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yuz的 益者三楽

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星月夜虹霓綺譚


四九 《 向こう岸のこぼれ話〜…… 》



「…ッ…阿弟ッッ!行くなッ…ッッ‼︎」
忘河の岸を遠くに眺めながら南斗星君が叫ぶ。
彼の目の前には人形(ひとがた)をとった蓖麻丸と小石丸が小さく跪き、ブルブルと震えながらも決してここを通さじの決意を体現して制していた。
「南斗星君、御尊主。ここは御尊主の采配出来る場所ではございません。お願いでございます」
…これ以上、お御足を踏み入れてくださいますな…そう言おうとして南斗星君の身体から発せられるビリビリとした稲光りに言葉をなくす。
その時彼ら二人が見つめていたのは跪き叩頭した先、南斗星君の足元であったのだがそんな二人の、空桑山気質の仕事に忠実な必死の句に南斗星君の怒りの矛先は一瞬にして変わり、バリバリとその小さな足に雷(いかづち)を走らせた。

「お前達、僕に指図するつもりかッ⁈」
「そ、…そんな………」
つもりは…、と最後まで言葉にはできず、ただ二、三度詰まる様に息を吐いて仰ぎ見た南斗星君は全身を抑制のない怒りにそのまま任せた風で、怒髪、…正に怒髪の様相で逆立つ鱗の様にうねうねと髪を走らせ、この時ばかりは血の様に赤い衣が不吉の色をなして、身体(み)一杯にバリバリッ、バチバチッ…と稲妻を纏っていた。

ッ……ババッ…ッバチッッ…

一歩踏み出す毎に雷(いかづち)が通る。
恐怖に、ジリ……リ…と身を捩る様に後退りしていた蓖麻丸と小石丸だったが、先に我に返ったのは蓖麻丸の方だった。
失禁しそうな冷や汗を拭うとすっくりと立ち上がり、一本の細い長戟を手に仁王立ちになる。横目に、小石丸も慌てて立ち上がり震える手に長戟を持った。
「か、重ねて…重ねて申し上げます。これ以上御尊主のお立ち入りはご容赦くださいませ。た…例え御尊主の……ヒッ…」
バチバチッッ!と飛んできた稲妻をその細い長戟に受け炭屑になった戟がぼろり…と地に落ちた。

「蓖麻丸!」
腰が抜けてドスンとその場に尻餅をついた蓖麻丸に小石丸が駆け寄る。
「御尊主!」
キッと睨みつける小石丸に南斗星君は不敵な笑みを浮かべ、掌で雷(いかづち)を弄びながら言った。
「ふん…次は外さない、退(ど)け」
それでも、小石丸は蓖麻丸の肩に手を回し庇いながら、空桑山の気質の生真面目さと忠実さを忘れる事はなく彼の言葉を拾い、続けるのやめなかった。
南斗星君はまるで大嵐の真ん中にいる様に長い両輪(もろわ)の髪を逆立て、血色の衣を翻し、悪鬼の形相で血走った目をギョロリとこちらに向けている。稲妻をバリリッッ…ッ…と走らせ纏つかせ、自在に弄び狙いを定め口端を歪める。そこに、いつもの愛らしい男の子(おのこ)の面影は露もなかった。

「いえ。例え御尊主の大事な大司命星君の御身に関わる事であったとしても、事ここに至りました事に於いては既に御尊主の手を離れております。大司命星君は、その事も全て承知の上でご自分で決められた事でございます。ならばならば、大司命星君は自らの罪と罰をご自分で償っておられるのではありませんか!」
「黙れッッ‼︎」
バンッッ‼︎と一本の太い稲妻が小石丸めがけ、今度は蓖麻丸が小石丸を抱き上げてひらりと空を飛んだ。
一瞬二人は重なり合う玄胡蝶になり、次の瞬間又人形(ひとがた)となり地に降りた。
「お前達は阿弟を凡界に堕とすつもりか?僕はそんなつもりで彼を育ててはいない。それとも何か?お前達こそ三尸蟲の分際で阿弟を裁く天秤を手に入れているとでも?思いあがったか?たかが冥界の草刈り人夫ではないか」
言っている間にも彼の小さな身体中からバジッッ…ビリビリビリッ…ッッ……と稲光りが舞い、稲妻が花火の様に飛び散り時々バンッッ…と深く地を掘る。

