って彼女はゴクリと飲み込むしか術はない。
「な、何を…」

血濡れた口角が上がり、彼は穏やかに言った。
「私の仙魂の欠片だ。それだけあれば十分文曲に身位も釣り合うだろう?」
大きく目を見開き茫然とした顔で五里が彼を見る。
「言ったであろう?私はお前を好ましく見ていると。文曲がお前を選んでくれたら、それはそれで正解だと思っている。翠雨が悪いと言っているのではない。それはそれで誰もが納得する形を…お前も含めて……探さなければいけないのだよ」
今度はゴクッ…と唾だけを飲み込む。

「…ああ、そうだ…………ついでだ。こちらも…」
言うが早いか再び嘔吐(えず)きだす。
「宮主ッ!今度は何をッッ…ッ…⁈」
さっきよりも倍苦しそうな声をあげて、五里の裙(スカート)と彼の膝下にはボタポタと色黒い汚物な血と唾液が落ちていき、彼は苦しまぐれに喉を掻きむしった。
「宮主!落ち着いてくださいッッ‼︎もう、…止めて……何を…ッッ‼︎」
しているのですか…と言う言葉は言葉にならず、掻きむしった喉には赤い線がいくつも付き、爪は鳳仙花色に浸り掻きむしった拍子にバキリと取れた。
尚も、彼は苦しむ。
「宮……」

苦しい中、五里を安心させるつもりで上目遣いに彼女を見て、ああ…そうだと彼は思い出した。文曲の人気を削ぐのに鎖妖獣に食わせたのだった。ならば…………
彼はグッと胸元に手を入れ衣をはだけさせる。
そのまま血みどろの右手をドク…リッッ…と鳩尾めがけてぶち入れたのだった。

ッ…キャーーッーーーッッーーーーーッッッ…

五里の叫び声さえ心地いい程些細な事で、彼は鳩尾からグルグルと中をかき混ぜて何かを探す。
もう口から何かを吐き出す事すら出来なくて、ただぎゅっと目を瞑り口中を噛む様に食いしばり、歯は折れ欠ける寸前で、口の中の肉を喰らう。
ギッッ……
眉根には深い深い溝ができ、今息を吐いたら身体中の血が全て流れ出てしまうだろうと感じる。
だがそれでも、彼は自分の内臓がグチャグチャと崩れる音を聞きながら手探りを止めない。
…漸く何かがチリッ…と音を立て指先に当たった。
五指を波打たせそれを握り込む。

ズッ…ズズズズッッ………ッッリッ…

それは、大きな血の塊の様で、屠殺された獣の内臓の様で………だが、彼はその塊を広袖でぐりぐりと拭いていく。
息も絶え絶えな苦しそうな様子とはうらはらにその手付きは優雅に隙なく………いつのまにかソレは穏やかな発光体となって袖の隙間から姿を現した。



南斗星君には見えた。
見えないその大河の向こう側で、静かにその光は光度を増して、空の星々と呼応する。

夜はどちらから現れるのか。
朝はどちらから目覚めて行くのか。

壬…魁…………

嗚呼………

仙魂を全て割ったか。
壬魁。
お前は、本当に只人(ただびと)になったんだね。

愛しき凡人達。

その生も死も、聖も濁も、愛も憎も、全てを慈しみ。

人は百万通りを生き、百万通りを通り過ぎて、僕達はその一粒を拾って、彼等を掻き回す。

どちらが裏でどちらが表かなんて、誰にも判らないんだ。

壬魁。
お前はそんな一粒を、掻き回す箸ではなく、波に乗る魚になり、白く泡立つ雫となり、降り注ぐ雨になると言う。
百万通りの情を咸宴と共に。

仙魂は、そこに捨てられるんだ。

南斗星君は、そっと懐にある凡人の運命簿をまさぐった。




「でさ、南斗星君。どんな生なのさ、その凡人壬魁の運命簿とやらは」
瓢娘は頬杖ついて興味深々な様子で尋ねる。
「本人が渡したんだろう?て事はさ、勿論咸宴の生とも関わってる訳だ。あの二人がどんなどんな驚嘆怒涛な人生を送るか興味があるね」
「ふん、どうせ瓢娘は辻売りの講談のネタが欲しいだけだろう?せっかくの壬魁の密やかな凡世が三千界中に吹聴されたら台無しじゃないか」
せっかく仙魂も全て捨てて身を隠したってのに瓢娘も大概な情無しなんだから…と南斗星君はブツブツと小さく呟く。
瓢娘はそんな小さな独り言も耳聡く拾って意地悪そうに笑った。

「ハハッ…、それは反論は出来ないなぁ。お暇な神仙方の期待を裏切る事も出来ないしね。うん、難しいところだ」
腕を組んで背もたれに寄りかかりながらも、自ずとその目は南斗星君がコロコロと弄んでいる巻物にいく。
コロコロコロ……と転がった先にはもう一つ巻物があって、コトン…とそれにぶつかり止まると南斗星君は再び反対に転がし適当な所まで行くとまた端にある巻物めがけて回す。
コロロロロロ………
「こっちが咸宴の運命簿?」
瓢娘は左端でずっと南斗星君に支えられている巻物を指差す。
「うん」
何の感情もなく南斗星君は応える。
南斗星君の浮かない顔とは正反対の、強いて言えば晴れやかな表情をした彼女は憂いのない声で続けるのだった。
「うーん…じゃ、いいか。堕ちた神仙の悲劇って言ったところで身元がバレバレってのも何だしね。…ならさ、咸宴の来世は?さぞや波乱万丈なんじゃない?」
「これ?」
黒髪の美しい少年は机の上で微動だにせず置かれていた巻物を取り上げて小首を傾げた。
双輪(もろわ)の髪が可愛げに揺れる。
うんうん、と瓢娘が期待の眼差しで頷いた。
南斗星君は大きなため息を一つ付くと握った運命簿を見つめながら言ったのだった。
「クッソろくでもナイ凡生だったよ」
「ク…ソ、ろくでも、ない……?」
瓢娘が目をパチクリと見開いて追唱した。