「草刈り人夫」の句にビクッと身体を震わせるもそれでも、二人は南斗星君の前から退こうとはしなかった。
「凡界に堕ちる?草刈り人夫?南斗星君のお言葉とも思えません。南斗星君、御尊主。凡人は腹を痛めた子と同じ、我が子の様に愛し慈しめと言われたのは御尊主ではありませんか?誰からも何処からも卑しまれる三尸蟲にあの嵐の日々に泣いて下さったのは御尊主ではありませんか?」
「この様な結末を待って手繰った言葉ではない!阿弟は、阿弟は大司命星君として、…僕の傍にいなければ…阿弟は僕と共に凡界を見渡し慈しむ者だ」

ドッッ…ガッ‼︎

再び雷(いかづち)が地に落ち、蓖麻丸と小石丸の間を裂く。二人は、今度こそ本当に髪を焦げ付かせ、雷(いかづち)の通る道すがらその顔半分、腕、太腿とを火傷させ爛れさせた。
アアァァ……と声にならぬ声を出して二人はうずくまった。
南斗星君はその手に再び火球の様な雷(いかづち)を持ち大きく歯を見せて嗤った。

伸び上がった瞬間、誰かが叫ぶ。
「そこまででございます!お待ちを‼︎」
現れたのは燃える赤い衣の南斗星君とは対照的な、風の様に白い衣をなびかせた孟婆だった。
彼女は蓖麻丸と小石丸の前に立ちはだかり、南斗星君の怒りに任せた落雷のせいでボコボコになった泥の上にサッと跪いた。
「孟婆か。…お前と問答している暇はない。それとも、お前も灰になりたいか?」
「異な事を申されますな、南斗星君」
孟婆は努めて冷静な声で言った。
「こちらの三尸蟲、いえ蓖麻丸と小石丸達を冥界の草刈り人夫と仰るならば私孟婆はこの冥界の端(はじ)、その入口の門番でございます。冥府冥界にも現世にも居場所のない私達のただ一つの居場所。それを、これ程ボコボコに荒れさせて…貴方様は冥界を壊すおつもりですか?」
「僕の目的は阿弟だけだ。素直に退けばこの様に目に遭う事はない」
バチバチと鳴っていた稲光りが僅かに小さくなる。

「南斗星君、大司命星君が蜂娘を見染めた頃、それを誰よりも喜ばれたのは貴方様ではございませんか?」
孟婆の物言いに、南斗星君の顔がスッと正気に戻った様に引いた。それに気づいた孟婆は小さく身体を動かし蓖麻丸と小石丸の様子を窺う。
互いに半身に大火傷を負った二人は、苦悶の表情を浮かべながらも庇い合う様に抱き合い孟婆を見上げていた。
「遅くなってごめんなさい」
言いながら、二人はもしかしてもう飛ぶ事は出来ないかもしれないと顔を顰める。
「いいえ」
二人は出来るだけ何でもなさそうに言った。
努めを果たしているだけです、そういう瞳で見上げた。
空桑山の者はみんなそう。共喰いも親(宿主)喰いも平気でするが、だからこそ己に定められた責務に対して忠実だ。例えそれが旧主の命運に関わる事であったとしても、………だからこそ。

「生きとし生ける者、縁あって生を受けた幾百万のモノ、その全てを手塩にかけてこられたのは南斗星君ではありませんか?私の様な生の記憶ない者でもこの様な場所を与えて下さった。三尸蟲達の為に泣き、笑い、死出を作って下さった。人の情を何よりも大切にしてくださった」
「………………………」
逆立った髪が直り、稲光りは線香花火の最期の瞬きの様に小さくなる。
「大司命星君は五情をお知りになりました。その五情に殉じられる事を厭わないと仰られたのでございます。蜂娘と共に、蜂娘だからこそ」
「…………………………………」

「南斗星君、天仙界の方々にとって凡界は修養の場、静養、休息の場、五情七情の掃き溜め、ゴミ捨て場の様に思われ、またそれに違いないかも知れません。けれどだからこそ貴方様はその情、その姿、その生き様を慈しんでくださった。そしてそれを大司命星君にも知って欲しかった。今、それを知った大司命星君がその情に、蜂娘に寄り添う事に否やを言う権限はございません」
「………阿…阿弟がただの凡人になってしまっても…?」
少し震える子供の声で南斗星君が問う。
その声に孟婆の背筋の緊張がようやく解けた。
ズズズ…と膝を進めると子供をあやす様な口調でこう言う。

「南斗星君、大司命星君は幾つか罪を冒しました。蜂娘を生かし、子を求め、その生死を歪めました。二人はそれをどこかで償わなくてはなりません。二人は忘河の渡河によって未来永劫その罪を償うと決めたのです…意識的であったとしても無意識であったとしても。そう思えば…別の言葉に変えれば二人の恋情の成就と思えば、それはそれで四方に顔が立つと言うものでございましょう。違いますか?」
孟婆のあまり抑揚のない落ち着いた言葉つきに南斗星君は目を瞑り空を仰いだ。
長い事顔を空に向けたまま、石の様に固まっていた。
その間に孟婆はもう一度後ろを振り向き、蓖麻丸と小石丸に小さく手を振ってここから去る様に促した。二人は玄胡蝶に身を変えたがやはりその身体はボロボロで互い違いに支え合いながらヨタヨタ…ポト……フラフラ…ふらぁ…コロン…と力無く飛び去りながら倒れ込むを繰り返し続け、いつしか草むらに消えた。

ギュッと瞼を閉じたまま空を見上げている。ただ、夜明けの陽は既に明るく昇っていて、冥府は久しぶりに陽の光を浴びるだろう。
冥界の昼と夜は一定ではなくて長い夜に短い昼があるかと思うと長い長い昼に一瞬の陽を浴びたりする。気まぐれな冥府の主そのもので、一面の花畑であったりどこまでも続く荒野であったり沢山の顔を持つ。
今、陽は暖かく南斗星君を照らし、そんな南斗星君の小さな子供の姿は、死の世界には相応しくないキラキラとした生気に満ちている様だった。

そして確かに、こんな場所にも小さな旅人はいて、南斗星君の聡い耳にはそんな子の甲高い声が幾らでも通る。
「ごめん、小父さん、僕を通して」
「おや、坊主。すまんな、ほらよ。お前もこの橋を通るのかい?孟婆湯はもう飲んだか?」
「うん!とっても甘くて美味しかったよ。ついおかわりまでしちゃった。これをくれた人はね、途中で喉が渇いちゃいけないからって、ほら!水筒にしてくれたよ」
満面の笑みが想像できそうなくらい明るい声で、隣の男もつられて笑っている。
「ハハハッ…そうか。どら、坊主、河に落ちたら大変だ。ワシと手でも繋ぐか?」
「うん!」
嬉しさに飛び上がる様な声と、揺れた瓢箪の水筒からチャポン…と水音が漏れ、人波に消えていく。


南斗星君はゆっくりと顎を下ろし瞼を開けた。それは、いつもの愛らしい童子で、ただ少しだけ寂しそうに微笑む。
「…蓖麻丸達に僕のとこの温泉に来る様に言っといてくれ。何だったら薬王にも話はつけておくから」
「承知致しました」
ようやく孟婆が白い袖をたたみ真っ直ぐに立ち上がった。
小さく溜め息をついてクルリと背を向けた南斗星君に孟婆が声をかける。
「もうお帰りですか?久方ぶりに良い陽も昇りましたし朝餉を如何ですか?ご用意致します」
「孟婆が?」
振り返る南斗星君に、孟婆が柔らかな笑みを浮かべて続けた。
「はい。こんな辺境の凡婦ではございますが、料理の腕は折り紙付きです。きっと南斗星君もご満足頂けると思いますよ」
南斗星君はすっかりいつもの悪戯っ子の様な顔を孟婆に向ける。
「うん、わかった。甘いお菓子もつけておくれ」
くすくすと親子の様に二人が笑い合う。