戦乱につぐ戦乱がようやくどこか落ち着きを見せ始めた頃、乱世の狭間に一輪の徒花。
稀代の悪女、世紀の毒婦、夜叉、淫婦。
鬼子母后と称された一介の女性。

騒乱の只中に生まれたその子供は、ささやかな生の灯火(ともしび)を目指して生きる。
幸せも不幸も、その意味もわからず、ただ己の命のある事を知った時、その命の為に生き延びる事を誓う。

瑣末な、自身の美貌と手管を知った時、それを利用する事に戸惑いはない。
街の郷士の目に留まり、屋敷の片隅に雨風をしのげる場所を得て、気がついた時は全てを薙ぎ払い母屋の女主人として君臨していた。
年老いた夫と小さな息子に毒を盛り、血気盛んな将軍の足に絡みついたかと思うと、次の幕が開いた時には時の皇帝の後宮にいた。

女の戦いは彼女にとって息をする程に容易な事で、皇妃達が幾人と消えていくのを誰もが固唾を呑んで見守っていた。
彼女が後宮で一人息子を産んでいる間に十人は降らぬ公子公主達が墳丘の土になった。

皇后の称号を得た彼女は、嬉々として亡くなった公子公主の為に立派な墓を築いてやるのに出し惜しみはしなかった。
ただ、己の宮殿、宝玉、輿、船、間男達の為にはその十倍は貢いでいた。
皇帝本人が愚かさに気づき、彼女を粛清しようとした矢先皇帝は崩御する。

幼き皇帝が立ち、彼女は太后の称号を得る。
施政の書には太后と皇帝の印が並び立ち、太后の宮殿は皇帝のそれより一回り大きく、仕える宦官達は倍だった。
政は太后を通して皇帝に伝えられ、祭事は太后の日取りを以って行われた。
皇帝の閨事は太后の指示の下に遂行され、皇帝がようやく一人の皇后と二人の妃嬪を持った時、彼女には寵愛する宦官が五人いた。閨事においても彼女は息子である皇帝の上をいったのだ。

皇帝に権限はなく、臣に論ずる場はなく、民に安眠出来る床(とこ)はなく、幼き童子達に空腹を贖う術はなく国は乱れた。

ただ太后の在す所だけは腐るほどに食べ物に満ち溢れ、昼も夜も篝火の煌々と焚かれ、輝き放つ宝玉と至極の絹衣に埋もれ、この世の栄養栄華の全てを享受していた。

彼女は幸せとはこれであると確信していた。

やがて一人の、年若き見目麗しき宦官が彼女の寵愛を受ける。
老いを自覚し始めた太后にまるで彼は、彼女の精力剤の様であった。
彼と閨を共にした朝は真珠の様に肌は滑らかに輝き、彼の供する物は幾らでも胃袋を潤した。彼の声を聞けば千里の音も聞こえる様であり、つまりはこの宦官の言いなりであった。

宦官は裏皇帝と呼ばれもした。

それでも、太后はこの宦官に首ったけであった。

昼も、夜も。


ある夜、事件は起きる。
その夜、反乱が起こる。
太后は、その玉の閨で遺体となった。
犯人はその場で捕まり、それはあの美しき宦官であった。

尋問するまでもなく彼は滔々と自白した。
彼は「太后の息子である」と述べた。
後宮に入る前に、将軍の家妾となる前、彼女の最初の夫との息子である、と述べた。
父と自分は彼女に毒を盛られ、老父は亡くなった。自分は一命を取り留め父の仇を討つ為に母の後を追い、宦官となり、彼女の宮殿に入った。
最も無防備な寝所に入り込めた事は正に天啓であると思った。
本懐を遂げて満足である。
どの様な刑罰も甘んじて受ける覚悟はある。
強いて言えば親族に類が及んで欲しくはないが、幸い既に父方の親族は絶えた。墓も骨もここに来る前に壊して流してきた。母方の親族が探せばいるかもしれないが、それは謂わば皇帝の親族である。好きにしていただきたい。

これは皇帝臨席の上での尋問であった。

皇帝は顔色一つ変えずに聞いていたという。

宦官は公開の車裂きの刑となった。

その後、皇帝は重い枷が外れたかの様に善政を施いた。
「まあ、でも、…持って二十年かな?どう思う?」
「……あ、んん…ん、そこは興味ないかな」
南斗星君の言葉に瓢娘は曖昧に言葉を濁す。
「それよりも、で…、咸宴はその太后で…だよね。じゃ壬魁は……?老父?将軍?皇帝?」
瓢娘が人差し指をクルクルと宙に回しながら訊ねてくる。
南斗星君はその咸宴の運命簿を瓢娘にポンッと預けるとやおら立ち上がった。
「南斗…?」
風に吹かれてざぁ…ぁぁ……と双輪(もろわ)の黒髪を靡かせるともう一本の運命簿をもう一度懐に入れ直し、それから諦めた様に優雅ににっこりと笑う。

「宦官。息子だよ」

風に乗って、車裂きの血の匂いがここまで吹いている様な気がした。




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