二人して手を繋ぎ仲良く歩き出す。孟婆が言葉を繋げる。
粥と饅頭はどちらがお好きですか?
苦手な物はございますか?
魚?肉?それとも……卵?
そういえば先日林檎の蜜煮を作りました。
栗餡は如何ですか?
冬瓜の冷たい清湯(スープ)も一興ですよ。
お帰りには揚げ菓子をお渡ししましょうか。
そちらの宮の方々は何がお好きでしょうか?いっそのこと御酒をお持ちになりますか?
そのどれも南斗星君をウキウキと喜ばせ足取りを軽くしていく。

ふいに、南斗星君の足が止まった。
「どうされました?」
孟婆が上から覗き込んだ。
「誰かが…」
南斗星君はそっと人差し指を口元に持って来て耳を澄ました。
誰かが……
「河を渡って来る……」
「え?」
「阿弟だ!」
「え⁈」
南斗星君が孟婆の手を振り解き一足飛びに駆けて行った。
孟婆も訳も判らず両裾を強く持つと慌てて後を追い駆けて行く。
戻って?
そんな事ありえるだろうか?
河を?何故?どうして?どういう事?
様々に百の問いが孟婆の頭を駆け巡る。
その上デコボコになった地面に何度も足を取られながらヨタヨタと彼の後ろ姿を追うのだった。
彼、南斗星君の足は正に小さな子供のそれで脇目も振らず飛ぶ様に駆け去って行く。
耳馴染みのある規則正しい歩幅で歩む足音は、忘河の水面の上をピチャン…ピチャン跳ねる水滴に変わる。
「阿弟‼︎」

辿り着いた先で孟婆が見たものは一人岸辺に立つ大司命星君と、その腰にギュッと両腕を回し彼の衣に顔を埋めて涙声で何かを言っている小柄な少年だった。
かろうじて聞き取れるのは「阿弟、…阿弟……」と呼ぶ名前で、それから時々顔を左右に振りながら流れる涙を大司命星君の衣になすりつけている様だった。
大司命星君は南斗星君の双輪(もろわ)の頭(こうべ)に右手を手を置き、小さく何かを囁いている。
孟婆は走るのをやめてゆっくりと歩みを進める。やがて二人の会話の聞き取れる程近く迄やって来るとピタリと立ち止まった。

「阿弟…」
「大丈夫です。まだ…まだもう少しだけ、あちらに行くにはやり残した事があるでしょう?…」
「うん…」
「世父(おじ上)、大丈夫です。世父(おじ上)に黙って行ったりしませんよ」
「…うん、ああ…、そうだね」
「私は大司命星君で、世父(おじ上)は南斗星君。そうでしょう?」
「うん…」
「だから、大丈夫。きちんと務めは果たします」
「………………」
南斗星君は小さな愛らしい顔をあげて大司命星君を見上げている。大司命星君はそんな彼の頭から手を離さず、今度は左手も添えてゆっくりと撫で流のだった。
「咸宴は待つと言ってくれました。大丈夫です。そう長くはないと言いましたから」
「…………………………」
「そうでしょう?」
彼は微笑む。憑き物が落ちた様に微笑み、南斗星君の双輪(もろわ)の髪をかき寄せる様に撫でる姿は遠目に親子の様にも見えて、いやいや……と孟婆は首を振った。

見上げる南斗星君の顔はいつの間にか、いつもの南斗星君の顔になっている。
「大丈夫です。彼岸(あちら)に渡る際は世父(おじ上)にご挨拶申し上げに行かずにおれましょうか?そうでしょう?世父(おじ上)」
言いながら膝を折ると小さな彼と同じ目の高さになり、今大司命星君は小さな南斗星君の赤い衣に隠れた両腕を広袖の上から包む様に抱いて言葉を終えるのだった。
南斗星君は小さく頷く。
「うん…」
「今しばらく、よろしくお願い致します。世父(おじ上)」
長々と寝そべる様に頭(こうべ)を垂れる。
先程迄の親子感は逆転して、その姿はまるで皇帝に赦しを乞う奴婢の様だった。
「うん…」
頷き、その広袖から小さな愛らしい手を宙(くう)に差し出す南斗星君の、あの遊びたがりの双輪(もろわ)の黒髪は、真っ直ぐに地に向けて滑っている。


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